【姫】 関係良好の弊害
ラグナスが一時離れ、アイシャが詰めると挨拶に来た時に彼女に告げたのは一言だけ。このやり取りで彼女は可能な限りのプライベートな時間を守ってくれる。同性の相手だけあってこれで全てが通じるというのはありがたいし、ラクだ。
「湯浴みをするから念入りに見張りをお願いね。」
「お任せください。」
余計なことを言わない返答に自然と笑みが浮かぶ。彼女のことは信頼している。そして、少し憧れてもいる。女騎士としてかなりの腕を持ち、家庭も築いていることもあって他の者より柔軟で視野が広いようだ。だから、あれも一目置いているのだろうと思う。
ラグナスがいない間に思い切り寛ぐ、もしくは彼がいない時にやった方がいい雑事を片付ける。そういうある意味貴重な時間だったりする。まぁ、幼馴染だけあって今さらという面もあるが、一応恥じらいというものを持つ歳でもあるわけで例え勤勉な従者といえども意識を全くしないわけではない。
気持ちとしては、まず絶対に戻らない間に湯浴みをして着替えを完了させておきたい。あの男はどうも人の性別を忘れていないかと思う。そう、いくら幼馴染とはいえ私は女で、もっと言えば年頃といえる年齢だ。近衛騎士という立場を差し引いたとしても、いや、だからこそ主の返事を持たずに入室する神経は如何なものかと!
今宵の呼び出しをかけたのはラグナスの実父。王と長兄の崇拝者で、ここ最近は結婚相手を見つけろと言っているらしいことは噂で聞いている。毎回かわして戻ってきているあたり本人にその気がないということをいい加減わかればいいのに。
そもそも、あの性格に付き合える女性がそうそういるとは思えない。それとも妻になる女性にも完璧な接し方をするのだろうか。そうだとしたら私は完全に女と見られていないといえる……。
「……と、いうか……なんで私がそこまであれの行動を気にしなくちゃいけないの。おかしいわよね……?」
考えることをやめてちょうど良い温度の湯に身を沈めた。こうしてひとりでぼんやりとする時間が好きだ。あまり王族らしくないとは再三言われるが自分でできることは自分でやりたいし、そうした方が自分の時間が取れる。ただ、湯浴みに関していえば長い髪を拭くのが大変という点はあるが布を羽織っておけば問題はない。髪が濡れているだけで風邪をひくほど軟ではない。
それなりに寛いで部屋着のローブに着替え、すぐに机に向かった。今宵に限っては呼び出しに感謝してもいい。そう思った理由を取り出す。
やや分厚い封書。その著名はクロノイア=メラウェン=セイレーン。2つ年上の異母兄。彼は第二王妃マリアージュの子だ。長兄カストレイとリシュレイアの母は第一王妃ロゼリア。母は違うも王妃同士の仲が良いこともあって兄妹仲は良い。城を離れている時はこうしてこまめに手紙を送ってくる。
対して実の兄妹であるリシュレイアとカストレイの仲は悪い。カストレイが第一王位継承者として英才教育を重点的に受けるべく隔てられて育てられたこともあるが、「女のくせに」が口癖の相手と仲良くしようとは思えない。よって公務で顔を合わす以外の交流はほとんどない。
王族の義務のひとつであるいくつかの領地の監督。その定期的な視察。クロノイアも王から5つの領地を任されており、その内の2つが飛び地のため結構な遠征となる。尤も手紙を見る限り任務というより娯楽に近い認識でいるようだが。その余裕をカストレイも学べばいいのにと毎回思う。
手紙には時節の挨拶に次いで、こちらの様子を尋ねる内容に変わり、自分の近況を連ね、次第に土産の話に移っていく。それがまた長い。離れた土地の話を読むのは楽しいし、気遣いもうれしい。ただ、返礼には注意がいる。
下手に心配をさせれば戻ってくるだろうし(どんな手を使っても)、こんなものがあったんだという部分に置いては、より興味を持った部分に反応を返し尚且つきちんと楽しんだということを伝えなきゃいけない。じゃなければ、部屋が埋め尽くされるのではなかろうかという量の土産が届くか、私が喜ぶものをと躍起となって一緒に遠征に同行している従者陣に多大な迷惑が及ぶからだ。
そう、クロノイアの唯一の欠点はシスコン。妹が絡むと暴走するという1点に絞られる。当然その被害を被りやすいのは身近にいる者であり、立場が立場なだけに逆らえるものもいない。だからだろうか、なんとなくクロノイアが関わるとラグナスの機嫌が悪い気がするのだ。はっきりと感じるわけではないが、強いて言えば勘のような。
そんなわけで普段も人払いをかけて返事を書く。わざわざ部屋を出ていろと言わずに済むこの時を逃したくはない。
「!」
ノックの音がして、落ち着き払った声がする。予想より早い戻りに焦るが素早く書きかけの手紙を引き出しにしまい、いかにも本を読んでいましたというように本を開いて置くと何事もなかったように入室を許す。
「……返事を待つということを覚えたようで良かったわ。」
落ち着いた足取りで近付く気配を振り向かずに口を開けば微かに憮然とした気がして私は長い髪に隠れるように微笑った。




