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【姫】不穏は密やかに進行する

 仕えてくれる者の家族といる時の表情は常とは違う穏やかさがあって、まして城内ではなかなか見かけない風景ともいえる。理由もわからずに気持ちが乱れやすい状態にある今、ほのぼのする空気は救いのようにすら感じられた。


 無意識に傍らのラグナスを視界に入れないように立ち位置を変え、暫しの世間話を続けて、ふと傍らの子どもに意識を向ける。笑顔で挨拶をしてくれたとはいえ、その後ずっと大人達が話しているのでは大層暇で機嫌を悪くしているのではないかと思ったが予想に反しておとなしくしている。目が合えば無邪気な笑顔を見せるマニに目線を合わせるべく腰を屈めた。


 「待たせてしまってごめんなさいね?」

 「ひめさま! だいじょうぶだよ! ぼくも、レイアひめさまをおまもりするんだ。」

 「まぁ、頼もしいわね。ありがとう、マニ。」

 「……ひめさま、だんせいにおこまりですか!?」

 「……え、えぇ!? ど、どうして?」

 「きれいなひとがげんきないときは、そうだと聞きました!」


 じっと見上げてきた幼子が発したのは予想斜め上をいった質問だった。咎める両親ですら数拍の間が空いた。視界の端周囲に悟られない程度にラグナスの眉毛が動いた。どんな答えが出るのか興味深々と言ったところか。それを見た瞬間ほぼ無意識に呟いていた。


 「……そうかもしれないわ。」


 この外面の良い従者といい、シスコンの兄といい、男尊女卑の兄といい、都合の良いときばかりあてにしてくる父王といい……悩みの種は全て男と一括りにできないこともない。

 不意に自覚したところでこんなところで口にするべきではなかったのだか、それに気付いたのは反応に困り所在無げにしている問題発言をした子どもの両親と……表情を変えないまま恐ろしく物言いたげな視線を注ぐというこんなところまで器用なラグナスの視線によってだった。


 「お城は男の人の方が多いから、そうなっちゃうのよ。だから、お母さんがいてくれるのはとても心強い。遠征にも付いて来てもらいたいのだけど……寂しい思いをさせるわね。マニ。」

 「えんせい……おるすばん……っだいじょうぶだよ! ぼくはつよいから! おっきくなったらレイアひめをこまらすひとを、おこるひとになるんだ!」


 今までも遠征にアイシャを同行させているからマニも母親が暫く不在になるということがわかったらしい。俯いて泣き出すかに見えたがいじらしくも拳をぎゅっと握って頼もしく宣言した。その瞳は気のせいではなく私の後ろに控えているラグナスに向けられている。

 子ども特有の勘の良さとでもいうのか。確かに困ってはいるけれど、居なくなられても困るから「期待しているわ」と言いながらも浮かんだのは苦笑だった。


 その後とりあえずの暇を告げ家族が去れば、当然2人きりとなる。それ自体はいつものことなのだが、今は妙に落ち着かない。そもそもアイシャに何か用事があったのだろうか。


 「……アイシャには遠征の件を?」

 「はい、その話をしようと思っていました。」

 「それを邪魔したってわけね、私が。……これから王に遠征の話をしに行くわ。」


 付いて来なくていいと言いたかったが、それも不自然と考え直し無言で歩みを進めれば数歩の距離を空けて付いてくる足音。常と変らぬ完璧な音だった。



 領地視察は半月後に決まった。遠征の準備、クロノイアへの手紙……やることは多い。俄かに忙しくなっているリシュレイアの居住区を見下ろす位置に緩く波打つ美しい銀青色の髪の青年が立っている。カストレイ=メラウェン=クロウディア、リシュレイアの実兄であり、王位に最も近い者。その表情は侮蔑に満ちていた。


 「カストレイ様も行かれるのですか?」

 「お前は馬鹿か? 王族が揃って城を空けてどうする。やることは多いのだ。……全く女のくせに領地視察など、そんなことよりおとなしく何処かに嫁いでせいぜい国の安寧に尽力すれば良いものを……」

 「殿下?」

 「無能なアイツが相手を見つけられるはずもないな。……行くぞ。」


 名案を思い付いたと言わんばかりに頷き、即座に踵を返した其の口元には珍しく笑みが浮かんでいた。彼にとって女は見下すもので、利用するものでしかない。女であるリシュレイアが王位継承に関わるなど思い上がりも甚だしい。王も何を思って指名したのか。カストレイには到底承服できない事だ。

 尤も自然に王位継承の舞台から降りてもらうには国の大義の元、嫁がせてしまえばいい。その計画はひっそりと、確実に進むことになる。


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