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【騎】 護衛騎士の実家の事情

昨晩のような不穏な出来事は、不本意ではあるが珍しい事ではない。

本来の王位継承順位を飛び越えて民からの信頼を集め、女だてらに王室の中枢部分にまで関与するリシュレイアを、順当な世継ぎである長兄カストレイが疎ましく思わない筈はないのだ。ましてや、ヤツは妹のお陰で「女のくせに」が口癖になってしまったらしい、典型的な男尊女卑の思想の持ち主だった。


だが、昨日のようなそれが長兄の仕組んだものであったとして、今の所は然したる問題ではない。本当に危険なものなら、無理やりにでも馬車に押し込んで帰るところだ。

リシュレイアの命を脅かすという意味で俺が最も危惧しているのは、遠距離からの狙撃だった。

自らの足で直接向かってくる輩はどうにでもなるが、どこから飛んで来るとも知れない矢などに対しては、どうしようもない。


ただ、カストレイはそれをしないだろうという確信がある。

昨晩リシュレイアがそうしたように、あのような形での直接的な襲撃なら、王家や陰謀とは何ら関係のない野党として片付ける事が出来るのだ。裕福そうな若い娘が夜道を歩いていれば、短絡的な金品や誘拐目的で良からぬ事を考える輩は少なからずいるものだ。

しかし狙撃による場合は、それが出来ない。はっきりと、しかも暗殺という形で対象の命を奪う事が目的なのだと知れてしまう。

そうなると、真っ先に疑われるのは奴らであり、民からの信頼の大半がリシュレイアの人気で成り立っている現在のメラウェン王家にとっても非常に困った事態になるし、それ以上にカストレイは妹を軽んじている。そんなリスクを冒してまで排除せねばならない脅威とは、考えていないだろう。


と、いうわけで。――俺にとっての目下の問題は、全く別のところにある。

しかもリシュレイア絡みですらない。

恥ずべき事だが、己の生家である、オルブライト家の父との間に存在する軋轢だった。


俺の家は代々、国王の直属である近衛騎士を多く輩出してきた。

王族の警護を任とする親衛隊も、この中に含まれる騎士であり、勿論俺自身も所属しているのだが、父であるドレイク・オルブライトは近衛騎士隊を束ねる隊長を務めている。

ただし、代々近衛騎士が多いというのはつまり、国王と繋がりの強い家柄という事でもあり、第一王子のカストレイに王位を継がせたい国王としては、リシュレイアは目障りな存在なのだ。

更に、王族とはいえ女性の身辺警護で常時傍らにある存在というのは、いくら公務とはいえやはり同性の方が適しているという向きもある。

そんな位置に俺が属していること自体、父は気に入らないらしい。


親衛隊に着任した当初こそ、若くして王族の警護を任される立場に――と喜ばれたものだが、俺が長くそこに留まるにつれて、世間体が気になり始めたのだろう。

ゆくゆくは長男の俺に跡を継いでほしいようで、そのためには第3子などではなく正当な世継ぎの下に着くべきだと、事あるごとに口にされる。

あとは、既にそれとセットになった決まり文句で、早く身を固めろ――とかな。

次男はとうに家庭を持っているし、末の三男も最近婚約が決まったとあって、益々風当たりが強くなった。


今も、奴の職務の合間にわざわざ呼び出されている最中で。

同じ城内であるからまだ良いものの、不毛な時間を過ごすのは実に面倒だ。

実用面よりも豪華さが優先された机に握り拳を叩き付け、無駄に背もたれの高い椅子に座るドレイクはこの所、いつも不機嫌な面だ。


「いい加減にしろラグナス。いくら弟達が私の期待に応えてくれようと、長兄のお前がそんな事では示しがつかぬ。折角の縁談もことごとく受けようとせんとは何事だ、オルブライトの名に泥を塗る気か!」


……その台詞はもう耳が腐るほど聞いた。


「それに対する返答は、以前から再三申し上げている通りです。私は、この私自身に相応しいと心から思える女性としかお付き合いするつもりはございません。闇雲に期待を持たせてしまう事の方が、失礼に値すると私は存じますが」

