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第19項 英雄

タディの裁判はとても滑らかに進んだ。タディに凄まれた平民の女性が、遂にタディを庇うことはなかったからだ。


彼女を怖がらせてしまったことに、タディは内心で申し訳なく思った。




「最後にもう一度だけ問おう。タデリア•パオバルト殿、男爵の息子エリックを殺害したのは事実か?」


「ああ。」


タディは頷く。何度目の質問であろうか。答えなど、変わる(かえられる)理由(わけ)がないというのに。

この法廷の最上段で聞いているであろう友の方など、見れるはずもない。


「被告人はこう申しておりますが、如何致しましょう、陛下。」


裁判員は皇帝を仰ぎ見て指示を乞うた。

タディは、目を閉じたまま祈る。


『俺を裁いてくれ(ころしてくれ)。リートニッヒ。』


壇上から、よく通る声が聞こえた。


「初代連合国皇帝リートニッヒ•ロウゼン•ナウゾロフ の名において、罪人タデリア•パオバルト に10年間の禁錮を下す。判決は以上だ。これにて閉廷とする。」


「ッ!!」


思わず顔を上げるタディ。リートニッヒは幕の向こうへ消えた後だった。



法廷での判決後、衛兵に連れられ廊下を歩くタディと、護衛に守られ執務室に戻るリートニッヒがすれ違う。

俯き、目どころか顔さえ合わそうとしないタディ。


「残念だ。」


聞こえてきた親友の声にタディは目を見開き、そして自嘲気味に笑った。



 

「残念で仕方がない。私は親友一人、裁く(すくう)ことも守る事もできぬとは。」


執務室にて、リートニッヒは呟いた。

帝国城下町の近郊にある牢獄。その地下2階には、タディしかいない。


タディは表向きに、体調不良で自警団長を辞めた事になっている。

この事件は、リートニッヒなど一部の人間にしか知られていない。

公表すれば、民の混乱や皇帝への不満が生じる可能性があるからだ。


もともと、この国の犯罪者は戦後にしては異様に少なく牢獄は閑散としていた。その陰には公的事業を多数展開し、食い扶持に困らせないリートニッヒの法案と、圧倒的な検挙率を誇るタディ率いる自警団の活躍があった。

重大な問題を起こす前に犯罪者を見つけ、カウンセリングしそれぞれに合ったコミュニティに所属させる。そんな治安維持の根幹を担っていた者こそ、親友(タディ)だった。


「私では彼を救えない。ならば...」


リートニッヒは窓を開けると、右手で特殊な指文字を作り、手首をくるりと回す。


パタパタ


ホーッホーッ


少しして、ふっくらとしたシルエットが皇帝の前に舞い降りる。




あらぬ方向に曲がった少年の首。

〝貴方は私の英雄です!!〟という銀髪の女性。

リートニッヒの〝残念だ〟という言葉。

 

何度も何度も夢に見た。

目覚めると大量の汗をかき、声が掠れていた。

折れ曲がった水道管を見るだけで少年の最期がフラッシュバックし、厠に籠っては嘔吐を繰り返した。



「俺、まだ生きてんのか......」


タディの呟きは、冷たい石壁に吸い込まれていく。



 

タディの投獄から、約一週間後。帝国領最東端の村パレルソンにて。


リズの懐から、銀色のブレスレットが零れ落ちた。


カチャン


リズがブレスレットを拾い上げると、カランコエのモチーフが少し傷付いていた。


最初(しんぴん)よりは、私に似合いそうな姿になったな。」


再び懐へとしまったリズが顔を上げると、伝令を伝える梟が彼女へと舞い降りてくる。


「何だ、まだ此処での用事も達成していないのに戻って来いとでも言うのか。」


その梟の足にくくりつけられていたのは、小さな鍵と緊急を要する朱色の署名。皇帝の命を知らせる紋章ではなく、個人名のみが書かれている。


「ッ。リートニッヒ...?」


即座にリズの目が鋭くなった。




「うっ」


タディは強烈な吐き気を覚え、牢内の厠に近づく。


ビシャビシャッ


ここ数日何も喉を通らなかったので、吐瀉物は透明な黄色の液体のみだった。


『リートニッヒ。お前も、こんなに辛かったんだな』


苦味を帯びた口内を洗い流しながらタディは友に思いを馳せた。不思議な事に、彼の言葉はあんなにはっきりと覚えているのに、輪郭が覚束ない。リズに至っても同様だった。


「でも、やっぱりお前はすげえよ。

俺は....俺は、一体何者なんだろうな。」


このまま、一番大事な過去(ともたち)も忘れていくのだろうか。自分は、人々に罪を忘れられていくのだろうか。


タディはぼんやりと、自らを唯一(いまし)めてくれる鉄格子を見つめた。

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