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呪的遁走  作者: 那須 儒一
二章 王国編

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9/15

間話 狂愛

 午前三時、丑三つ時。

 カビの匂いが染みついた地下倉庫に、一人の青年が佇んでいた。


 ここは、都市伝説研究サークルの部室。

 築六十年の古民家の地下には、呪物を封じるための“保管室”が設けられている。

 彼の手の中には、先日入手したばかりの古びたフランス人形。


 かつては真珠色のドレスを纏っていたが、いまや全身を御札で縛られ、まるで何かを封じ込められた屍のようだ。


 豆電球の明かりがちらつく中、青年は恍惚とした眼差しで人形を見つめていた。


 やがて、口元がかすかに動く。

それは恋人に囁くように「…愛してるよ、メリー」


 次の瞬間、人形の瞼がかすかに震えた。

 ガタ、ガタガタ……と、震動が青年の掌を伝う。

 まるで、怯えるかのように。


 青年はそれにも気づかず、壊れた玩具を愛でるように頬を寄せた。

 その表情は、もはや人ではない。

 欲望と狂気のさかいを越えた何か――。

 これは、人を殺めた人形に対する罰なのか。

 それとも、人間の歪んだ愛が生み出した怪異なのか。


 真相は、彼の口から語られることはない。


 ただひとつ確かなのは――

 彼に恋心を寄せる女性にはとても見せられない光景だということ。


 この話をどうか、ひとつの他愛ない都市伝説として忘れてほしい。

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