「ふん、相変わらずの傲慢さだな…。だがそんな口を聞いていられるのも、今のうちだぞ。どんな社交の場においても、伴侶をともなわない者など――」

「必要ございません。私の役目は、リシュレイア姫をお守りし、助力する事のみです」


自分でも、全く変わり映えしないテンプレート通りの返事だと思うが、言われる事がいつも一緒なので仕方がない。

それにどんなに正当な理屈を並べたところで、この男にとっては俺がしているのは自分の思い通りではない、気に入らない事なのだから何を言っても同じこと。


そしてこの後、矛先がいつまでもリシュレイア付の護衛に甘んじる俺の立場的なものに向く所まで、全く同じ流れだ。

一体、何回このやり取りを続ければ良いのだろう――と気が遠くなりかける。

今時分、リシュレイアは何をしているだろうか。

一時的に傍を離れることは告げてある。当然、代わりの者をつけているが、俺がいない状態では目立った動きはしない筈だ。


「――――! おい、聞いているのか!ラグナス!」


「ええ、しっかりと聞いております。リシュレイア姫ではなく、より高貴な存在であらせられる、カストレイ殿下や国王陛下にお仕えすべきと仰るのでしょう」


実は聞いていなかった。

が、ずっと繰り返されてきた変わらない流れの中で、何を言われるかくらいは簡単に予想できる。

「わかっているのなら、何故そうしないのだ。推薦ならばこの私が、いくらでもしてやるというのに!」

事実、何の違和感もなく話が繋がっていくのだから、おかしくて笑いを堪えるのに苦労した。


段々と声のでかくなるドレイクに対し、俺はあくまで冷静に対する。

もう良い歳だろうにムキになって、見ている方が恥ずかしい。いっそ高血圧か何かになって倒れてしまえば――とも考えるが、それは困る。仮にも栄えあるオルブライト家の当主、奴が稼働しなくなる事で滞るであろう、山のような仕事を回されるのが何処の誰になるかというのは明らかだった。そうなれば、リシュレイアの護衛もままならなくなる。それでは思うつぼだ。

あまりの鬱陶しさに一瞬よぎった考えを仕方ないと改め、当初の予定通りに口を開く。


「お言葉ですが、父上。リシュレイア様は、父上が思う以上に貴く、素晴らしい御方です。当然、私もそれに恥じぬよう、最大の忠誠と誇りをもってお仕えしております。……いかにカストレイ様や陛下が優れておられようと、剣を捧げた主を簡単に変えるなど、どうして出来ましょうか。単なる優劣の問題ではないのです」


正直――戦争でもないのに常に軍服を着て歩く頭のいかれた王子が、リシュレイアよりも出来た人間であるわけがないのだが。

そこは社交ナントカというやつだ。敵も味方も、誰も貶すことなくして自分の要求を通す。素晴らしいじゃないか。


それに、こう言えばドレイクが返答に詰まる事は、よくわかっている。

今は歳を取った所為か、それとも王に何かロクでもないことを吹き込まれたのか、だいぶ石アタマ化してしまっているが、これでも誉れ高き近衛騎士隊長。

少なくとも俺が子供の頃は、自分にも他人にも厳しく、騎士道精神を遵守しようと努め実際にそれを実践した、多くの者が認める騎士の鑑――だった筈だ。

何処からこうなってしまったのかは知らないが。

それでも――残りかす程度でも、その奥底に騎士の心が確かに在ることは、知っている。

騎士が主へ剣を預け、絶対の忠誠を誓うことの尊さを、この男が知らないわけはない。


案の定、ドレイクは何かを反論したそうな様子ではあったが、それを意味を持つ言葉にする事はできず、結局不服そうに唸るだけだった。

こうなれば、もう会話は終いだ。

こちらは一刻も早く本来の職務に戻りたいので、それ以外の事をわざわざ続けてやる義理はない。

しかしおそらく向こうはそうでないから、また新たな難癖を投げかけられる前に切り上げるに限る、というわけで。


「お話は終わりですか。それならば、失礼いたします。私にも職務がございますので」


返事も聞かずに、踵を返した。

呼び止める声や、まだ話は終わってないなどの決まり文句が背に浴びせられるが、これ以上無駄話に付き合うのは御免だ。



ドレイクの執務室を出た俺は、その足でリシュレイアの部屋へと向かう。

しつこいようだが、一刻も早く戻りたい。が、しかし気は逸ってもそれを表に出す事は決してあってはならない。早足などもっての外。そんなせせこましい姿を見られるわけにはいかない――リシュレイアに、ではなくすれ違う人間全てに対してだ。


