最終項 沈みゆく月
「本当に、行くんだな」
リートニッヒはリズの顔を窺った。
「ああ、もうここに戻ってくるつもりはない」
「残念だな。お前には、これからも私の側でこの国を見守り続けてほしかった。お前は、きっとこの国が変わっていくのに必要な存在だから。」
リートニッヒは弱々しく微笑んだ。美しかった彼の黒髪は、白い絵の具を零したように跡形もなくなっていた。
「それは買いかぶりだな。もう少し、人を見る目を養ってはどうだ」
リズの言葉に皇帝は小さく笑い声を漏らした。
「そうだな。そうかも知れない。本当に」
遠くを見やる皇帝の目は、水分を多分に含んで潤い、輝いていた。
「だが、この節穴でよかったとも思っているよ」
そう言った彼の目が一瞬、リズと出会ったあの日に戻った気がした。
「この国は、良くしてみせる。そう言って君は戦争を始めたんだったな。」
リズは扉に体を向け、ゆっくりと歩き出す。
彼女の手首で、銀色の輪がキラリと光を反射した。
「だったら、最後まで見届けろ。リートニッヒ。」
バタン
扉が、閉まった。
「最後まで、か」
彼女がいなくなった部屋の中で、リートニッヒは目を閉じる。
脳裏には、自分の片割れと言って差し支えない二人が、静かにこちらを見ていた。
「ありがとう。お前たち」
もう届くはずのないそんな言葉が、無意識に溢れた。
目を開けると、見覚えのない書類が窓際に積まれている。
「?」
皇帝は不思議に思い、手に取るとー
「クククッはっはっはっ!!」
まるでかつての友のように、晴れやかに笑った。
最後まで深淵の踊り子を読んでいただきありがとうございます!
と、言いたいところですが...
まだ後日談が残ってます(終わる終わる詐欺にはなってしまいますが)。
もう少しだけ、お付き合い頂ければ嬉しいです




