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【姫】夜闇の素顔

 本当に、どこまでも完璧な男。

 私は内心でため息をつき鮮やかに事を収めて振り向いた従者を見上げる。夜闇に映える美しく波打つ金髪はこの程度の戦闘では乱れない。私が怪我をしていないことはとっくに承知だろうに、わざわざ礼儀正しく確認を取るあたりが微妙に気に入らない。


 「お前が対応したのだから無用の心配でしょう。礼儀として私も聞くべきかしら、怪我はない?」

 「御座いません。この輩、どう致しますか。」


 失神しているとはいえ他人がいる場所では尊大口調を出さない、ね。用心深いというか……やっぱり完璧主義。幼い頃から見知っている相手であり、私の従者。私は、主。大して珍しくもない些細な出来事こんなことでいちいち動揺していられない。


 「今訪問してきたモンド卿に処理させようかしら。お兄様と懇意にしている彼が私を招いたあたりで胡散臭かったし、話を引き延ばしたことといいタイミングが良過ぎるわ。まぁ……子飼いの子飼いといった雰囲気だから野党として捕縛した方が彼らは安全か。」

 「リシュレイア姫は本当にお優しい。」


 失神した男達を拘束しながら返された言葉は、甘過ぎるという苦笑に近い嘲りか、甘い考えを貫くことへの賛美か。どちらかと言えば前者な気はするけれど。


 「王族は犠牲の上に立つ者であり、役目として命を奪う者だけど私はそれを当たり前と無尽蔵に奪いたくない。雑魚はいくらでも湧いてくる。元を絶たなければ。」


 本来なら王位継承権争いから離れているはずの第3子、それでも王にと望まれ応えると決めたからには信念はもって然るべき。仕える者にもそれは徹底させなければと思う。

 尤もいつもそんなことを考え続けていれば疲れるのも事実。だから、普通ならば安全面を優先して馬車で戻るところをたった1人の信頼できる従者を連れて歩くことを選ぶ。外の風に触れて歩くのは気持ち良い。確かに危険は増すけれど、この嫌味なほどに優秀な従者は内心でどれだけ文句を言っても私を護りきると知っているから。


 拘束し終わるのを見計らい歩き出そうとしたら、さっきまで背を預けていた塀の隙間に髪の毛が引っ掛かっていたようだ。引き攣る感覚に手を伸ばせば私よりも先に大きな手が引っ掛かっていたひと房を掴んだ。これ以上引っ張られないように途中をそっと掴み、髪の毛が傷まないように隙間から外す。埃を払うようにすっと撫ぜ、何事もなかったように1歩下がって、道を譲るように手で示した。


 「参りましょう、リシュレイア姫。」

 「……ええ。」


 何故か見惚れてしまって反応が少し遅れた。取り繕うようにまっすぐ前を向き歩き出す。うっかり振り向いたら忍び笑いをしていそうで距離を取るべく足早に。そんなことをしたって適切な距離を保って付いてくることはわかっているけど。そう、うっかり転んだらすぐに手を伸ばせるくらいの距離。

 神様は意地悪だ。絶対に転ばないと思っている時に限ってヒールが小石に取られた。わずかにバランスが崩れた瞬間に腰に回された力強い腕。必然的に耳元に近付く彼の唇が決して表に見せない言葉を囁く。


 「ヒールのせいかもしれないが相変わらず、どんくさいな?」


 せめて身長160cmに見せたいというちょっとした虚勢をも揶揄するような低い囁き。今のは庇わなくても自分で体勢を直せたであろう状態で手を出してきたことといい全く持って気に喰わない。肩越しに睨み付け、身を捻って突き飛ばすように胸を押す。


 「無礼者!立場をわきまえなさい!」

 「ご無礼を致しました。」


 優雅な動きですかさず膝を折って臣下の礼を取る従者を見下ろしながら、余計に苛立つ気持ちを深呼吸で抑える。傍目には主を気遣った従者を高慢な姫が怒鳴り散らしているとも見えかねない。いつも思うことだけど本当に気に入らないわ! ぷいっと顔を背け歩き出した背後、少しの距離を開けて付いて来る気配。それにわずかに安堵している自分がいた。

 優秀過ぎるうえに性質の悪い親衛隊長が私の身の回りからいなくなることはめったにない。それが私の日常の風景。


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