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呪的遁走  作者: 那須 儒一
二章 王国編

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5話 メリーさん③

 ……やけに体が重い。


 ゆめうつつ。微睡まどろみの中で、どこからか声が聞こえる。


「ジャイアン、例の一年はどうなった?」


「はい、それが……今朝方から行方不明で……ももさんが自宅を見張っていたんですが、どうやら途中でうたた寝をしてしまったようで……」


「そうか……過ぎたことを責めても仕方ない。彼も代表と同じ末路を辿るとは……とにかく一刻も早く、メリーさんを捕らえないと」


 聞き覚えのある声と、木の扉のきしむ音で目が覚める。


「あれ……果穂かほちゃん、どうしてこんなところに……えっ?」


 眠たい目をこすり、まぶたを開けると、視界にいずみ先輩と郷田ごうだ先輩の姿が飛び込んできた。


「お、おい、一年! 貴様、どうしてここにいる。それに何で果穂殿と一緒に寝ているんだ!」


 驚いて身を起こすと、僕の体には毛布がかけられ、その上から果穂さんが覆いかぶさるようにして眠っていた。


「まったく、こちらの心配をよそに、さっそくサークル内の女の子に手を出していたなんて……キミは見かけによらずプレイボーイなんだね」


 泉先輩の言葉で、ようやく状況を理解する。


「いや、違いますよ! これにはちゃんと事情が……!」


「おっと、男の責任逃れはいただけないね。果穂ちゃんの純血を散らしたんだ。責任を取って婚姻――」


「ちょっと、泉先輩! まったくの誤解ですから!」


 僕らのやり取りで、果穂さんもゆっくりと目を覚ました。


「ふぁあ……あれ? みなさん……どうされたんですか」


 彼女だけは、今の状況が理解できていないようだった。


 ――その後、果穂さんの説明もあり、なんとか誤解を解いた。彼女が語ったことは、昨晩の恐怖を思い返すには十分すぎる内容だった。



 ---


「なるほど……まさか、こんなに早くメリーさんが標的に手を出すとは」


 泉先輩は異常とも言える僕の話を、すんなりと受け入れる。


「副代表、桃さんと新野にいのには連絡しています。新野は講義が終わり次第、こちらに向かうそうです。桃さんはたぶん……寝てます」


「わかった。ジャイアン、ありがとう。とりあえず新野さんが揃い次第、作戦内容を詰めよう」


 それだけ告げると、泉先輩と郷田先輩は一室にこもって何やら話し込む。



 ---


 果穂さんと二人きりになり、何となく気まずい空気が流れる。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。私はみやび果穂かほ。一年よ」


「そうなんだ。僕も同じ一年生で、灰原かいばられいっていいます。昨晩は手当までしてくれてありがとう。おかげで助かったよ」


「夜遅くに突然、人が訪ねてきたから、本当にびっくりしたんだからね。でも、この部室に辿り着ける人って限られてるから、サークルの関係者かなと思って開けたんだけど……。それと、副代表が“メリーさん”って言ってたけど、灰原くんの後に来たお人形さんのことかなあ?」


 “人形”という言葉を聞いて、僕の背筋にゾクリと冷たいものが走る。


「えっ! そういえば、あの後、どうなったの?」


「灰原くんが再び寝たあと、応急処置を終えて毛布をかけたんだけど、部室って、ほら……玄関横にりガラスの窓があるでしょう? そこから……人形みたいな影が、じっと動かずに立っていたの」


