12話 てるてる坊主④
てるてる坊主、てる坊主――…。
どこからか唄が聞こえる…。
首元に、なにか冷たいものがまとわりつく――
次の瞬間、ギリ…と首が絞め上げる、か細い悲鳴が喉の奥から漏れた。
かっ…くっ…苦しい。…だっ…誰か…。
視線いっぱいに、暗い何かが映り込む。
――そこで僕は、ハッと目を覚ます。
首元に触れてみるが、特に何かが巻き付いているわけでもなかった。ただ、微かに痛みが残る。
…廊下は蒸し暑く、着ていたシャツが寝汗でびっしょりだ。
少し呼吸を整えて、
腕時計の時刻を確認すると、午前4時32分。
もうすぐ、夜明けが近い…。
僕はふと、部屋の中の様子が気になり、ゆっくりと客室の襖を開ける。
そこに、やましい気持ちなど介在する余地などない。そう、ただ、みんなの安否を確認したいだけだ。
そう自分に言い聞かせながら、明かりのついた部屋の中を覗く。中は冷房がしっかり効いており、心地よい冷風が僕の体を冷やす。
襖の先には、桃さんが布団を蹴脱いでおり、あられもない姿でお腹を掻いていた。
果穂さんは布団をしっかり被り、静かに寝息を立てている。
そして…朋美さんがいない。
布団は綺麗に畳まれており、少なくとも無理やり連れ出されたわけではなさそうだ。
「桃さん!果穂さん!」
僕は急ぎ、二人を揺さぶり起こした。
「えっ…灰原くん…きゃっ!」
果穂さんが慌てて悲鳴をあげる。
それに反応して、桃さんも目覚める。
「灰原…貴様…とうとう強行手段に出たか!」
「違いますってば、二人とも寝ぼけてないで!それどころじゃありませんよ。朋美さんがいないんです!」
二人はすぐさま状況を把握すると、寝巻きから着替えようとする。
「篤蔵さんを起こしてきます!」
僕は一足先に部屋を飛び出し、一階へ降りる。
一階は思ったより入り組んでおり、無数に部屋がある。こんなことなら篤蔵さんの寝室も確認しとけばよかった。
僕はスマホのライトを頼りに、片っ端から部屋を開けていった。わかりやすいように、調べた部屋の照明も点けていく。
そこで、ふと調理場らしき場所を通りかかった際に、錆びた鉄のような異臭が鼻をつく。
僕は恐る恐る、調理場をライトで照らす。
――床に、誰か倒れている。
僕はすぐさま駆け寄った。
「篤蔵さん!」
そこには、篤蔵さんがうつ伏せに倒れていた。
ピチャ…。
床に何やら液体がこぼれている。
辺りをライトで照らすと、おびただしい量の血溜まりの上に僕はいた。
「うわぁあああ!」
思わず叫び声が漏れる。
「灰原!大丈夫か!」
すかさず桃さんと果穂さんが駆けつけてきた。
「これは…」
桃さんは部屋の照明を点けると、僕を引っ張り上げて立たせる。
そのまま、後ろにいた果穂さんへ、僕の体を押しやる。
果穂さんが、背後から優しく僕の体を抱きしめてくれた。
「駄目だ…」
そう言って、桃さんは首を横に振る。
篤蔵さんの首元が、ぱっくりと割れていた。
“そなたの首をちょん切るぞ”
てるてる坊主のフレーズが脳裏を過る。
「朋美さん!」
僕は果穂さんの腕を振りほどき、部屋から飛び出す。
「待て、灰原!」
桃さんの呼び止める声も振りほどき、僕は民宿を飛び出した。
集団自殺で遺体が上がった場所は、村民には伏せられているそうで、ニュースでも取り扱っていない。
どこに行けばいい?
朋美さん…。
僕は土砂降りの中、走り続けた。どこに向かっているかは自分でもわからない。
だが…直感的にわかる。朋美さんが呼んでいる気がする。
辺りには街灯はおろか、民家もまばらだ。
しばらく走ると、ダムにかかる赤い橋が見えてきた。
ずぶ濡れになりながらも橋を渡る。
その途中で、橋の欄干に太い縄が巻きつけられていた。
縄は橋の下に垂れており、僕は恐る恐る、
橋の下を覗き込み、スマホのライトで暗い水面を照らした。
最悪の想像をしてしまう。
垂れた縄の先に、丸く白い物体が浮かび上がっている。
雨で視界が悪く、それが何か分からない。
…いや、これまでのことを考えると、それが何かは明白だ。
ぐっ…、胃から何かがこみ上げてくる。
「ゔっ…おぇっ…」
僕はその場に嘔吐する。
助けないと…。
僕は必死で縄を引っ張るが、思うように引き上げられない。
「くそっ…くそっ!」
それは何に対しての言葉かわからなかった。
ふいに、頭上の雨が止む。
驚いて振り返ると、そこには傘を差し出す男が立っていた。
灯りに照らされたその顔…。
「あなたは…高島刑事!」
驚く間も無く、高島刑事が縄を引っ張り上げ、僕もそれに加勢する。
「おい、藤宮、お前も手伝え!」
高島刑事の声の先に、もう一人男性が立っていた。
…暗くて顔はよく見えないがこの土砂降りの中、傘をさしていない。
「まったくキミはいつも人使いが荒いね」
そう言って彼が手を翳すと、重力が緩んだように…縄が軽くなり、簡単に引っ張り上げられた。
白い布に被せられた、見覚えのあるシルエット。
首に巻かれた太いロープ。
僕が恐怖で身動き取れずにいると、高島刑事は折りたたみ式のナイフのようなものを使い、首元のロープを切り、白い布をめくった。
そこには、苦悶の表情を浮かべた朋美さんの顔があった。
…不自然に伸びきった首元には幾つもの掻き傷が残されている。
彼女は、最後まで抗おうとしたのだ。
正直、僕の心は限界だった。
急に視界が暗くなる。




