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No.8


 宵の風が部屋に入り込み、遠くでは虫の鳴き声。

 くつくつと煮込まれた醤油の匂いが、懐かしさを感じさせる。

「日本だなー」

「生まれてから日本以外の国に行ったことがあるのか」

「ねえよ。お前と違って俺は現状に満足してるの」


 俺が湯気に包まれた肉団子を頬張ると、アンミツも同じタイミングでよそった白ネギを口に含んだ。

 ぱく、と白米を頬張る。アンミツも同じタイミングでほかほかの飯を口に。

 ぐびび、とビールを飲む。アンミツも同じタイミングでグラスを傾けた。


「あーもう、真似するなよなー」

「真似をしているつもりはない。お前こそ真似するな」

「こっちだって真似してねえよ!」

 矢倉が鍋から肉とキノコを俺の皿によそってくれた。

「お、サンキュー」

「野菜も食べろ」

「んだよ、口うるせえ」

「・・・・・・もう馴染みの光景になりましたよねー」

 深川が冷めた目でこっちを見やる。

 俺、アンミツを順に見ると、また俺に視線が戻ってきた。


「そうですね」

 矢倉は困ったように笑いながら、次々と鍋から全員の皿によそう作業を繰り返す。

 締めのうどんも常備済みだ。

「しかし、夏に野郎四人で鍋って。暑苦しいにも程があるよなー」

「リッカだって男じゃないですか」

「まだ成人してないし、見てても暑くないしー。ああ、リッカ。口の周りベタベタ。ほら、口拭いて。ティッシュ、ティッシュ」

「先輩は独身なのにすでに父親みたいですねー」

 嫌がるリッカの顔を押さえて、口の周りを拭いてやると、深川はくすくす笑った。

「お前もこぼしてるだろう」

「飛びやすいんだよー。ちょ、痛いって」

「じゃあ天満さんは、先生のお父さんって感じでしょうかね」

 ふん、と深川は鼻を鳴らすと、ビールを飲んだ。枝豆を二つ同時に口の中へ入れると、押し流すようにまたあおる。

 いい飲みっぷりだった。



「では、私はこれで。先生、お疲れ様でしたー」

「おう、気をつけて帰れよー」

 酒を飲んだというのに矢倉の足取りは確かなものだった。

 飲んだといっても小振りのグラスに一杯だけだ。

 姉は皆酒豪だと言うから、大丈夫だろう。

 酒に酔っ払ってへろへろになるイメージしか思い描けない矢倉も、もしかしたら酒豪なのかもしれない。


「おっと」

 目の前がぼやける。

 階段を踏み外しそうになって、アンミツと深川が同時に支えてくれた。

「飲みすぎだ」

「仕事が終って嬉しいのは分かりますけど、もう寝ましょうよ先輩。それともお風呂入ります? 背中流しますよ」

「いい、眠い・・・・・・」

 学生時代から知っているこの二人の前だからか、急に酔いが回ってきた気がした。

 ふわふわとした心地よい眠気が襲ってくる。

 浮いたり沈んだりする意識をどうにか押しのけて、歯を磨いてトイレを済ませる。

「はい、先輩着替えてくださいねー」

「さっさと脱げ、洗濯機回しておくからな」

「シーツも替えておきました。布団も干しておきましたから、ふかふかですよ」

「リッカはもう寝てるから、起こさないように静かにしろよ」

「じゃあ、先輩。オレ達はこれで帰りますけど・・・・・・」

「帰るの、か・・・・・・?」

 ぼんやりした頭で問いかける。

 目の前の男二人は、同時に顔を見合わせた後、どちらか残りましょうか? と聞いてきた。


 俺は酒に弱い。

 それは二人とも知っている。

 いつもと違う言動をするかもしれない事は十分承知済みで、だから心配なのだろう。

 そうして目覚めた後、酔っていたくせに痴態をさらしたことだけはしっかり記憶している俺が、壊滅的なダメージを負わないように、守ってくれるつもりだ。

 でも、二人に迷惑かけちゃいけない。

 分かっていたはずなのに、もう何も言えずに首を折って、くたりと体を預けてしまう。

 遠くでちょっとだけ呆れたように笑った、誰かの吐息が聞こえたような気がした。





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