第15項 使
光は形を変え、時には淡くなってそれでも世界を照らす。闇は決して目を背けない。
「全くもって度し難い。私は皇帝に進言しただけだぞ!
貴族なくして国は回らんと。人の上に立つ者は、高潔な血筋と特別な教育によって初めて生まれるのだ。それをあの様な下民共と共に平等に学ばせるなど、片腹痛いわ!」
綺羅びやかな装飾に、整えられた髭。初老の男は息つく暇もなく早口で捲し立てる。
元ギンダティア公国に住まう民達は、終戦後もそこで暮らし続けることを認められた。だがーー
「男爵の言うとおり、公国貴族の領地と身分剥奪というのは、些か早計ではないかね。早すぎる政策は民の混乱を招くと思うが。」
「あの皇帝め。敗戦国の民を殺さないでやっただけ、感謝しろとでも言いたげだった。」
「そうですわ!貴族という身分を無くすと嘯いているのもきっと、自分一人に権力を集中させるためでしてよ。」
皇帝の前代未聞の宣言を受け、屋敷に集まるなりそれぞれの愚痴を吐く。
「 ......」
彼らが言葉を交わす大広間。その扉の前で一人聞き耳を立てている者がいた。
いきなり今までの生活を没収すると告げられた公国貴族達は爆発寸前だったのだ。一方で皇帝の政策に一定の理解を示す者達も存在した。
「しかし、要職に再び名乗り出ることは出来るらしいぞ。審査と実務経験を鑑みて、身分や敗戦国の民関係なく抜擢しているらしい。私には平民の養子がいるが、彼も候補になりたがっていてな。」
「確かに、優秀な人材であれば誰でも要職に就けるというのは理にかなっている部分もございますね。私、女性の身ですけれど治安の維持を担ってみたいと考えておりましたの。」
「だがそれでも、食い扶持を失う者は必ず出てくるぞ。」
その言葉に、男爵と呼ばれた男性はさらに語尾を荒げる。
「冗談じゃない!私の家には妻と、優秀な息子達が3人もいるのだぞ!何としてでも資産を得ねば!!」
カチャ
男爵が顔を真っ赤にして叫んだその時、広間の扉が開いた。皆の視線が扉に集まる。
「皇帝陛下からの通達です。」
フードを深く被り、長いローブを纏った人物はそう口にした。声は女性のものだったが、鋭く無機質な印象を受ける。貴族たちの目は怪訝に歪んだが、手渡された書状には、確かに皇帝の紋章が浮かび上がっていた。
「私は財務の担当に選ばれたようだ。」
「待て、私は名乗り出た覚えがないが名前が載っているぞ?」
再び騒がしくなっていく広間。家族をこれからも養える安堵感からか、自らに与えられた役職に涙を流すものもいる。
だが喜んでいるのは、無論この場に集まった全員ではない。男爵は自らの名が文書に書かれていない事を知り、わなわなと肩を震わせた。
「私の役職は!?私は路頭に迷えということですかな!?私の優秀な息子たちは...」
今まさに自らに掴みかからんとする男爵の手を躱すと、フードの人物は告げた。
「先日、元公国の首都復興事業が開始しました。肉体労働にはなりますが、食事には困らない給与が日払いで支払われます。近辺の街や村に住む民の方々も参加しておられます。末息子さんはまだ未成年ですが、〝優秀な〟上の息子さんと貴公が働けば、十分に家庭は回るかと。」
「愚民共と汗を流して働けと言うのか!?ああ、創造神ディアよ...」
男爵は額に青筋を立てたかと思えば、掌を合わせ目を閉じる。
『その派手な服を脱いでから、神に祈っては如何か』
そんな言葉を飲み込み、一喜一憂する貴族達に頭を下げると足早に屋敷を去った。
「リートニッヒに言われて来てはみたが、今の所反乱の兆しは無いな。...少なくともここには」
帝国の宮城への馬車で揺られながら、女性はフードを脱いだ。蒼い瞳と、少し伸びたショートヘアが踊る。
月が浮かび始めた街道。もう死臭はほとんどしない。司祭たちが浄化の魔法をかけたからだ。
『早いものだ』
リズは自らの腹をなぞる。
医師に完治するには半年はかかると告げられた傷。
リズが仕事に復帰したのは、戦争が終わって数週間が経った頃だった。はじめはリートニッヒの補助として事務仕事しか任せてもらえなかった事を思い出し、ため息をつく。
「本当に、変わらないな。」
遠くの村で光る蚊遣火を見ながら、リズは呟いた。




