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第7項 逆風

銀製の鏃がリズの鼻先をかすめ、頬に赤い直線を引いた。


顔にピリッとした感覚を覚えながらリズは2本目の矢が届く前に近くの木へ回り込み、周囲の様子を窺う。


『これは、囲まれているな。』


気配は大きく分けて二種類。一つは弓兵。こちらは5人ほどだ。もう一つの方は人数こそ弓兵と同じくらいだが、気配がかなりつかみづらい。

しかも、かなり間合いを詰められている。


「なるほど。同業者か。」


先ほどの攻撃の中で、最後に飛んできた1本の矢は比較的遠くから放たれたものだった。そこに薄く着いていた匂いにも、リズは覚えがある。


『全く、やられたよ。ツアヴィ』


リズは油断していなかった。ツアヴィの報告だけを信じるのは危険と判断し、他の間者にもこのルートは安全かと聞いて回った。リズが今ここにいるのは、それを含めての最終的な判断だ。

だがそれでも、彼が一枚上手だった。


二つの気配が一気に濃くなったと思いきや、茂みから一人目のアサシンが顔を出した。

眼前に迫った凶器にリズは身を屈め、相手を空振らせるとそのまま敵の脚を払う。体勢を崩し、相手が地面に転がるころにはすでに、その頸は無くなっていた。


間髪入れず二人目がしゃがみ込んでいるリズに襲いかかる。

リズは足元の拳大の石を蹴り上げた。

「がッ」

見事に顔面に石が命中した相手は顔を押さえるが、その隙を見逃すリズではない。すぐさま相手を押し倒し、馬乗りになる形で心臓にダガーを挿し込む。


公国もそこそこ優秀な人材を寄越してきたのだろう。一瞬で精鋭の二人が殺されたことに弓兵たちは怯む。

生き残っているアサシンは警戒するように、姿勢を低く落とした。


リズは短剣を引き抜くと立ち上がった。そのまま右手を前に差し出して魔力を練り上げ...指を鳴らす。


パチンッ


ドォッ!!バリバリバリッ


瞬間、轟音とともに閃光が弾け辺りに雷が迸った。


「ッ!」


ダガーでの攻撃に向け、身構えていたアサシンもわずかに姿勢を崩す。


それを待っていたとばかりにリズは、帝国側でも公国側でもない森の奥地に向けて駆け出した。


「なっ!」「逃がすものかッ」


公国兵は必死で追いかけるが、森で逃げるリズを見失わないのは、無色のガラス玉を水の中から探し出すのと同義だ。


それでも追いついてきた手練のアサシン達。

リズは彼らを一人、また一人と魔法の光を間隔をあけて意図的に見せることで釣り出す。


「よく訓練されている。即席の一般兵だけではなく、私と似た生い立ち(れきせんのせんし)の者もいるということか。」


内心で彼らを賞賛しながら始末していった。




「やっと見つけた。」


「! ...ええ。またお会いしましたね。」


リズは眼鏡をかけ微笑を浮かべた青年、ツアヴィの前に立っていた。


「君はずいぶんいい腕をしているな。諜報も、弓術も、逃げ足も。お陰でずいぶん森の深くまで来てしまった。」


「仕方がなかったのです、リズ殿。僕は公国の連中に脅されていました。やらなければ殺す、と。本当に申し訳なく思っています。」


「ほう」


リズは冷えたガラスさながらの、無機質な声で言った。

ツアヴィの首筋を伝う雫を見やりながら。


「積もる話は帝国に帰ってからだ。」


リズがツアヴィに手を伸ばしー

そして止めた。


「ちっ」


思わず、舌打ちが漏れる。


「増援か。時間切れだな」


遠くで重い足音がいくつか聞こえる。重装兵だ。


『遠距離と重装。流石、しっかり対策をされている。』


リズが使う敵の急所を突く戦術と、全身を鎧で覆った重装兵。

走って逃げようにも、上空からは重量のある羽ばたき音ーー

一角をはやした馬、ペガサスを操るナイトが迫ってきていた。


空中からの攻撃は異様に避けづらい。

このままここにいては間違いなくリズは死ぬ。


「悪く、思わないで下さい。あなたは僕の命を救ってくれたのですから。」


ツアヴィがリズに謝罪とも取れる言葉を発し終えたとき、彼の二の腕には銀色の光が貫通していた。


「!?」


リズは一体いつ拾っていたのか、今しがた構えていた弓を無造作に放った。

複数のファルコンナイトの気配に対し、矢は先程の1本のみ。


蹲り荒い呼吸のツアヴィに一瞥をくれると彼女は、迫る足音とは逆方向に走り去った。

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