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No.3


「リッカー!」

「なんだ」

「何だじゃないだろ! お前、皿洗いくらいまともにできないのか!?」



 リッカが家にやってきて、数ヶ月が過ぎた。

 例のサッカーボール型カレンダーは何回か位置を変え、時には埃をかぶっている面があったりする。

 正月にやってきためでたい客人は、未だに引き取り手が見つからない。

 すでに客人扱いしていないのはエプロン姿のリッカを見ていただければ一目瞭然だが、しかし、俺は決して天涯孤独な少年をこき使っている非情で計算高い親父ではないのだと、そこだけ訂正しておく。

 リッカはもともと下僕賞当選などというふざけた通知と共に我が家に来た少年だった。

 行き着いた先にいる人物が自分の「僕」だとしか言われずに、ここまでやってきたという、これまたふざけた話だ。


 俺が下僕? 冗談じゃねえ。

 しかしそんな型破りの出会いをしたのだが、一緒に暮らすうちにお互い慣れてきて今では居候している親戚の子どもくらいのポジションに昇格している。

 分かりにくいなら、あれだ。

 とにかく慣れてきたっていうことだけ分かってもらえればそれでいい。


 リッカは見たところ中学高校あたりの顔立ちをしているのだが、学校にいかずともいいらしく、一日中ぶらぶらしている。

 縁側に座って日向ぼっこをしている時だってあるし、庭に遊びに来た野良猫を手懐けようと必死だったり、庭の草抜きをしていたり、俺の見よう見まねをして、掃除機をかけていたりもする。

 なんというのか好奇心旺盛で、俺がやる事全てが珍しいらしく、何かにつけて自分がやりたいと言うようになった。

 まあ家事を手伝ってもらうのは大歓迎なので、好きにやらせている。

 食器を洗うのだって、リッカがやりたいというからさせておいたのだが、俺の手間が省けた代償に、一週間に何か一つは割ってくれるというオプションつきである。最近はちょっと間隔が開いてきてはいるが。しかし!

 とうとう俺は悲鳴をあげた。


「だからもうやめろって! このペースだとあと三月もすれば俺ん家から食器が消えてなくなるんだよ!」

 呻いて頭を抱えた俺に、リッカは何も言わなかった。

 一分ほどは黙った後、ようやく口を開いた。

「ぼくはこれをやりたいんだ。今度はもう割らないから。駄目か?」

 う、と俺は後退る。

 俺を見つめるエメラルドグリーンの瞳が悲しそうに揺れ、柳眉は八の字型。


「・・・・・・分かった、分かったから。絶対落とすなよ。今度やったらどうなるか分かってるな?」

 何もかも了承した様子で頷いたリッカだったが、本当に分かっているのかは疑わしかった。

 けれど俺はいちいち確認するのも面倒で、仕事に戻ることにした。

 薬缶をセットし、ガスのスイッチを捻ろうとすると、リッカが近寄ってくる。

「お前はまだ火は扱っちゃ駄目だからな。そこで見てろ」

「分かってる」

 ぷうと膨れっ面をしてみせたリッカだったが、摘みを捻って火がつくと、物珍しそうに見つめた。

 何がそんなに楽しいのか全く分からん。



「先生、ご在宅ですかー」

「おう。っつーか矢倉、いい加減チャイムの存在に気づけや」

「何回も言いますが先生、チャイム壊れてます」

「あれ、そうだったか」

 悪い、と口先だけの返事をしておくと、後ろでため息をつかれた。

 そういえば前にも同じような会話をしてたっけ。

 しばらくペンを走らせて、とうに冷えてしまった珈琲をすすった。


「だったらノックぐらいしろよ」

「先生・・・・・・これも何度も言いますが、反応遅いです」

「いいじゃねえか。何も言わないよりマシだろ」

 私に対しての嫌味ですか、と苦々しく言った矢倉は、本人いわく無口なのだそうだ。

 俺には到底信じられなかった。

 あれだけ口煩い奴が無口だって。

 おかしいったらありゃしない。

 そこまで考えると、矢倉はゆっくりと声を張り上げた。

 どうやら俺は、今のを口に出していたらしい。



「言っておきますが。私は、ちっとも原稿を上げてくださらない作家のために仕方なく喋っているんですよ。そうでなければ用もないのに話しかけたりしません」

「お前友達少ないだろ」

「そ、そんなことありませんよっ」

 声が上擦る。図星だな。

「ちゃんといますよ、友達くらい」

「くらいってなあ、お前。友達は大切だぞ? 二次元とかネットとかの友達もいいもんだがやっぱ生身の友達は」

「普通に三次元にもいますよ!」


 なまじ肌が白いので、すぐに顔が赤くなる。

 怒った矢倉は、それ以降話しかけてもしばらく答えてくれなかった。





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