金の亡者と、平均的貴族夫人と、人の心の無い美貌の持ち主と、魔法バカ少女
真実の愛に捧げる魔法
※ちょっとだけ暴力表現があります。
「じゃあ行くから」
「しょっ」
婚約者にそう言われて去られた私、リルーシュ・ルーバスは、しょっ、だけ言った。
しょっ、と言う刹那の間に、婚約者は去っていった。
婚約者のローレン・ロースターは、今から幼馴染で病弱なマスリーン・モンドレンの家に向かうのである。
最初は、見舞いに行く、だの、熱が出たからだのとちゃんと言い訳も述べていたが、今日はとうとう、「じゃあ行くから」の一言だけである。
流石、婚約者としてのデート中に立ち去る事30回オーバーの男は違う。
私とて、これでも最初は、承知いたしました、とか、お大事にとかは言っていたのである。
だが、一度うっかり、お大事に、と言う代わりに、ご冥福をお祈りいたします、と口走ってしまったのだ。
勿論自分で言って自分で驚いた。
他意は無いし悪気が無いとは言え、病弱な令嬢相手に酷い言葉だ。
だが、ローレンは聞いちゃいなかった。
聞く暇なく私の前から立ち去ったからである。
それから私のチキンレースが始まった。
どこまでの暴言が許されるか、と言うか、どのレベルの暴言なら、ローレンは立ち止まるかである。
ご冥福をお祈りいたしますは、3度試した。
地獄に落ちがやれ、も言ってみた。
マスリーン様ナイペタですもんね、やーいロリコン、とも言ってみた。
ローレンは立ち止まる事は無かった。
それに飽きた私はどんどんと言葉を短くしていったのである。
今日はとうとう、しょっ、まで縮められた。
次回は、しょ、その次は、し、まで言ったら、今度は無言で中指を立ててみるかあ、と考えていた時だった。
「お嬢様、さっさと婚約破棄したらどうなんです?」
と、後ろで控えていた侍女のダニエラが溜息混じりに進言した。
「うーん、どっちでも良いからなあ」
婚約者としては終わっているが、だからと言って、新しい婚約者を探すのも面倒だ。
私は王立の魔法研究所で働いている。
この国では、女性が働く事はまだ許されていても、結婚後にも働く、となると良い顔をされない風潮があった。
だから、単に私に興味が無いだけでも、結婚後も働いて良いと言ってくれるローレンは、中身がクソでも、私にとっては優良物件だったのである。
まあ、ローレン自身が、伯爵家子息の三男で、王宮で文官の下っ端として働いているから、収入は多い方が良い、くらいのものかもしれないが。
「ああいう男は、結婚した途端に仕事を辞めろとか言いかねませんけどね。今は何も考えてないでしょうが、結婚して奥さんが働いているとなると、同僚も何かしら言い出すでしょうし、それを突っ撥ねられるような人にも思えませんよ」
確かに、と納得してしまった。
だがしかし、である。
「一応向こうも私も貴族籍だからさあ。解消とか白紙とか面倒なのよねえ」
きっと父親は、この無駄な時間で商談1つは結べたな、と嫌味を言うに違いない。
母親は、だからよく考えて婚約者を選べと言ったじゃない、とお小言をくらわすに違いない。
兄は、お前こんな不良物件でも、逃したら一生独身だぞ(笑)と、かっこわらい、まで言っておちょくるに違いない。
きっと兄嫁のマリアだけは、リルーシュちゃん可哀想に!と言ってくれるだろう。
だがその後、私がリルーシュちゃんの相手を見つけるわ!と、頭お花畑脳で探してきて、その男と無理矢理くっつけてくるだろう。
その男が、DV野郎だろうが、浮気野郎だろうが、ヒモ野郎だろうが、兄嫁の前でだけ、リルーシュを愛していると言えば、きっと離れる事を許さない。
…………何故だろう。
兄嫁が一番酷い気がしてきた。
「マリア様の使い方は上級者向けですから、お嬢様には無理ですよ」
坊ちゃまの美貌と性格の悪さだからこそコントロールできるのです、とダニエラは静かな声でリルーシュを諭した。
兄嫁は頭お花畑だが、人心掌握っぷりは、高位貴族の婚約者持ちの男を、悉く婚約破棄させるレベルである。
しかも、婚約破棄されたその婚約者が、何故か兄嫁には敵意が向かないレベルなのだ。
ある意味兵器にでもできそうな女性である。
…………ちょっと兄嫁が恐くなってきた。
