第18項 風上
公国首都ハンナベリー
タディと自警団が到着すると、復興作業にあたっていた民衆から歓声が届いた。
「??こりゃあ、どういうこった?てっきり俺は、野次の嵐が飛んでくるもんだと想定してたんだが。」
首を傾げるタディ。そんな彼に先着隊として現地で活動していた団員が応える。
「それがですね、タディ団長。ここの人ら、戦争を起こされたこと自体は置いておいて、皇帝陛下の新しい改革には概ね賛成らしくて。仕事とそれに見合った報酬を与えてくれるのにも感動したらしいっす。」
それを聞いてタディも納得したように頷いた。
「ああ...なるほどな、腑に落ちたぜ。元々公国の平民は重労働低賃金みたいなとこあったからな。同じ作業でも、より金をくれる方が嬉しいってのは確かに道理だな。」
『まあ、恨んでる奴らもいるだろうけど。』
タディはこの工事の資金元であろう元公国貴族たちを思い起こす。
「ふぃー、いい汗かいたぜ!」
正午が近づき、作業が一旦お開きになる。
「よう、お疲れ兄ちゃん達!良かったら今夜一杯やらねえか?」
「へえ、普段は野菜作ってんのか。精が出るなあ、おっさん!手伝いに来てくれてありがとよ!」
タディが民や兵に労いの言葉をかけながら見回っていると、配給係の女性たちがざわついていることに気がついた。
「どうした?」
理由を聞くと、どうやらマリーという名の銀髪の女性が姿を消したらしい。
「おし、俺も探すのを手伝うぜ。部下にも声をかけようか?」
捜索はひとまずタディ一人で十分とのことなので、薄暗く細い裏道を含めて念入りに探していく。
その中で女性の声が聞こえたので、タディは用心深くその路地を覗き込む。
美しい銀髪の女性が貴族の少年に詰め寄られているようだ。
「や、やめてください。お貴族様....!」
「それはこっちのセリフだ!!お前、さっき皇帝の手先に嬉しそうに手振ってただろ!あいつらのせいで、僕の兄上と父上はお前らの様な下賤な平民と共に働かされてるんだぞ!」
少年が女性の長い髪を掴み、引っ張った。
「うっ!ごめんなさい、エリック様。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい....」
ひたすら謝罪する女性。
『おいたがすぎるな。』
タディはため息をつきながら二人に近づき、少年の前に屈み込んだ。
「おいおい、そこまでにしとけよ坊っちゃん。」
タディの姿を見るなり、少年は興奮したように言った。
「で、出たな悪魔め!僕の父上と兄上達を返せ!!」
タディは少し感心した。自分より体の大きい相手に食ってかかれるとは、この少年は良い戦士になるだろう。
だが、だからといって他人を虐げていい理由にはならない。
「落ち着けよ。お前の親父と兄貴達は、生きていくために働いてんだ。皆そうさ。そこには身分なんて関係ねえだろ?な?」
「フン、黙れ平民!そもそもこの女は、この間まで僕の屋敷で働いていたんだ!!それが戦争に負けた途端、主を捨てて帝国のイヌになった!
僕らは不幸になったのに、コイツだけ幸せそうに笑ってるんだぞ!!」
そんなの許すものか、と少年が吠える。
それを聞いたタディは自らの心が急速に冷えていくのを感じる。近頃は帝国で身分の差が埋まりつつある関係を築いていたから、当たり前のことを忘れていたのだ。
少年といえども、貴族は貴族なのだと。
タディは立ち上がり、少年を睨めつけた。
「そうかよ。」
心を静めながら低く鋭い言葉を発し、少年を威嚇する。
「いいからさっさと家に帰れ。この女の事は忘れろ。この世界の普通はこれから変わっていくんだ。お前らの生き方もな。
これ以上人様に迷惑をかけるようなら、然るべき対応をさせてもらうぜ。」
「ッ!!や、やれるものならやってみろ!僕は貴族だからな!手を出せば貴様の首が飛ぶんだ!」
少年は一瞬怯みはしたが半ば意地になったように、女性の髪を思い切り引っ張った。
「ヒッ!や、やめて....!!」
「どうしても断るというのなら、改めてお前を買い直す。いくらだ!?」
少年は血走った目で銀髪の女性を覗き込んだ。
「ッ!」
髪を引きずられ、強制的に視線に晒される....。彼の記憶と女性の姿が重なった。
タディの脳裏には、少年だった頃の記憶が蘇る。
むせ返るような香水の匂い、纏わりつく気色の悪い視線、薄暗い明かりに質素な寝台...
生理的に嫌悪感を催す貴族の男に、髪を掴まれた記憶。
「.....めろ。」
掠れた声が出た。
タディは自らの震えにも気づかず、少年に向かって手を振り上げる。
「やめろッ」
ドガッ
少年の身体が宙に浮き、壁に叩きつけられる。
「ハァッ、ハァッ」
「ありがとうございます!」
荒い息のタディは、銀髪の女性に声をかけられたことでようやく状況を理解した。
子供の頸は、あらぬ方向に折れ曲がっており、呼吸音が聞こえない。
「ッ俺は....」
後ずさろうとする防衛本能は、女性に手を握られたことによって遮られた。
「本当にありがとうございます!私が屋敷を出てから、なぜかずっと執着されていて。いつか殺されるんじゃないかと気が気ではなかったんです。」
そこでタディは気がついた。気がついてしまった。
女性ですら知らない真実に。
異様な執着、他人への嫉妬....少年が見せた不可解な言動が一本の線に繋がっていく。
『〝悪〟は、俺だ。』
そんなタディの心境を露知らず彼女は更に頭を下げる。
「悪いのはその少年であって貴方じゃない。貴方は私の英雄です!!」
タディは女性の手を払いのけると、彼女を怒鳴りつけた。
「二度と俺を英雄と呼ぶな!
もし呼べば、お前の首もへし折る。誰に何と聞かれても、俺が奴を殺したとだけ証言しろ。」
察せられた方もいるかもですが
?項での少年と貴族の揉め事は〝商談〟が元になっていたわけですね(と言うより娼談ですかね...)




