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No.4


「クラ、ミモにいじめられたのか?」

「おい何人聞きの悪いこと・・・・・・」

「リッカさん・・・・・・。大丈夫です。苛められてなんかいませんよ。ええ、たとえ締め切りギリギリになっても一向に筆の進む様子がない作家にどれだけ待たされようとも、友人がいないだろうと罵られようとも、私は負けません」


 お湯が沸いたのだろう。

 新しく淹れた茶を、俺と矢倉の分だけ湯飲みに注いで、お盆で運んできたリッカを認めると、傷心の矢倉は泣き真似をしながらリッカに訴えた。

 ていうか、古。

 今時筆使ってる奴そうそう見ないぞ。

 いくら書道が好きな人でも日常で使わないだろう。

 そこまで考えると恨めしそうに、聞こえてますよそれに筆は言葉の綾ですと釘を刺された。

 ヤバイ、また口に出してたのか。



 リッカは盆を置くと、よしよしと俯いた矢倉の頭を撫でてやる。

「泣くな、クラ。ぼくも友達だろう?」

「リッカさん」

「クラ!」

 ひしっと抱き合う二人に、俺はげんなりと視線を向けた。

「ったく、矢倉。お前リッカに変なこと教えるなよ。ぱっと見、危ない大人だぞ」

「そうですか?」

 そうですかじゃねえよ。成人男子と未成年の男子が抱き合ってる時点で更に危ないだろ。


 いい忘れていたが、矢倉は編集者の端くれだ。

 姓は矢倉、名は光久。

 俺は角田社に時たま読みきりの小説やらイラストやらを投稿していて、その担当が矢倉というわけだった。

 外見を説明すると、チャームポイントは眼鏡と目元にある泣き黒子だろうか。

 茶味が強い髪に、ほとんど茶色に近い色素の薄い瞳。

 白い肌に170前後の身長を見れば、贔屓目に見ても頼りない大学生だ。

 童顔も相まって、下手すりゃ高校生にも間違えられるかもしれない。

 そのせいか、いつも不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、口元は引き結ばれている。

 詳しく聞けば、視力が極端に悪く、対人恐怖症気味なのだそうだ。

 俺とは普通に話しているじゃないかといえば、貴方は人の警戒心をことごとく打ち破ってくれるんですよと喜んでいいのか分からない返答を返されたことがある。


 なぜ編集なんぞやってるんだと聞けば、本好きも理由の一つではあるが、校閲や編集といった仕事は人とあまり接触しないだろうと思ったから。

 甘い。

 いくら情報化社会とはいえ、仕事で人とのコミュニケーションは不可欠だ。

 そんな矢倉だったが、根はかなり単純で素直な性格をしているので、編集長にからかわれている場面も多々見受けられる。

 家族構成が女性だらけのせいか、以前は女性向けのほうの担当だったらしいが、刺激的な場面は辛すぎたらしく、転属願いを出したとか。


 しかし、末っ子の彼は四人いる姉の影響で、仕草や感情表現の仕方が女性らしかったりする。

 つまりはリッカに悪影響を与えている根源がこいつだ。

 今リッカが身に着けているのは、矢倉のお下がりで、白いレースで縁取られているタンポポ色のエプロン。ピンクじゃなければ別に男が着てもいいだろうというその基準がよく分からない。

 男だってピンクが好きな奴はいる。そんなに珍しくもないだろう。気分が高揚するし、元気が出る暖かな色だし。俺だって何も色の好みにまで口出しする気はないし、手芸や、編み物や、料理や、可愛い小物が好きな男を気持ち悪いなんて思わないさ。


 けれど!

 リッカは妙に似合ってしまうのだ。洒落にならない。

 矢倉にはリッカが来た経緯なんかも話してあるので、それならばと自分の子どものころの服を持ってきてくれたのだが、ほとんどが女物だった。

 何でこんなものばかり持っているんだと聞くと、姉たちのお下がりを着させられていて、家の中だから構わないかと普段着に使っていたとか。

 英才教育の思わぬ弊害だ。

 リッカが女装趣味になったらどうしてくれよう。

 ぽつりともらした一言に、友人からは、んなわけねーだろと鼻で笑われたが、いそいそとエプロンをつけるリッカを見ると本当に要らぬ心配ばかりが募っていく。



 俺がため息をつくと、矢倉は雰囲気を感じ取ったのか、苦笑いをしているのが分かった。

「あ、寝ちゃいましたね」

「寝たか」

 振り向くと、リッカが矢倉の肩に頭をもたれかけて眠っていた。

 眠っている時は天使の寝顔。この表現がここまで似合うヤツもそういまい。

 そういったら、いつだったか矢倉に呆れ顔をされたことがある。


 親馬鹿だって?

 一体誰の事だ。コイツには本当、手を焼かせられてんだ。





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