「まあ、結婚して問題が起きたら、離婚したら良いだけよ」
結婚したら貴族籍を抜ける事になるので、平民に等しい。
だから、婚約破棄よりももっと手続きは簡単だ。
それに、未婚よりは離婚歴がある人の方が、当たりが柔らかい。
比較的、という枕詞はついて回るが。
「とりあえず、ローレン様もいなくなったし、前の席、ダニエラが座ってよ。私今日、ここの苺タルトとチョコレートタルトを食べるって決めてたのよ」
だから半分こね、と私が笑うと、ダニエラが仕方ありませんね、と席に着いてくれる。
「苺タルトより、レモンタルトが良いですわ、お嬢様」
「えー?苺は譲れないわよ。じゃあ、チョコレートはやめて、苺とレモンにしましょう」
そんな風に笑いながら、私はダニエラとカフェを楽しんだ。
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婚約破棄なあ、なんて考えていたのが悪かったのか。
「リルーシュ。婚約破棄をしてほしい」
「ごめんなさい!リルーシュ様!」
ローレンが芝居がかったように、くう、と悔しそうな声を出し、マスリーンが、およよ、と口に出した。
およよ、って本当に言う人いるんだ、と私は驚愕に満ちた。
もうこうなったら婚約破棄どころではなかった。
「僕が悪いんだ。病弱な幼馴染のマスリーンを見舞う内に、彼女を守りたい、愛したいという気持ちが生まれてしまった」
「私が悪いんです!ローレン様の求愛を拒めなかったから……っ!」
「ははっ。マスリーンは何も悪くないよ。悪いとしたら……、君が可愛すぎる事さ」
「や、やだあ、ローレン様ったらぁ……」
ふみゅう、とマスリーンが口に出した。
ひょええええ、と私は違う意味で腰を抜かしてしまったが、座っていたので特に問題はなかった。
まあ、ちょっと椅子から転げ落ちそうにはなったけど。
新〇さーん、いらっしゃーい、と謎の男の声が頭に響いたけど。
おもしれー女だな、と思い、私はちょっとマスリーンを突いてみたくなった。
「ところで、マスリーン様のご容態はいかがでしょうか?」
「あ、その、ごーっほごっほごっほ!げっほん!」
咳をするふりをするにしても、もう少しましな演技をしてほしい。
私の口から、ぶふう、と変な息が出たせいで、ダニエラからお嬢様、と小さく肩を叩かれてしまったではないか。
「ああ!マスリーン!大丈夫かい!?」
「へ、平気よ、ローレン様……。私貴方と結ばれるためなら、これくらい……」
「まあ……。そんな頭、じゃない、体なのに、真実の愛のために頑張られるなんて……。とても健気なのですね……」
うっかり頭、と言ってしまったが、2人には上手く聞こえなかったようだ。
うず、とチキンレース魂が疼いたが、お嬢様、とダニエラの声が再度私の耳に届いた。
しっかし、婚約破棄かあ、と私は面倒に思った。
まあ、これで終わり、にしてしまっても良いんだけど、一応まだ貴族籍を持っている立場なので、あまりなめた態度を取られるのも困ると言えば困る。
後でお金大好き父親に、時間の無駄は金の無駄、という冷たい視線を受けたくもないし、婚約破棄てwwwしかも浮気されとるwwwと兄に笑い転げられるのも少々腹立たしい。
そして、あ、そうだ、と私は思い付く。
時間の無駄にはなったかもしれないが、魔法の実験結果は出せた、と言えば、家族の態度も軟化するに違いない。
善は急げ!と私はすぐに口を開いた。
「真実の愛、素敵です。なので、感動した私に、マスリーン様を治療をさせていただけませんか?」
「治療?」
怪訝な表情を浮かべたローレン様に対し、マスリーン様は、いらん事言うな!とでも言いたげな表情を浮かべられる。
いや、言いますけどね。
「はい。きっとこれまで、たくさんのお医者様にかかられたのに、マスリーン様の病状は良くならなかったのでしょう。だから、私が魔術をかけます」
「魔術……?リルーシュは治癒魔法が使えたのか?」
「いえ。治癒魔法はあまり適性がなく、私が治せるのは精々ささくれとか、頑張って靴擦れくらいです」
「治癒魔法も使えないのに、どうやって……」
「ローレン様のお力を借ります」
「僕の力……?」
不思議そうな表情を浮かべるローレンに、私は満面の笑みを向ける。
