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呪的遁走  作者: 那須 儒一
二章 王国編

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8話 メリーさん⑥

 泉先輩が何者かからの通話を終え、こちらへ向き直る。


「今、ジャイアンから連絡があって、新野にいのさんが救急車で運ばれたらしい」


「えっ!」  ももさんと果穂かほさんも驚きの声をあげる。


「そんな、新野先輩は大丈夫なんですか?」


「腹部に裂傷があるが、命に別状はないそうだ」


 ――僕のせいだ。新野先輩を危険に晒してしまった。


 くそっ……。自責の念で押しつぶされそうになる。


「警察沙汰になりそうだから、桃さんと果穂ちゃんは先に帰って休んでて。後はこちらで対処する。あと、灰原かいばらくんは治療ついでに一緒に病院まで行くよ」


 そう言うと、泉先輩が果穂さんに代わって僕に肩を貸す。


「副代表、私が灰原くんを病院まで運び――」


 果穂さんの言葉を遮り、泉先輩が静かに言葉を返す。


「いや、君は体のこともあるから部室に戻りなさい。桃さん、果穂ちゃんを頼んだよ」


 泉先輩は軽く会釈をすると、タクシーを呼び、僕と共に一番近い車道へと向かった。


 ――果穂さん、体が弱いのかな。  

それなのに、メリーさんの件でだいぶ無理をさせてしまった。


 今回は本当にとしけんのみんなのお陰で命拾いをした。この恩には必ず報いなければ――僕は密かにそう決意する。


「泉先輩……いえ、副代表」


「どうしたんだい? 改まって」


 泉先輩は、僕がこれから話す内容を悟っているような表情で言葉を返す。


「僕を、としけんに入れてください」


「一応、念押しするけど……命の保証はできないよ?」


 ――どうせなら、その念押しをサークル勧誘の時にしてほしかったが。


 僕は、以前、一度逃げてしまった。

 今回のように怪異に苦しめられている人が、他にもきっといるはずだ。

 知らなければ、どれだけ良かっただろう。でも、知ってしまった以上はもう見て見ぬふりをして逃げるなんてことはしたくない。


「……全てをわかった上で、入部したいんです」


 泉先輩はしばらく黙って僕を見つめていた。その瞳の奥には、言葉にしきれない何かを湛えている。


「君の決意はわかった。ただし、本当に危ない時は逃げるんだよ。都市伝説には関わらないことが、一番の呪的遁走じゅてきとんそうになるんだからね」


 僕は泉先輩の真剣な眼差しに応えるように、強く頷いた。



 ---


 病院に到着すると、新野先輩は病床に横たわっていた。  

腹部の刺し傷は、医療ステープラーと呼ばれるホッチキスの針のようなもので縫合されたという。


 僕も左耳の裂傷に加え、右足首の捻挫で全治二週間との診断を受けた。


 処置を終えて新野先輩の病室に向かうと、病室の前で郷田ごうだ先輩と泉副代表が黒スーツの男性と話をしていた。きりっとした顔立ちの男性は、僕の姿を視認すると、一瞬、表情を険しくする。


「時間も遅いし、君はもう帰っていい。ゆっくり休むといい」


 郷田先輩は軽く頭を下げた後、こちらへ歩いてきた。


「新野のことはお前の責任じゃない。気に病む必要はない。……全て俺が悪い」


「いえ、そんなことは……」


 郷田先輩の表情は暗く、新野先輩の怪我に必要以上に責任を感じているようだった。


 僕は深く頭を下げた。郷田先輩はそれ以上何も言わず、背を向けて去っていく。


 泉副代表の方へ視線を向けると、こちらに来るよう目配せをしている。それに従い、黒スーツの男性の前へ進む。


「O県警の高島たかしまだ。少しいいか?」


 ぶっきらぼうに名乗りながら、刑事は尋ねてくる。


「はい……」


「メリーさんが持っていたのは、この裁ちばさみか?」


 高島刑事はジップロックに入った、刃の長い錆びたはさみを見せてきた。


「……自信はないですが、たぶん、そのはさみだと思います」


 ここまで錆びていなかった気もするが、正直、あの状況では細部まで見ている余裕などなかった。……それよりも、刑事が“メリーさん”という言葉を口にしたことに驚く。


「そうか。……それなら、今起きている神隠し事件とは無関係かもな」


「そうですね。今回のメリーさんは明らかにはさみによる殺傷が目的でした」


「神隠し事件に埋もれていたが、数件の通り魔事件があった。そっちの犯人かもしれんな」


「あの後、果穂ちゃんに視てもらい、先ほど連絡がありました。メリーさんの中身は、人形の服を仕立てていた若い女性だそうです。数年前に起きたストーカーによる殺人事件を調べれば、ある程度メリーさんの目星はつくかと思います」


「なるほどな。……今さらガイシャを調べたところで意味はないだろうが、気が向いたら探ってみる。それと――みやびの奴は音沙汰はないのか?」


「今のところ、手がかりすら掴めていません。雅代表は入学式の当日、夜明け前までパンフレットの準備をしていたようですが……その後、まるで煙のように消えています」


「まあ、あいつのことだ。死ぬようなことはないと思うが……」


 二人の間に、重苦しい沈黙が落ちる。

 自分がこの場にいるのが場違いな気がして、息が詰まりそうになる。


 詳しい話を訊きたかったが、とてもじゃないが割って入れる雰囲気ではない。


 気まずさに耐えかねたところで、鷹島刑事がふいに声をかけてきた。


「……と、話し込んですまんな。お前、名前は?」


「僕は、灰原かいばられいと申します」


「灰原か……今回は命拾いしたようだが、怪異を相手にする以上、いつでも死ぬ覚悟をしておけ。俺は、早めに逃げることを勧めるがな」


 そう言って、高島刑事は後ろ手に手を振り、去っていった。


 泉副代表は、その背が見えなくなるまで頭を下げていた。


「副代表……今の方、何者なんです?」


「彼は高島警部補。としけんの創設メンバーの一人だよ。今でも怪異絡みの事件の後始末をしてくれてる」


 なるほど、それで親しげだったのか。

 ――っと、それどころではなかった。


 僕は新野先輩の安否を確かめるべく、病室をノックして入室する。



 ふう……よかった。彼女は静かに寝息を立てている。


「後は僕が見ておくから、灰原くんも帰って休むといい」


 泉副代表はそう言って、僕の肩を優しく叩く。


 軽く会釈をして、松葉杖をつきながらもタクシーに乗り込んだ。


 泉副代表たちが話していた――雅代表。

 そういえば、これまでとしけんの代表が見当たらないことに、多少なりとも疑問を抱いていた。

 それに、気になるのは果穂さんと同じ姓。


 まだまだ疑問は尽きないが、今は体を休めることに集中しよう。

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