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脅威! 宇宙ゴキブリは実在した!

 ソフィは目的地である市場惑星ボングまで亜光速航行で三日かかると言った。三日もの間何をして暇をつぶしていいかわからなかった僕は、とりあえず宇宙船内を探検することにした。こういう特異な状況になんとなく対応できてしまうあたり、我ながら適当な性格だなぁとしみじみ思う。


 亜光速航行。

 文字通り光の速さに近い速さで航行することである。どれくらい光の速さに近いかというと、実のところそれほどでもない。なぜなら、光の速さに近づくにつれ、移動している物体の時間進行が遅れてしまうため、いわゆるウラシマ効果が発生してしまうからである。母星に帰ると彼のことを知る者はだれ一人としていなかった――というやつである。

 したがって、大銀河連邦交通整備局が定める宇宙航行法によって、亜光速の定義は1日の亜光速航行で周囲と10日の時差ができる速度と定められている。また、連続しての亜光速航行は最大一週間と規定されている。宇宙船によってはコールドスリープ装置を搭載しているため、勤め先の重圧や生活の疲れから、長期間の亜光速航行でどうしてもウラシマ効果を発生させたい者が後を絶たなかったので、追加された。宇宙航行パトロールによって多数の長期亜光速航行中の乗組員がコールドスリープから叩き起こされたが、みな決まって「んーあと五年」と言ったという。


 探検といっても、宇宙船の中は思いのほか狭い。僕とソフィの問答が繰り広げられたのは宇宙船のブリッジにあたる。彼女曰く、ブリッジ兼リビングだそうだ。

 ブリッジは二段構成になっていて、下部には操縦桿らしきもののついたコクピット席が三つ。まわりには何か複雑そうなごちゃごちゃした計器類が並んでいる。その前方には大きく開けた窓がぽっかり空いているが、今は亜光速航行中のため景色は見えない。その代りと言ってはなんだが、ホログラムの青空が代わりに映し出されている。しかし、その眩しいくらいの青空は、だいたいの色彩が鈍色という宇宙船の内装とあまりに不釣り合いで滑稽である。

 ブリッジの二階部分はいわゆるリビングスペースとなっていて、鈍色のソファらしきものや、ソフィが座っていたリクライニングチェアーなどが置かれている。なんでこうも殺風景な色合いなのかというと、これも視覚インプラントにより、ソフィには真夏のビーチに見えているらしい。「あんたも入れてみる?」とこれまた不可解な色合いのジュースをすすりながら聞かれたが、これ以上体内に異物を埋め込まれたくはないので、僕はそのお誘いを丁重に断った。

 ブリッジの二階部分、現在ホログラムの空が映し出されている大窓と逆側には居住スペースへつながる自動ドアがある。誤作動を防ぐためか、スイッチ式で扉型のくぼみの右側に緑に輝くスイッチがある。それを押すと居住スペースへの通路が開かれる。通路は一本道で、左右等間隔に同じような扉型のくぼみと緑のスイッチが並んでいる。一番手前の左側が船長室。すなわちソフィの部屋だ。その向かい側の部屋は現在僕に貸し出されている。他の部屋は現在空き室だが、こういうタイプの宇宙船が今の流行なんだそうだ。いわゆるファミリーカーと同じようなコンセプトらしい。僕に貸し与えられた部屋は6畳くらいの広さで、他の部屋同様殺風景なシルバーグレイである。