「はい!お2人の真実の愛があれば、マスリーン様の病気が治るのです!」
その言葉に、ローレンもマスリーンも満更でもない表情を浮かべる。
「きっと真実の愛で結ばれた2人が、その愛で病を治したとなれば、なんて素敵と、皆の憧れになる事間違いありません!」
「そうだな。リルーシュ、頼むよ!」
「リルーシュ様、私からもお願いしますわ。あ、げーっほげっほがっほ、へーっくしゅん!」
最後クシャミですやん!と笑いそうになりながら、私は魔法をかける。
適当に思い付いて、でも実験体が無いしなあと思っていた魔法を、ローレンに。
「…………何か変わった様子はないな」
「ええ…………」
ローレンは自分の手を見たり、頬を触ったりしている。
マスリーンも、ローレンの腕を撫でたりしていたが、小首を傾げていた。
「ではローレン様。ちょっと立っていただけますか?」
「え?な……」
瞬間、私はローレンを殴った。
魔法で肉体強化をかけて殴ったので、それなりに吹っ飛んだ。
「な、なんて事を!」
顔を青くするマスリーンに、私はニコリと笑いかける。
「マスリーン様。お加減はどうですか?」
「え?」
「少し体が楽になったとかはありませんか?」
「…………言われてみれば……?」
不思議そうにしているマスリーンに、私は失礼、と、彼女の指の先に軽く刃物を当てる。
プクリと出てきた血を見て、マスリーンが絶叫した。
「酷いわ!リルーシュ様!婚約破棄をされたからって、私を刺すなんて!!!」
「リルーシュ!貴様!」
殴り飛ばされたのに、ローレンは私に立ち向かってきた。
うんうん、真実の愛っぽい!
そんなローレンを、私は再度殴りつけ、そしてローレンは再度吹っ飛んだ。
「ローレン様!」
「マスリーン様、手を見てください」
「何を言って……っ!……え?」
「指、痛くないでしょ?」
私が残っていた血をハンカチで拭き取れば、そこには傷1つないマスリーンの指。
え?え?と混乱するマスリーンと、殴られた頬を痛そうに摩るローレンに、私は嬉々として説明をする。
「これはローレン様が殴られれば殴られるほど、マスリーン様が元気になる魔法なんです!」
「「…………え?」」
いやあ、ぶっつけ本番でも案外上手くいくもんだなあ、と私はニマニマと表情を緩める。
天才なのでは?とちょっと鼻を高くしようとした瞬間、お嬢様、とダニエラの声が私の気持ちを静めた。
「ゴホン。仕組みがどう、というのは説明するのがちょっと難しいので、そこは割愛させてください。とにかく、ローレン様が痛めつけられれば痛めつけられるほど、マスリーン様が元気になる、とだけ分かっていたら大丈夫です!」
そう言いながら私はローレン様を殴り始めた。
いやあ!やめてえ!とマスリーンが叫ぶが、マスリーン様のご病気を治すためです!と私は叫びながらローレンを殴り続けた。
分かってはいたが、マスリーンの病気は仮病だ。
だから、元から健康体なのに、ローレンを殴る事により、更に健康体になっていったせいか。
マスリーンが謎の発光生物と化した辺りで、私はダニエラに止められた。
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「なんでその場に俺はいなかったんだ!」
「正真正銘の部外者ですしねえ……」
魔法研究所の上司でもある第三王子が、心底悔しそうに叫ぶ。
いやあ婚約破棄になりまして、と、新しい魔法作れました!という報告をしたら、kwskされたので、kwskしたら、数分間笑い転げた後、現場を見たかったあ!と王子が悔しそうに叫んだという流れである。
「で、結局婚約破棄になったの?」
「向こうが慰謝料を払ったので」
いらないし、白紙で良いよ、と言ったのだが、破棄になって私が慰謝料を受け取る形になった。
その慰謝料を元手に新規事業に手を出して良い?と父親が猫なで声を出したので、今はもう私の手元にない。
その内、適当に増えて、適当に私に還元されるだろう。
父親が手を出す新規事業は、母親が気になっていた香水関係らしいので、母親も上機嫌になったし、兄はボッコボコになったローレンを笑うのに忙しく、私を笑う暇が無かったので良かった。
「リルーシュちゃん、次……」と言いかけた兄嫁からは、全速力で逃げた。
