4.岡島隼人
近くのコンビニでお弁当でも買うか。
僕が一歩店内に入った瞬間に、レジカウンターから爽やかな挨拶が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ!」
「……あっ」
「あれ、村越君じゃないか」
僕の顔を見るなり岡島隼人は楽しそうに近寄ってきた。
「岡島さん、ここで働いていたんですね」
「ああ、今は春休み中だしな。稼げるときに稼いでおかないと」
岡島隼人は爽やかな笑顔で胸を張った。
「そうですね、僕もそろそろアルバイト先見付けないと……」
「お、じゃあここのコンビニで働かないか?確か募集はしていたと思うよ」
「本当ですか?……でも僕、高校がアルバイト禁止でして、全くやったこと無いんですけど……」
「大丈夫。だったら尚更ここで働く事をおすすめするよ。僕もここが初めてのバイト先だしね」
ぽんっと、笑いながら僕の背中を叩く。
「ここの店長は良い人だよ。なんてったって余った食材や、少し賞味期限が過ぎた物の持ち帰りをオーケーしてくれてるんだ」
小声でそう僕に打ち明けると、人差し指を唇にあてがった。
なるほど、一人暮らしの男にはもってこいの特典だ。
「そういえば何を買いに来たんだ?」
「あー……お昼がまだなので何か弁当でも買おうかと……」
「何だ、今日は確か昨日の余りがだいぶ残っていたはずだから、少し質の悪いので良ければご馳走するよ」
「え、本当ですか?お金がないのでそれはありがたいです」
僕はいい所で岡島隼人と出会ったと感謝した。
「後一時間くらいで上がりだから、それまで空腹を我慢してくれればの話しだけど……」
「それくらい我慢出来ます!」
「あはは、じゃあいっぱいかっさらって来るよ。バイトが終わったら君の部屋に行くね」
「はい、ありがとうございます」
「すいませーん、会計お願いしまーす」
お客さんの呼声に岡島隼人は素早く振り向いた。
「はーい、じゃあまた後でね」
駆け足で自分の持ち場に戻っていった。コンビニでアルバイトも中々面白そうだ。
レジ打ちとかも一度やってみたいしなぁ。……後で岡島さんにいろいろ話しを聞いてみよう。
僕はとりあえず飲み物とお菓子を買うと、まだ働いている岡島さんを尻目に一足先に帰った。
岡島さんが来るまでに部屋をなるべく片付けてしまわないと。
昨日の誰かさんのせいで余計散らかってしまっている。
テーブルをもう一度綺麗に拭きなおしている途中で呼び鈴が鳴った。
もう一時間経ったのか。僕が慌てて玄関のドアを開けると、両手に袋を下げた岡島隼人が立っていた。
「お待たせ腹ペコ君。まぁ僕も腹ペコなんだけどさ」
「わざわざありがとうございます。まだ片付いてない汚い所ですがどうぞ……」
僕と岡島隼人は小さなテーブルに向きあって座った。さっそうと二人お弁当を開けて食べ始める。
「ん~やっぱりうちの定番ハンバーグ弁当は最高だな!」
「ん!このスタミナ弁当も生姜がいい具合に効いてますよ。意外と醤油ベースで味付けがしてあって……マヨネーズでコクと旨味を引き出しているっ!」
僕は口に入れる物全てにコメントしながら食べた。
「ほう…………すごいグルメ舌だな、村越君は」
岡島が一人感心したように頷く。
「あはは、味付けには少々うるさい方でして……バイトお疲れ様でした。ありがたく頂いてます」
「お、じゃんじゃん食べていいぞ。全部俺の奢りだからな」
岡島隼人はにかっと笑うと、舌舐めずりをしながらサラダの蓋を開けた。
「いつもこんなに余るんですか?」
「う~ん……日に寄りけりかな。うちの所は立地条件のせいか比較的客が少ないみたいだしな」
「そうなんですか……それだと強盗とかに狙われやすかったりしません?」
「あはは、今時コンビニ強盗なんて逆に珍しいよ。この辺りの地域はそれほど治安悪くないしね」
「良かった……もう少し、その大学生活が落ち着いてからでもいいですか?僕が岡島さんの所でアルバイトするのは」
「あぁ、深夜は年中募集しているようなものだしな。また働きたくなったら声かけてくれよ、店長に話通しておくからさ」
爽やかな笑顔でデザートのプリンの蓋を取る。よかったこんなに良い人がお隣さんで。
街行く人は冷たかったけど、少なくともここの住人たちはみな優しそうだ。
僕はこの住人達の出逢いに感謝しながらお弁当を平らげた。
「そういえば明日じゃないか?大学の入学式は」
「はい。ちょっと緊張しますね……知り合いが誰もいないというのは」
「大丈夫。俺とだってこうして仲良くなったのだから、何も心配することはないさ」
そう言いながら岡島はもう一つ弁当を開けて食べ始めた。
「そうですね……ここの上に住む竹中さんとも仲良く……というか話し相手にもなりましたし」
「あのわがまま女にもう目を付けられていたのか。村越君もやるなぁ」
「いやいや、竹中さんは本当に分からない人でちょっと苦手です。僕強気な女性はどうも……」
「はははっ、俺も強気でわがまま女は苦手だよ。平気でキツイ事ずばずば言ってくるしな」
「あはは…………竹中さんって、目見えてないんですよね?」
「ああ、そのはずだよ…………盲目を煙っているのかい?」
「いえ、そういう意味ではなくて……彼女と買物に行かされた時、歩く速さとか行動がとても盲目とは思えない感じだったので」
「性格はそうだけどな。もともとこの辺りの出身みたいだし、土地勘はあるんじゃないか?」
「そんなもんですかね……」
ふと見ると岡島は次にパンの袋を開けようとしていた。さっきも二つ目のお弁当を平らげたばかりなのに。
「岡島さん……もしかして大食いですか?」
「あはは、その通り!美味しい物が目の前にあると、ついつい手がのびてしまうんだ」
舌舐めずりをしてパンを食べ始める。
「それにしては痩せてますよね。何かスポーツでもしてるんですか?」
「いや、特には。食べ物は食べたい時に、食べるだけ食べる感じだけどなぁ」
岡島は笑って自分のお腹を叩いた。本当によく食べる人だ。
僕なんてお腹ペコペコとかいいながら、弁当一つで満足していた。
「食べれる時にいっぱい食べておかないとね。もうすぐこの幸せが味わえなくなるかもしれないし」
「え?どういう事…………」
ピリリリリリリッ。
岡島の鞄から激しい受信音が鳴った。
「ごめん、……あーもしもし?」
携帯電話を片手に慌てて外へと出て行ってしまった。
僕はその隙に改めて岡島が平らげた物を見てみた。
弁当二つにサラダ類三つ、デザート二つに先程まで食べていたパンが一つ……あの身体の何処に消えていったのだろうか。
「ごめん村越君、ちょっと急用が入ったからこれから出かけてくるわ。残りは全部あげるからまた晩にでも食べてよ。じゃっ」
玄関先でそれだけを告げると慌てて何処かに行ってしまった。
……どんな急用何だろう。僕は不思議に思いながら、また散らかった部屋を一人片付け始めた。