「ぎゃーーーーーーー!」

 突如ブリッジの方からソフィの叫び声が聞こえた。僕は慌てて部屋をでてリビングへと駆けつけた。

「どうした!?」

「で、でたのよ!」

「何が?」

「宇宙ゴキブリよ! 飛び切りでかいやつ!」

 驚きである。ゴキブリは宇宙空間でも生息可能らしい。ていうか宇宙ゴキブリってなんだよ。

「なんだゴキブリか。そんなくらいで大声出すなよな。で、どこいったんだ?」

 僕がそう言うと、ソフィは涙目で答えた。そりゃビーチでバカンス気分をゴキブリに邪魔されたんじゃ、涙目にもなるか。

「あ、あっち……あのソファの影にしゃかしゃかーって……」

「みてくるよ」

「ちょ、ちょっと待って! これを持っていきなさい!」

 そういって彼女は何やらカギ型の金属の塊を渡してきた。先端にはぽっかり穴が開いていて、その奥は蛍光ピンクに光り輝いている。

「これは?」

「絶対細胞破壊レーザー銃よ……これで撃たれた有機物は即座に粉々に爆散するわ」

 怖っ! 僕は銃の提供を丁重にお断りしつつ、右側の靴を脱いで握りしめた。ていうかなんで銃なんか持ってんだこいつ。

「そんなもので戦うの? 危険よ!」

 ソフィがリクライニングチェアーの影からおそるおそるこちらを眺めている。僕がソファの方に目をやると、確かに影で黒くうごめく何かがいる。ゴキブリ退治の秘訣は、ぎりぎりまで相手に悟られないよう、気配を消すことである。僕はそろりそろりと近づき、ソファの影を覗き込んだ。

 

 いた。なるほど飛び切りでかい。詳細な描写を省きたくなるくらい、そのフォルムはとてつもなく禍々しく、ソファにぎりぎり隠れるくらいの大きさである。そんなに小さいソファなのかって? いやいやソファは普通の家庭サイズの、三人掛けぐらいのものですよ。すなわちそのゴキブリと呼ばれた物体の全長が二メートルくらいなのである。

 こんなの僕が知っているゴキブリと違う。宇宙ゴキブリは、サイズも宇宙サイズなのか。というかどこに潜んでやがったんだこんなの。確かにソフィの言うとおり、僕が握りしめたスニーカーで戦うのは心もとないようだ。僕はまるで巻き戻しのようにそろりそろりと後ずさりしてソフィに向けて言った。


「銃を貸せ!」


***


――奮闘の末、僕は晴れて宇宙ゴキブリを粉々に爆散せしめた。いや、文字通り粉々、粉になってくれていたらどれだけよかっただろうか。ゴキブリはまるでスイカ割のスイカのようにあちこち肉片をまき散らしで破裂した。


「うーん……これはバダン種ね。一応、食用よ」

 落ち着きを取り戻したソフィが掃除ロボットに始末されている肉片を忌々しげに見つめながら言った。これが食用? これならまだ牛肉ゲルの方がましだ。

「もともと、バダン星系の主惑星、バダン星にあるバダンフードコーポレーションが遺伝子配合によって作り出した人工種なのよ。養殖の必要もなくて勝手に増えるから、その種をスラム惑星みたいな食料問題を抱える惑星に売るために開発されたってわけ。う、体にちょっとついてるじゃん……」

 ソフィはジャージを引っ張って嫌そうな顔をし、居住スペースの方に去って行った。もちろん僕の一張羅も、ゴキブリ色に染められている。


 宇宙ゴキブリ。

 宇宙空間でも生息可能なゴキブリは約1億種類いるが、その中でも最もポピュラーなのがこのバダン種と、もう一つはスラ種と呼ばれる手のひらよりも少し大きいサイズのゴキブリである。どちらも人工種で、貧困惑星を商売相手に作られた。バダンフードコーポレーションが先にゴキブリの遺伝子改変による食料問題解決に着手したが、古くからの商売敵であるスラ星系のスラ食品が後を追う形でスラ種の開発に成功した。空前のゴキブリマーケット商戦の勃発である。しかしながら、この商戦はバダンフードコーポレーションとスラ食品の共倒れという形であっけなく終結を迎えるたのだった。バダン種とスラ種の特筆すべき繁殖力は、あっという間に銀河の食料問題を解決してみせた。すなわちあっという間に顧客を失った両者は開発費の赤字がかさみ倒産したのである。両者の倒産により巻き起こった食料品関連市場の大混乱を、今になってゴキブリ・パニックと称する者も多い。今や両種は増えすぎて社会問題となっているらしいが、駆除に際しては宇宙生物を保護する会や、貧困惑星の暮らしを守る会など、様々な団体の反発にあって難航しているらしい。


***


 ソフィア・デザートイーターはゴキブリが極めて苦手である。グルメハンターという職業柄、ゴキブリはいわば仇敵なのだが、あのおぞましいフォルムを見ただけで卒倒しそうになる。これを食用としている地域があるなんて、ソフィには信じがたい事実だった。

