3話 メリーさん①
「とりあえず自己紹介から始めようか」
先ほど副代表と名乗った泉先輩から、他のとしけんメンバーを紹介される。
「この大男は二回生の郷田篤。通称“ジャイアン”だ」
「副代表、その呼び方は勘弁してください」
「次にこのゴスロリ美少女は二回生の新野 美穂香さん」
「ちょっと副代表!変な紹介をしないでください」
新野と呼ばれた女性は頬を赤らめながら泉先輩の背中を軽く叩く。
確かに新野先輩は黒服に白いフリルが付いたゴスロリ衣装を着ている。大学生とはい若干浮いている。
「あと…ここにはいないが、キャンパスでキミを勧誘した不思議ちゃんは衛生兵の花園 桃さん。それと、キミと同じ一回生の雅果穂さん」
「衛生兵ってなんですか。何で都市伝説研究サークルに兵士がいるんですか」
「まあまあ、それについては、いずれ分かるよ」
泉先輩は冗談っぽく笑ってみせる。
次は僕の番かな。軽く咳払いをして名乗る。
「灰原 黎です。泉先輩、一応自己紹介はしましたが僕はただ見学に来ただけですし…まだこのサークルに入るかはわかりませんよ」
「そうか、それは残念だね。せっかく入部試験をクリア出来るほどの逸材なのに」
泉先輩はさして残念そうには見えない顔で笑みを浮かべる。
「入部試験の内容ってなんだったんですか?さっぱり意味がわらからないんですが」
「ほほう。なるほど…試されていることにすら気付いていないとは…尚更手放すには惜しい人材だね。実を言うと、この“としけん”の部室には呪いをかけてあって素養の無い人が辿り着けないようになってるんだよ」
そうか、なるほど、僕は今、確信した。
このサークルは――本物だ。
呪い? 素養? 入部試験? 意味がわからない。電波の集まりだ。
今思い返せば、勧誘してきた桃さんも“普通”じゃなかった。
「そうなんですね。泉先輩には申し訳ないですが今回は縁が無かったということで…」
僕はすぐさま会話を切り上げ部室から出ようとする。
「そうかい。残念だね。今なら入部特典で新野さんの胸を1時間揉み放題なんだけど」
「えっ…」
「えっ…」
僕と新野先輩の声が同時にハモる。
そして自然と新野先輩の胸に目が行く…。
「ちょっ、副代表、なに言ってるんですか!」
新野先輩は頬を紅潮させ両腕で自分を抱きしめるような仕草をする。
「そうですぞ!新野の魅力は胸ではなく尻…」
よくわからない訂正を始めた郷田先輩の顔面に、新野先輩の回し蹴りがクリーンヒットした。
次の瞬間、郷田先輩は膝から崩れ落ちる。
「灰原くん。新野さんは躰道の達人なんだ。軽はずみな言動は控えるようにね」
「そんなこと言われなくてもしませんよ」
「それにしても…新野さん済まなかった。君のお尻の魅力に気付いてやれず…」
度重なるセクハラ発言により二人目の犠牲者が出ると思いきや新野先輩は《《何かしらの理由》》で泉には手を出さないようだ。
「ちょっと、副代表ホントに怒りますよ」
とにもかくこんな茶番に付き合ってたら日が暮れてしまう。僕は溜息をつきながらも軽く頭を下げる。
「すみません、泉先輩。そろそろお暇させていただきます」
「そうか…残念だよ。いつでも入部待ってるからね。では《《また》》」
笑顔で手を振る泉先輩を後ろ手に僕は足早にとしけんの部室もといあばら家を跡にする。
「ふぅ~、なんとか逃げ出せた」
確かに新野先輩も可愛く特典も魅力的だったけど…流石に都市伝説なんて胡散臭いものには関わりたくない。
それでこそ世間では都市伝説とやらで騒がれているのに…。
現在、九州地方では連続失踪事件が多発している。ここO市も例外ではない。人がある日突然、煙のように消息を断つ。手掛かりも一切掴めず警察もお手上げとのこと。
行方不明者は年齢も性別もばらばらだが、唯一共通しているのは、失踪の数日前にフランス人形を目撃したとか…とまあ、よくある都市伝説に過ぎない。
しかし、ネットの掲示板やニュース番組ではこの話題で持ちきりだ。たかだか都市伝説がここまで流布されているのは異常事態ともいえる。
電車に乗り帰路につく。辺りはすっかり暗くなっていた。もう19時か…。帰りがけにコンビニで飯でも買うかな。
高校時代は実家暮らしで帰ったら食事が用意されてるなんて当たり前だった。それが当たり前ではなかったことを、一人暮らしを始めてつくづく思う。
家柄のせいか実家にいた頃は兄との確執や厳格な父親を煩わしく感じていたが、それが無くなると意外と寂しいものだ。
改札を出て自宅までは徒歩10分。なんとなくセンチメンタルになりつつも適当にコンビニ弁当を買い、足早に家に向かう。
…なんだ?
街頭の少ない路地で…ふとどこからか視線を感じる。
ここら辺は人通りも少なく飲食店なども近く無いため夜間に出歩いている人など稀だ。辺りを見渡すがそれらしい人影は見当たらない。
僕は言い知れぬ不安に駆られ視線の主を見つけるべく、細かく周囲を見回した。
「っつ!」
一瞬、背筋にゾクッと悪寒が走る。
…目が合った、気がした。
吸い込まれるような蒼い瞳。すすけた顔に、不気味な微笑み。
ゴミ捨て場の一角に、年季の入ったフランス人形がぽつんと捨てられていた
カールした髪に、黒のドレス。ゴミの山にちょこんと腰掛け、
それは、まるで“こちらを選んでいる”かのように――じっと僕を見ていた。
僕はかぶりを振り、慌ててその場を去った。
都市伝説なんてあり得ない。僕は自分にそう言い聞かせながら自宅に帰った。




