第12項 フォルイディオートのオリジン
報告を最初に聞いたとき、彼は安堵した。
「人名を間違えているぞ。悪いが、もう一度最初から言ってくれ。」
兵士は、戸惑いながらも皇帝の命に従った。
「は、はい。先日、リズ•ノクアイズ殿が前線の公国市街であるログラモーで公国市民に刺され、意識不明の重傷を負いました。現在は、現場近くの要塞に運ばれ治療中です。」
「...念のため聞くが、誤情報の可能性は?」
「タデリア中将からの報告もありますので、限りなく低いかと」
皇帝は書類に目を向けたまま口を開く。
「そうか。報告ご苦労。もう下がっていいぞ。」
「はっ」
一人きりの執務室。リートニッヒは両手で自らの頭を掴んだ。
自然と力が入り、頭部に奔る鈍い痛みが彼にこれが夢ではないことを伝えていた。
『私は今まで〝人間〟への対処を間違えていたのか。敵も人間である以上、敬意を持って接するべきだと思っていた。民衆はどちらの国に住んでいても、私達の一方的な我儘に付き合わされたただの〝被害者〟だと思っていた。』
「だから、民衆に手を出してはいけないと触れを出したのだ。」
心臓になったかのような、鼓動を感じ始めた頭。リートニッヒはゆっくりと手を離していく。
『だが、それは違ったんだな。そうだ違う。違うはずだ。』
彼の迷いが、11年来の懐刀を自ら折ってしまったのだから。
『民衆は被害者である以前に、この戦争の当事者だったのだ。人間だから慈悲を与えるのでは無く、同じ当事者として彼らを潰しに行かなくてはならない。彼らをこの世界の〝悪〟として。』
リートニッヒは目を閉じ、胸の前で両手を合わせる。
創造神ディアよ。
と口に出してみる。
「本当に済まなかったな...リズ、お前は私にずっと忠告してくれていたのに。我が身可愛さに逃げ続けていた。お前たちに〝犠牲〟という荷を押し付けて。」
『君は臆病者だし考えが甘すぎる』
リズの言葉の本当の意味を、今になって認められた気がした。
ずっと、自分の心の奥底で燻っていた欺瞞。
目を見開き、両手を下げ立ち上がる。
「私も、覚悟を決めよう。
今まで固めたつもりでいた生温い覚悟ではない。
今度こそ"自らの手で"一度全てを壊す。歴史に残る、暗君になる覚悟だ。...ふふ、私の子孫たちに合わせる顔がないな。」
リートニッヒの顔は青く、身体は震えていた。それでも歯を食いしばり、倒れないよう必死に脚に力を入れる。
「私は罪を償わない。目を背けもしない。お前たちの隣で共に石を投げつけられる、私はそうして生きるのだ。」
数日後ーー
最前線にある、帝国軍の要塞にて。
広間に集められた兵士達は、各々高揚を感じていた。
『皇帝陛下は滅多に公の場に顔を出されないと聞いていたが...』
『急な収集だが、陛下は一体どのような命を下されるのだ?』
「皆、よく集まってくれた。」
広間にある視線の先、演台。その奥からよく通る澄んだ声が聞こえる。
一瞬ざわめきが起こり、しかしそれも一瞬のことで、広間はしんと静まりかえる。
「私は、かつて未熟者だった。」
カツン
一つの靴音だけが、空間に一人の人間の存在を刻み込む。
「敵国に慈悲を与えるという名目で、彼らを侮り自らの立場に驕っていたのだ。彼らを理解したつもりだった。なんと傲慢なことか。初めから別の生物を理解など出来るはずがなかったのだ。」
カツン。カツン
広間の空気が僅かに揺れる。兵たちは、誰もが皇帝の言葉が真実だと知っていた。
「私が数多くの犠牲を承知で兵を挙げたのはなぜか。
生を受けたその瞬間に、自分の社会的価値が固定されることが、それが肯定されるこの世界が赦し難かったからだ。
誰もが自らの力と経験で、果てなき未来を切り開ける世を創りたかったからだ。もう慈悲は要らぬ。」
静かに、だが確実に。兵たちの熱量が上がり、一点に凝縮されていく。
美しい黒髪を纏い、整った麗しい顔がその姿を白日のもとに晒した。
身体の後ろにまわしたリートニッヒの手が小刻みに震え、「人間であれ」と主張する。
「敵兵という名の、制度に操られる傀儡達を破壊しろ!
今自らがいる毒沼に満足し、改革を恐れる愚者共を踏み潰せ!
私は、この世から〝可能性の消失を義務付ける法〟を完膚なきまでに排除する!!皆、刮目せよ!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおお」」」」
『声は震えていなかった、はずだ』
リートニッヒはそんな思いを噛み締め、右手に握った杖を振り上げた。
溜まりきった熱が皇帝の力強い言葉とともに、爆ぜた。




