第13項 嵐の予兆
〝我らに立ち塞がるものは、何者であろうと撫で斬りにせよ〟
皇帝が命を下したその日から、帝国軍内は不思議な熱を帯びていた。
戦争の最前線は公国城下町まで迫り、公国は背水の陣を強要されている。
さらには、平民であれば女子供も戦場に駆り出され、一部の貴族たちは亡命の準備を進めていた。
一方の帝国軍。戦線拡大に伴い、少なくない犠牲を払いながらも着実に戦果を挙げていた。
この背景には皇帝による演説の扇動だけでなく、市街戦での事故防止という懸念要素が減ったためという理由もあった。
迷いが減れば、それだけ兵は戦に集中できる。
城下町侵入に向けて隊列を組みながら、帝国兵たちは先日の報を想起していた。
「急にどうしたのだろう、皇帝陛下は」
首を傾げる兵もいれば
「戦争ってものをやっと正面から見る気になったんじゃねえか?」
納得するものもいた。
「だが、それにしても陛下は...」
言いかけた兵の前目の前を、突然大きな影が通った。
「タ、タディ中将!!」
背筋を伸ばし、敬礼する兵たち。
「....おう。お前ら、陛下の事を気にする気持ちは分かるぜ。だけど今は、お互い死なねえようにするのが先決だろ。
公国も帝国も、兵が殺気立ってやがる。今日の戦場は荒れそうだ。」
タディはそれだけ言うと去っていった。
「タデリア中将!
飛行兵と騎馬隊800、歩兵5500、弓兵と魔法兵合わせて2000配置完了致しました。工兵と輜重も順次到着する予定です。」
騎馬に跨り魔導書を持った人物が一人、こちらへ向かってくる。彼はタディの副官であり、また騎馬隊の指揮を執るダークナイトだ。
「ったく、殺気立ってるのは俺もだってのにな。」
タディは報告を耳にしながらボソリと呟く。
つい先日、リートニッヒに会ってきた。一つだけ、どうしても確認しておきたいことがあったから。
「お前は、これで良かったのか?」
リートニッヒは寝台に腰掛け、長い黒髪を梳かしながら応えた。
「ああ。」
この皇帝は久しぶりに会ったのに、一度も目を合わせようとしない。
「これだけは忘れるなよ。俺が戦ってんのは世界のためじゃねえ。泥塗れの裏通りで、俺に手を差し伸べた無力で生意気なガキのためだ。」
その言葉に、初めてリートニッヒは顔を上げる。ぐっと噛みしめた奥歯から、わずかに嗚咽が漏れた。
「じゃあな。次会うときは、この戦いが終わった後だ。」
去り行くタディの拳は、強く握りしめられていた。
「タディ中将、何か今の報告に不備が?」
副官は、名前の呼び方が気に入らなかったのかと、今度は愛称で呼んでくれる。
「いや、違うんだ。忘れてくれ。
それにしても、随分と兵が減ったな。」
タディはぎこちなく話題を変える。
「....ええ。臨時的の大編成とは言え、出発時は10000程いましたからね。」
副官は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに話を合わせてくれた。
「それで、今日の戦術のことなのですが」
「さてと、時間だな。」
最低限の打ち合わせが終わり、副官は騎馬隊へと戻っていく。
タディの後ろ、隊列を組み終わった兵たちが自分を見つめているのがわかる。
『いつも通り、行くぞ。』
「出撃だ!!!」
「「「おおおおおおおお」」」
タディの号令で、一斉に軍が動き出す。
「俺が道を切り開く。お前ら、背中は任せたぞ!」
「「はいっ」」
タディは複数の兵を連れ、真っ先に敵陣へ突っ込んだ。
「来たぞ、災害の化身だ!」「隊列を崩すな!何としてでも討ち取れっ」
敵兵の声を聞きながら、タディはただひたすら目の前の人間を斬り倒し先へ進む。
『敵将さえ討ち取れば、戦は勝ちだ。』
その感覚だけは、リズと似ていた。
ふと視界が開ける。
「敵陣を抜けたか。敵将は何処だ?」
「ここには貴方と僕しかいませんよ。」
彼が放ったその言葉は正しかった。タディが振り返る。連れていたはずの兵たちは、何処にもいない。
「ッハ!リズが出し抜かれるわけだぜ。」
タディは周囲を警戒しながらも、ツアヴィに向き合った。