最後まで聞いたら、きっと私は呪われる。
「いや、お前の魔法の方がよっぽど呪いに近い」
王子の言葉に、私の唇が尖る。
「失礼な。真実の愛に対しての祝福ですよ」
私の言葉にも笑っていた王子だったが、それで?と急に表情を正した。
「その魔法、発表するのか?」
「しても良いんですけどねえ」
私の言葉に、王子の顔が顰められる。
「精度がとっても低いので、発表したところで、なんですよねえ」
「精度?」
「はい。まず、魔法構築を教えろと言われても、私にはよく分からないんです。思い付きですし、魔法をかける時もなんとなくでやってますから」
呆れた表情を浮かべる王子に、私はつらつらと説明を続ける。
「まあ、私ならかけれる魔法ですけどね。それに、私が殴らないと効果は発揮しません」
「汎用性が無いなあ……」
「それに、殴る相手はランダムです」
「ランダム?」
「例えば、王族が病に倒れたので、平民の1人を生贄に、なんて言われても、殴る相手がちゃんとその平民になるかは分かりません」
「…………ほう」
「例えば、王子が倒れたので、のろい、じゃない、祝福をかけろ、と言われても、殴る相手が王妃や陛下の可能性もあります」
「呪いって自分で言ってるじゃないか」
「そして、例えば陛下を治すための生贄が、陛下自身の場合もあります」
私の言葉に、王子の眉間の皺が寄った。
「…………その場合、どうなるんだ?」
「例えば、病を治すために、私が魔法で王の手足の骨を折ったり、奥歯が折れる程に殴ったり、血尿が出るまで蹴り飛ばしたり、という必要が出てくる場合もあるんです」
そうなれば、陛下が病で亡くなるのが先か、殴り殺されるのが先か。
そんなランダムを通り越したロシアンルーレットに乗れる人間は果たしているのだろうか。
「ま、上手く行く時もありましたけどね。例えば、病気の我が子を治して、って言ってくる母親とか」
そんな健気な母親を殴るのは流石に心が痛んだが、ボロボロになった母親が、病気の治った我が子を抱くシーンはちょっと感動的だった。
何が副作用となるかが分からないので、治癒魔法もかけれなかったのは心苦しいが、腫れ上がった顔で笑う母親の顔は美しく、こんな私でもちょっと感動したくらいだ。
お嬢様が病気になったら私が殴られますからね、なんて言ってくれたダニエラの言葉には本気で泣けた。
「政略に使うなり、王族に使うなりにするための発表もありですけどね」
「確かに精度が低い」
王子が苦笑を漏らす。
それこそ、真実の愛や、母子の愛くらいないと使えない魔法だろうから。
「ちなみに、無機物を殴る対象にはできないのか?」
聞かれると思っていたので、いいえ、と私はわざとらしい程に緩慢に、首を横に振った。
「できませんでしたねえ。逆はできたんですけど」
「え?」
「例えば割れた花瓶を直すのに、兄を殴ったら直りました」
せっかく直ったのに、兄は物凄く私に怒った。
母親のお気に入りの花瓶を割ったのは兄なのだから、そこは仕方ないと思うのだが。
「そっちもおいそれと、依頼できないな」
なるほど、発表はやめておこう、と王子が笑う。
まあ、多少は噂が広まっているので、真実の愛や親子の愛なんかには応えたいなと私も思っている。
子を助けるための母親を殴るのは心苦しかったが、ただの風邪を治せと妻を差し出す男自身を骨が折れるまで殴るのはとても爽快だったので。
なお、男の風邪は治ったが、骨折は全治3か月だった。
風邪なら3日程で治っただろうなあとは思う。
骨の折れる瞬間の感触とは、を嬉々として語っていたら、王子がやんわりと話を止めた。
「さて、仕事に戻ろうか」
「はい。あ、王子。私他に思い付いた魔法があるので、そっちの研究を進めても良いですか?」
「ん?どんな魔法だい?」
「自分の抜けた毛が自動的に集められて、その魔法を解除したら自動的にカツラが出来上がるんです!」
元は自分の毛だから、自然な仕上がりになると思うんですよねえ、と笑う私に、王子がしょっぱい顔を向けるのであった。
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守銭奴お父さんと、お小言お母さんの出会いの話を書きました。




