7.ディナーショーを開く
暫く、歌手希望のSさんと飲み歩いた。Sさんは顔が広かった。知り合いも多くいた。私はSさんを知ることと、Sさんの歌の力量を確かめる必要があった。
「この界隈では俺は只で飲める」
「え!どうして?」
「スナックは歌の上手い客を探している。上手い客を掴んだら、店の格が上がり、高い飲み代がとれるんだ。その為、1番歌の上手い客からは金をとらないんだ」
私も覚えがあった。金を払わずに帰られたのは、このルールだったのだ。私の飲み歩いていた界隈とは遠く離れていたが、どこも同じルールなのだろう。
2人は飲み歩き、歌を競った。Sさんは自慢するだけあって上手かったが、私も上手くなっていた。
2曲のカラオケのレコーディングをした。1曲は同じ曲なので不要と思っていたが、キーが違うので前のカラオケは使えませんと言う事だった。私は惜しみなく金を使った。この頃、使った金は回収できると言う確信があった。
レーザーディスクは2曲で300万円だった。
私はレーザーディスクの為のシナリオを書いた。それまで歌い歩いた時、歌詞と画面が合わないのを見てきたからであった。そして、配役も私が決めた。
そして、レコーディングの時と同じように、私は撮影も編集も立ち会った。この事が後日、大きな展開に進むとは予想していなかった。
この頃、不動産業は大きく業態を変えた。2人、営業の若者が加わった。土地の売買に専念していた。カセットテープとレーザーディスクを持ち歩く変わった不動産屋としてファンの取引先が増えた。業界では殆ど知られていなかったが、土地情報はどんどん入って来た。私は全てに対して査定をして買値を出した。多くもなく少なくもなく、途切れずに仕入れができ、販売が出来た。
私は新曲発表会の経験が有ったので、今度はSさんを加えてディナーショーを開くことにした。ホテルを借りて200人規模で盛大に行った。
私と、Sさんと、従業員でレーザーディスクを持ち歩き、スナックでそれを歌った。半年ぐらい楽しんだ。しかし、又しても悔しい思いをすることになった。
レーザーディスクがデュークボックスに入ってしまった。つまり持ち込みしても懸けられなくなったのだ。
Sさんは言った。
「今度は映画にしよう」
「よし、今度は映画にする」
「国内の映画だったら、趣味の映画と間違えられるので海外ロケにしよう」
「よし、海外ロケにする」
私はSさんに答えた。この時、いくらぐらいかかるのか全く知らなかった。




