No.15
「嘘だろって思うくらいに従順、とか?」
「なんでそれを俺のほうを向いて言う」
「アマミツ先輩に可愛げの一つもないからでしょ」
「そうそうっ、やっぱ分かってるよなー。さすが都」
「光栄ですー」
「・・・・・・・・・・・・」
緑青は微笑ましそうに俺たちを眺めながら、懐中時計にしか見えない装置を弄った。
深川の腕の中にいたリッカの肩がぴくりと動いて、顔を上げ、そうして俺へと視線を移動する。
優しげな笑みの形に口角を上げ、直線をなぞっていくかのように深々と腰を折った。
「ミモンさま」
「ごめん、やっぱ俺が悪かったです先生明日宿題でも何でもするので今すぐ帰っていいですか」
柔らかな光を放っているけれど、その目は濁っている。
心酔しているような雰囲気でも、その目は俺を写してはいない。
まるで旧知のような親しさだが、その目は過去の時間を覚えているわけじゃない。
ただ作られただけの、これこそアンドロイド。
「こらこら、君が『従順』って言ったんだろ?」
ともすれば、皮肉っぽく見えるその時の笑みは、心からこの時間を楽しんでいるかのように優しげだった。
「それでもこれはないだろ。人にはイメージとか性格ってのがあるんだよ。何合わないこと無理やりさせようとしてんだ」
「お前が言えることじゃないだろうが」
拳で頭を軽く小突かれたが、そんなのは構わず続ける。
「いいから即刻戻してくれ、大至急ッ」
緑青が億劫そうに指を鳴らすと、瞬間的にさっきと同じトランス状態に戻る。すかさず深川が体を支えた。
「仮プログラムの実行を停止した。これでいいかな?」
「プログラムを書き換えるなんてことは余計なお世話で、別に今のままの性格で十分だ。今のリッカと俺たちは付き合ってきたんだから」
「言っただろう? リッカはただの機械だ。情けをかけても意味はないし、何か利益を生み出すわけでもない」
「――なんだと!?」
お前が、リッカの何を知っている?
体の構造を知っているからって、何が分かるっていうんだ?
「緑青さん、アンタ・・・・・・知らないだろ。リッカが夏の暑い日でも、空に浮かぶ雲をじっと見続けるのが好きだとか、大根が嫌いだけど、たくあんだけは食べる事が出来るとか、カップ麺に入ってる薄っぺらな焼き豚は好きだけど、本格的な分厚い焼き豚はあんまり好きじゃないとか、ニガウリが大嫌いだけど、我慢して一口だけでも食べられるようになったとか、ソフトクリームが大好きだけど、チョコ味はあんまり好きじゃないとか、甘い物好きで、最近は菓子作りに挑戦しようと思っているとか、動物を見るのは好きだけど、直に触ろうとするとちょっと脅えながらこわごわ触るとか、まだ会ったことのないうさぎを見て一緒に遊ぶのを心待ちにしているんだとか、絵を描かせればプロ級だけどスケッチばかりで、色をつけるのは下手くそだとか、プルーンは食べられるけど、レーズンはまだ食べようとしないとか、ヨーグルトに最近はまっているとか、レモン色が好きだとか、夏よりも冬の方が元気で、外で何時間も日向ぼっこしながら本を読んでいるとか、カラスと話そうとして一日を潰したことがあるとか、何か達成できた時のリッカの顔が、すっごく嬉しそうに笑うんだとかっ――それに、それから・・・・・・リッカを好きだと言ってくれた人がいないかって聞いたとき、感情プログラムもろくに発達していなかったはずなのに、凄く寂しそうな顔をしたってことも。何一つ知らないだろ。リッカの経験値を知識としては知っているのかもしれない。けど、過程なんか知らないだろう。側にいてやらなかっただろう?」
リッカみたいな存在を作れるほど頭がイイのに、居場所を知っていたくせに。リッカが寂しそうにしていた事にさえ、気づかなかったのかよ?
一気に吐き出したせいで、息が苦しかった。
ただ話していただけだってーのに、体がここまで鈍っちまうなんて。俺も今まで何してたんだか。
こんな体たらくだから、しっかり大地に足つけて真っ直ぐ歩いて来れた試しがねえんだ。
蛇行ばかりしていた過去と現在を見比べながら、憤怒も悲壮も憐憫も懇願も一切の色をなくす様にして緑青を見やった。
緑青は笑みを消しながら、疲れたように深い息を吐く。
「何を言い出すかと思えば・・・・・・くだらない」
くだらない? くだらないわけないだろ。
アンタの知らないところで、リッカは自分というものを持っていたし、きちんと成長していたし、アイツはアンタをずっと待っていたんだ。
この素晴らしく優美で穏やかで綺麗で、けれどとびきり残酷な世界の中で、緑青という男の事を。
おそらく、ずっと。忘れていなかった。
「単体プログラムの自我など、采のようなものだ。物事を面白くするために付けられたただの飾りに過ぎない。実質は手足となるための道具なのだから、君もあまり深入りしすぎない方がいい」
緑青は目を細め、じっと手元の装置を見つめながらそう言った。
とても大切なことを教えてくれるかのように優しくて、厳しい声音だった。
永遠を願う少女に、十二時の鐘がなったら魔法は解けてしまうよ、と告げた魔法使いのように。君の手の中にある宝石は、ただの土くれなのだから、それ以上磨くのをおやめと告げる細工師のように。
偽りの命。
植えつけられた偽りのプログラム。
形なき素晴らしいものが、リッカの中にあるといつまで信じ続けることが出来るのかと残酷に囁いてくる。
「見た目が変わらない。もしかしたら能力もそれ以上成長しないかもしれない。不死に近い存在は、年老いていく人間にとっては恐怖と憎しみの象徴だと、昔から相場が決まっている」
それならば、何故出逢わせたと彼を恨むのか?
出逢いは全て素晴らしいもののはずなのに、誰かのせいにして自分が守れるはずの存在を簡単に捨て去れるのか?
リッカと出合ったことは全て無駄で、マイナスなことだったか?
俺はリッカをどう思う?
「変わらないのは、怖いよ・・・・・・」
それが正直な気持ちだった。それ見たことかと緑青は鼻で笑う。
何年経っても、俺が老衰で死ぬような年になっても、リッカは今のまま隣にいて、相変わらず野良猫を追っかけているかもしれない。
けれど、この無機質なはずの存在が自分にとってどれだけ救いになっていることか。
リッカがいなくなったら、どれだけ寂しいか。
それを考えてしまったら、どんなに青臭いと言われようが滑稽だと言われようが、リッカを手放すなんて思えやしなかった。