 思わずゴクリと唾を飲む。僕は見ていない。でも、彼女は――見てしまった。


「お人形さんがいなくなるまで、“あっかんべー”ってしてたんだけど、気付いたら私も寝ちゃってたみたい」


 果穂さんはそう言うと、舌を出して、可愛らしく “あっかんべー” をして見せた。


「そんな、挑発するようなことをして……」


 正直、この磨りガラス越しにメリーさんが立っていたことを想像するだけで恐ろしい。


「一応、桃先輩が部室の周囲に結界を張ってるらしいから大丈夫だとは思ったんだけど、念のためにね」


 結界――昨日見た、地面に埋め込まれた金具のようなもの。あれがそうなのか。


 まさかオカルトめいたその言葉を、今は心から信じている自分がいる。



 ---


 しばらくすると、講義を終えた新野先輩が合流した。僕と果穂さんも午前中に大学の講義があったが、今はそれどころではない。


 桃さん以外の全員が揃ったところで、全員、居間の座布団の上に腰掛ける。



 ---


「連日、世間を賑わせているメリーさんだが、今回は不幸なことに新入部員の灰原くんが標的になっている。ただ、逆に言えば、これはメリーさんを捕らえる千載一遇のチャンスでもある」


 いつの間にか入部扱いになっているが、そんな事を気にしている場合ではない。


「すみません。あまり状況を飲み込めていないんですけど」


 話の腰を折るようで申し訳なかったが、当事者である僕には状況を理解する権利があると思った。


「そういえば灰原くんには、“としけん”の活動目的を説明してなかったね。それはね、都市伝説や心霊現象の原因を追究して、あわよくば呪物の回収を目的としてるんだよ」


 泉先輩が嬉々として、大袈裟に両手を広げる。


 今わかった。泉先輩はオカルトを愛しているんだ。そうとしか思えない異様な反応だった。


 新野先輩と郷田先輩は、やれやれといった様子で頭を抱えている。


「すみません。なんとなく言ってることは分かるんですけど、理解するのに時間がかかりそうです」


「キミもここにいればわかってくるよ。そもそもメリーさんの起源は、第二次世界大戦後までさかのぼる。そこから話が派生して、現代の形に落ち着いたわけだけど……。メリーさんの“呪的遁走じゅてきとんそう”で、何かいい案がある者がいたら教えてくれ」


「じゅてきとんそう……?」


 聞き慣れない言葉に、頭にハテナマークが浮かぶ。


「“呪的遁走”っていうのは、呪いから逃れるための対処法のことです。昔話の“三枚のお札”なんかがいい例ですね」


 果穂さんが丁寧に説明してくれる。


「そうだね。現代でいうなら、“口裂け女”の“ポマード”とかが呪的遁走に当たるかな。実はね、メリーさんの歴史ってかなり古いんだけど、呪的遁走はまだ確立されてないんだよ。これって、すごいことだと思わないかい?」


 何がすごいのかは分からないが、泉先輩は終始ハイテンションだ。


「一応、ネットで調べた内容だと、背中を壁に向けて背後を取られないようにするとか、電話に出ないとか、逃げ続けるってのもあったわね。他にも“シュークリームをあげる”とか……いや、これはないわね」


 そう言って新野先輩は首を振る。


 確かに、シュークリームをあげて解決するなら、駅前の行列店にだって並んで買ってもいい。


「確かめてみたいが、通用しなかったときのリスクが高いな……でも一応、買っておくか?」


 真面目な顔で、郷田先輩が確認する。


「果穂ちゃんは何か意見はないかな?」


 泉先輩に話を振られ、果穂さんは目線を上に向け考え込む。


「私、都市伝説はあまり詳しくないので……。ただ、都市伝説って一定のルールで怪異が動いているんですよね。逆に、そのルールを逆手に取れないでしょうか?」


「確かに、都市伝説の怪異は多少の地域差はあれど、大まかな行動原理は同じだね。それに、実際に体験した灰原くんからの確かな情報もあるから、より正確にメリーさんの動きに対処できるかもしれない。……よしっ! いいことを思いついた。私は今から桃さんを叩き起こして準備を進めるから、各自準備をしてくれ。あと、灰原くんは絶対に部室から出ないように。詳しい話は追って連絡する」


 そう言って、泉先輩は部室を後にした。


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