第9項 偶然の消失
翌朝ー
「今日は遂に、公国内部に踏み込むんだな!」
「市街戦と聞いてるが、公国の民たちは避難しているのか?皇帝陛下は市民には手を出すなと仰ってるが、流石に戦場で咄嗟に判断するのは無理だぞ」
「そうだよな〜。ったく、陛下も無茶言ってくれるぜ」
食堂では、数多くの兵たちが雑談と共に食事を取っていた。
「おいおい、流石にそいつは不敬だろ。まあ、お前らの気持ちは分かるけどな。そこ、ちょっと通らせて貰えるか?」
金髪の無頼漢が、話をする二人組に声を掛ける。
「タ、タデリア中将!」
「申し訳ありません。失言でした。」
おずおずと席を引き寄せ、道を開ける二人 。
「ああ、いいよいいよ。〝皇帝陛下〟には、俺もさんざん不敬なこと言ってるしな。
あ、お前この首飾り落としてたぜ。キレイな緋色してんじゃねえか。」
「あ、ありがとうございます。恋人との思い出の品で、なくしたらどやされちまうとこでした。」
タディが差し出した菱形の首飾りを、口が悪い方の兵士がはにかんで受け取る。
「あともう一つ、俺のことはタディと呼んでくれ」
タディは頷きニカッと笑うと、食堂の奥に進んでいった。
「やっぱ、噂通り平民っぽいよな。タデリ...タディ中将。」
「その割には、皇帝陛下と随分親密な間柄のようだ。しかし、俺は少しタディ中将の認識を間違っていたらしい。」
「だよな、俺も思ったよ。戦場では鬼神のようだと聞いていたから、どんな恐ろしい人なのかと思ってた。」
「〝災害の化身〟だからな、あの人は。一度手合わせ願いたいものだ」
「止めとけって、死ぬ気か。お前!」
リズが最後の食器を空にし、9枚目の皿を机に積み上げた時だった。
「よっリズ!隣、いいか?」
タディはリズが口を開く前に既に腰を下ろしていた。
「今丁度、食べ終わったところだ。席を譲るから、君一人で広々と使えばいい。」
「ちょ、待てって!」
言い終わるなり席を立とうとしたリズを、タディは引き止めた。
「お前に話があるんだよ。ほら、もう一皿貰ってきてやったから!」
リズはタディが指さした皿に視線を移す。野菜、パン、そして干し肉。質素だが魅力的な品々に、ゴクンと喉が鳴った。
「5分だ。」
再び席に腰掛けると、リズは開いた掌をタディに突きつけた。
「ぷっ。...へいへい。」
吹き出しかけたタディは、リズからの視線を感じて口を噤む。
「昨日の夜の事で、お前と話したくてな。」
一つ呼吸を挟むと、タディは言った。
「話はもう済んだはずだが。」
口に干し肉を詰め込みながら、リズが応える。
「ーー俺はさ、昔からお前が羨ましかった。賢くて、冷静で。でも迷わずに進んでいく。」
タディはそう言ってリズの頭を撫でようとする。リズはタディの方へ向き直ることなくそれを躱し、皿から溢れかけた野菜をフォークでキャッチして口へ運ぶ。
タディはそれをみて苦笑するが、次の瞬間に笑顔が消えた。
「だが、今になってお前が怖いよ。
お前は、理想実現に自分が摩耗することを織り込んで戦ってる。何の恐怖も感じねえみたいに。
お前は以前俺に忠告してくれたけどさ、俺はお前がこのままだと一番死にそうで怖いよ。」
リズは最後に残していたパンを飲み込むと、席を立ち上がった。
「私がこの戦争に参加したのは、この世を生き延びるためだ」
タディはそんなリズの台詞に深くため息をついた。
「言っとくが、俺は反対だからな。お前、さっき俺が近づいた時振り返らなかったろ。いつもは近づくどころか、部屋に入る前に誰が来るか察知してんのに。」
リズはそのタディの問いには答えず、短く呟く。
「あくまでも〝勘〟だ。リートニッヒも言っていただろう。事実じゃない。」
タディは諦めたように頭を振ると、リズの肩に手を置いた。
「じゃあ、戦いが終わるまで俺の側で戦え。目の届かない場所で一人死ぬな。」




