7.沼地源蔵
「源さん?……どうかしたんですか?」
同じ作業チームの仲間に声をかけられて、源蔵は自分がぼーっとしていた事に気がついた。
「すまない、ぼーっとしていた。今こいつをそっちへ運ぶから退いていろ」
源蔵はいつも通りにクラッチを踏んでクレーンを前に動かす。
そしてむき出しのパイプに向かって次々と土を被せてやった。
小山が出来るくらいに土を盛ると、次は平にしてセメントを流す。
もう何百回もやってきている事ではないか。何をぼけっとしているんだ俺は。
額に浮かぶ汗を拭いながら、昨日の事を思い出していた。
『源さん、身体はまだ大丈夫なの?仕事、もうそろそろお休みもらった方がいいんじゃない?』
杏里にしつこく腕の心配をされた。
源蔵は杏里に何ともないと言い張ったが、実際には使い物にならない日が近づいているのが分かっていた。
最近痺れの回数が多くなってきている。薬を飲んでもあまり効き目が無くなってきている。
曜子ちゃんはもう駄目になったと聞いた。そろそろ俺も限界なのかもしれない。
一通りの作業を終えて車から降りると、社長室へと向かった。
また長い休暇をとらせてもらう事にするか。同じ仲間のみんなには悪いが、このまま無理して続けるのは危険だ。
みんなにかえって迷惑がかかってしまう。源蔵は社長室のドアを軽くノックしてから入った。
「失礼します……社長、少しお話が………」
「あぁ、源さんか。何だい?給料はこれ以上上げられないよ」
「いや、そろそろ長期休暇を申し込みたくて……」
「あぁ、もうそんな時期かぁ。病院の定期検査も大変だねぇ」
「すみません、毎年毎年休みをいただいて……」
「なぁに、いつも源さんにはお世話になっているんだ。事情も事情だから仕方ないだろう」
源蔵はここの社長だけにきちんと腕の手術をしていることを告げていた。
そしてリハビリに時間がかかるのも知っている。
「また元気に仕事が出来る様になったら戻っておいで。源さんの席は一応空けておくからね」
「ありがとうございます。社長が俺のおじさんで本当に良かった」
「あっはっは。俺もお前と一緒に仕事ができて嬉しいよ。さて、スケージュールの調整をしてこなくっちゃ」
「恩にきります、社長。また一緒に飲みに行きましょう」
「おお、いい店で奢ってもらわないかんの」
社長は毎年笑って俺のわがままを聞いてくれる。他の仲間達も。
こんな会社で務める事ができて俺は幸せ者だ。
この居場所、この幸せだけは失いたくない。例えどんな手を使おうとも。
源蔵は両手を擦り合わせてまるで神にでも祈るような真似事をした。
一通り道具を綺麗に磨き終えると、水木はある男に電話をかけ始めた。
元同じ研究チームの男。私の大事な右腕。あっちも多忙な人だから、そろそろ日付だけでも決めておかないと。
「……もしもし、水木です。お久しぶりです」
『やぁ水木君。久しぶり。そろそろ僕の所に電話が来ると思っていたよ。調子はどうだい?新しい人材は確保したみたいだね?』
「ええ。去年のとは違って、若くて素敵なとても良い少年よ。早く変えたいわ」
『はっはっはっ。そろそろ君の方も限界なんじゃない?去年のは質が悪かったからねぇ……って今の発言は失礼だったかな?』
「いいえ。そんな心配は無用よ。先生は多忙でしょうから、そろそろ日にちだけでも決めておきたいと思いまして」
『うーん…………他の人達はどんな感じだい?』
「曜子ちゃん以外は皆大丈夫そうだけど……何とも言えないわ。まぁ曜子ちゃんは一番合ってなかったですしね。……それと今回杏里は見学だそうよ」
『見学?ふーん……面白い事言うなぁ。水木君自身は大丈夫かね?』
「まだ大丈夫そう……少し痒みがある程度よ」
そう言いながら水木は耳を掻きむしった。
『そうだなぁ……ゴールデンウィークまでちょっと忙しいから、その後でもいいかな?』
「ええ、では明けた週末で考えておいてもよろしいかしら?」
『了解。君とまた組める日を楽しみにして待っているよ』
そう言い残して男の声は途絶えた。
水木は今一度自分の姿を鏡で確認すると、ポケットの中から薬を取り出して飲み込む。
後一ヶ月……か。