第17項 晴天の中の暗雲
宮城を出たタディとリズは、次なる任務地へそれぞれ旅立つことになる。
「元公国の首都復興事業かあ...。いやー久しぶりの力仕事、腕が鳴るぜ。偶には体を動かさねえと、鈍っちまって仕方ねえ。リズとは入れ違いになっちまうけどな。」
白い歯を見せ、満足そうなタディ。リズは対象的に、顔にシワを寄せた。
「私は早馬か何かだと思われている可能性が大きい。
西の元公国に行かされたと思えば、次は大陸の最東端に行けだそうだ。謝ってはいるが、初代連合国皇帝殿は幾分か人使いが荒い部分がある。」
リズのボヤきにタディは、はっはっはっと笑い出した。そしてふと思い立った様に言う。
「そうだ、忘れるとこだった!これをやるよ。せっかく戦争が終わったんだ、お前もちょっとはお洒落しないとな。」
リズの右手を取り、銀色のブレスレットをはめる。小さくあしらわれたカランコエの花が上品だ。
「仕事の邪魔だ。」
リズは即座にブレスレットを外す。
「ははっ!そう言うとは思ったけどよ。....でもお前だって、いつかは表で生きていくかも知んねえだろ?」
タディの言葉に、リズはしばらく黙ってから口を開く。
「それでも腕に着ける訳にはいかない。」
リズはブレスレットを懐にしまった。
宮城の前に馬車が止まり、御者の男が顔を覗かせる。
「タディ中じょ...じゃなくてタディ自警団長!
団員たちの準備、整いやしたぜ!」
タディは頷き、リズに向かって親指を立てた。
「そんじゃあな、リズ。またしばらく会えねえけど、お互い元気にやろうぜ。淋しくなって泣くんじゃねえぞ。」
タディの軽口に、リズは背を向けて歩き出す。
「タディ、君は最近事務処理に追われていたそうだな。建物の板材は存外重いらしいぞ。怪我に気をつけろ。」
これには流石のタディも心外だったようだ。
「おいおい、お前俺を誰だと...」
リズの姿は既に見えなくなっている。
「全く。」
タディはやれやれと頭を振ると、迎えの馬車に乗り込んだ。
路地を歩くリズは、顔をしかめたままだ。
「嫌な予感が消えない。腐った風の臭いがする。」
しかもかなり濃いものだ。
道端には桃色の桔梗が疎らに咲いている。
リズは僅かに身を震わせた。
「確かに、リートニッヒの感じた〝冷え〟は間違っていないのかもしれないな。」
リズは空を仰ぎ見るが、そこには数ヶ月前まで戦争が行われていたとは思えない、晴れやかな蒼が広がっているだけだった。鼻を突く錆の匂いは確かに存在するのに。
美しく長閑な風景と裏腹に、リズの疑念は大きくなっていく。
一瞬足を止め振り返ろうとするが、そこで戦争中のタディの言葉を思い出す。
「〝勘ではなく目の前の真実を信じる〟か。」
リズは足元に視線を落とす。
桔梗の花を手に取りポッキリと茎を折ると、無造作に放り投げた。
最東端にある辺境の村、パレルソンへ。
リズはもう振り返らなかった。