この時間に姫の傍を離れる事すら、あらかじめ予定されていたかのような振舞いで、彼女の元を訪ねる。

姫の私室の前には、護衛が控えておくための間が設けられている。そこに、俺がいない間の代わりに詰めていた騎士の姿があった。


「ラグナス隊長、お疲れ様です。姫様はお部屋でお寛ぎになっていますよ」


彼女は俺が戻った事を知ると、きりりとした表情を若干和らげて奥の間の方を示した。

短く切った黒髪に、落ち着いた深緑の瞳の女騎士は、リシュレイアの親衛隊の中でも俺の副官的な役割にあたる。普段は自分一人でも充分なのだが、今回のように鬱陶しいしがらみや何やらで身動きが取れない時などは、やはり彼女のような存在が必要となってくるわけで。当然、俺が手足としているのだから信頼しているし、優秀な人材であるのは言うまでもない。


「ああ。急な頼みで悪かった、アイシャ。……だがお陰で助かった」

「いいえ、これが自分の職務ですから、勿体無い御言葉です」

「……お前の場合、自分一人だけの問題ではないだろう。早く家に帰ってやれ」


本来ならば既に上がっている時間だったところを、俺が予期せぬ呼び出しを受けたために止むを得ず留まってもらっていたのだ。

彼女は仕事熱心で真面目で、こういうとき嫌な顔一つせずに引き受けてくれる。この程度の些事であれば実際大した事ではないし、特筆すべき何物もないのだが、アイシャの場合は少々事情が違ってくる。


このアイシャ・ローレンスという女性騎士は既婚者で、5年前に男児を出産しているのだ。勿論、夫も子も健在である。

多くの結婚した時点で退団して家庭に入るだろうし、そのうえ幼い子を育てながら城勤めをするというのは並大抵の事ではない。

アイシャの夫は、こちらも城へ出入りする勤勉な文官であり食い扶持には困らない筈だ。

特別な家庭の事情があるわけでもなさそうだし、そうなると本当に望んで今の仕事を続けている事になるわけで。


現状、俺一人でも基本は回るような姫の親衛隊に、彼女のような一見重宝がられそうな人材が配置されているというのは、そういった背景もあっての事だった。

実際のところ、彼女は並の男騎士なら数人束になっても歯が立たないほどの実力者でもあるのだ。

結婚前の彼女の訓練風景を目にした事があるが、流石の俺も圧巻と言わざるを得なかったのを覚えている。


「そうですね。では、お言葉に甘えさせていただく事にして……お疲れ様でした、隊長!」


痛い所を突かれたといった風に苦笑し、アイシャはそうと決まれば颯爽と退出していった。

いくら熱心といっても、幼い我が子には勝てないのだろう。

未だに独り身なのを槍玉に挙げられる自分としては、未知の感覚ではあるが、推測するだけならさほど難い事でもない。


アイシャが部屋を出て行くのを見送ると、その足で奥の間へ続く扉の前に立つ。

……ようやく、戻って来られた。時間に換算すれば大した長さではないのだろうが、この身が感じた時の流れはおそらくその数倍に及んでいるに違いない。

それほどに、ドレイクの話は鬱陶しい。


「姫。ラグナスです。只今戻りました」


ノックと共に、主へ帰還を告げ返事を待つ。

アイシャからの引継ぎに、来客があったなどの報告はない。という事は、部屋の中にはリシュレイア一人である筈だ。

どうせ二人しかいないのだから(ノックはしたのだし)扉を開けてやろうかとも思ったが、過去にそれをやって何故か着替え中だったレイアにぶん殴られた前科がある。……俺が戻るのは予定の内だったろうに、何故そんな隙を見せるのか全く不可解だったが、あの時ばかりはボロ雑巾のように罵られた。わざわざ同じ轍を踏む道理もない。

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