 とはいえ、今回のアクシデントはひょんなことから自分の船に相乗りすることとなった、地球人の笹川アサトにより解決された。地球は文明レベルが低く、何の役にも立たない厄介なお荷物を抱えてしまったと思っていたが、ゴキブリ退治の役には立ってくれた。まぁ、彼がこの船に乗ることになったのも、ソフィに過失がないではないので、彼のために最善を尽くしてやろうとは思う。思うのだが……何分彼は男性である。彼自身はそこまで気にしていないようなのだが、男女二人での航行なんて、いささか不謹慎である。

 自慢ではないがソフィは男性とあまり積極的に付き合ったことがない。物心ついたころから両親とグルメハンターとして旅をしていたせいか、他の人間と親しくなる機会なんてほとんどなかったのである。5年ほど前に両親がとある惑星での星間トマト投げ祭りで、運悪くトマトと間違って持ち込まれた宇宙ドリアンの直撃を受け、当たり所が悪く二人とも他界してしまってからは、一人でグルメハンターを続けている。


「ふぅ……困ったなぁ」

 ソフィはシャワーを浴びながらそうひとりごちた。確かに女手一つの商いには危険も付きまとう。お飾りとはいえ男の連れがいるのは心強いのだが……いかんせん、どう接していいものか悩ましい。

 そんなことを考えていると、シャワールームの扉ががちゃっと開く音がした。慌てて大切な部分を手で隠し、そちらを首がもげそうになる勢いで見やると、あちゃーといった格好で手で目を覆う笹川アサトがいた。その笹川アサトはその後、大音量の悲鳴を聞いたのち、鉄拳制裁を受けたことは言うまでもない。


***


 笹川アサトは混乱していた。ふつう、シャワールームに誰かが先に入っていればわかりそうなものだが、考え事をしていた僕は、うっかりその兆候を見落としてしまった。怒り狂ったソフィの形相は、端正な顔が台無しなのはともかく、それはそれは恐ろしいものであった。もう二度と彼女を怒らすことはすまいと僕は心に固く誓った。

 実際、危ないところだったのである。僕の必死な努力によって、なんとか絶対細胞破壊レーザー銃の活躍は阻止された。その代り、物理的な打撃は少々こうむったが、宇宙ゴキブリのように粉みじんになるよりは幾分かましである。

 自分は自分が思っている以上に、宇宙にいる状況を整理しきれていないようである。普段、いくらぼーっとしているとはいえ、さすがにこんな失態は犯さないだろう。


「で? 何を、どこまで、何秒間みたのかしら?」

 怒り冷めやらぬという様子でこちらをじとりと睨みつけるソフィ。口元は若干笑っている。怖い。

「み、見てない見てない! ほんとに何も! 信じてくれ!」

 これ以上暴行を受けるとしばらく痛みそうだ。

「ふーん。で? 私の体、どうだった?」

「いやぁそりゃもう綺麗だったよ。真っ白でピンクでさ」

 しまった、と思った時にはすでに手遅れ。

「ピンク?」

 ぴくりと眉を動かすソフィ。すっと手を伸ばした先には例のレーザー銃。

「ピ、ピンクなのは僕の頭の中でした! ごめんなさい命だけはご勘弁ください!」

 ここでやられてしまっては地球に帰るどころではなく、掃除ロボにお世話になるはめになる。

「とにかく! これからはシャワールームに入るときは、誰もいないと思っても必ずノックすること! ただでさえその……男女二人なんだから、それくらいの配慮はしなさいよね!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るソフィ。先ほどの般若のような形相に比べると幾分可愛いらしい。そんな僕の考えを見透かしたのか、ぷいとそっぽを向いて言った。

「私は惑星ボングにつくまで寝るから! 勝手に部屋に入ったら今度こそ木端微塵にしてやるわ!」

 そんな物騒なことを言いながら、それが単なる脅しでないことを示すように例のレーザー銃を固く握りしめて船長室に入っていった。やれやれ、二人きりなのだし、ソフィには嫌われたくなかったのだが、失敗したな。惑星ボングまでは先のソフィの言葉からするとまだ2日程度あるようだ。それまで眠るということは、長期航行用のコールドスリープを使うということだろう。一人で起きているのも退屈なので、僕もコールドスリープ装置のお世話になることにした。使い方はソフィから聞いて把握している。

12/1 分割に伴い一部加筆・修正いたしました。

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