6.一歩前進二歩後退
事務所は活気に満ちていた。誰もが自信に満ちていた。事務所内にも有線放送を引き込んだ。リクエストすると営業部長の声で曲が流れた。不動産の仕事はどんどん広がった。営業部長も営業の部下を持って、やる気十分だった。
カセットテープは2曲のカラオケと歌入りで作られていた。2,000円の値段が付いていたが、取引先やお客に無料で配った。宣伝効果は絶大であった。事務所の格が上がっていた。
3か月で落ち着いた。レコード作りの為の300万円の借金も返済した。私は余裕も出来たので、再びスナック巡りを開始した。
「ごめんなさい。メーカーが皆回収してしまったのよ」
私は愕然とした。折角作った8トラが無くなっているのだ。どの店も同じだった。そもそも掛ける器具が無くなっているのだ。私達が不動産事業に専念している間に、尤もこれが普通の事業者であるが、カラオケ業界も日進月歩していた。8トラに代わってビデオ方式になっていた。テレビ画像を見て歌うようになっていたのだ。わずか1~2か月の間に全ての店舗が競うようにビデオ方式に変わっていたのだ。
私は消えた8トラの話は誰にも話さなかった。スナック巡りは終わりにした。有線放送へリクエストする者もなかった。レコード騒ぎが沈んでいくのに合わせるように不動産事業も萎んでいった。1年後、営業部長も辞め、2人の営業も辞め、再び事務所は静かになった。
しかし火は消えていなかった。再び燃え始めた。
ある長屋の端家を買い増しに行った。取引先の社長に頼まれたのである。
「良い値段で買わせて貰うのでこの家を売って下さい」
勿論、断られた。私は営業で会う人全てにカセットテープを渡す様にしていた。この時もテープを渡した。
「これ、私が作詞、作曲した歌です。うちの営業部長が歌っています。聴いてみて下さい」
そう言って立ち去った。
1週間後、再び訪問すると意外な言葉が返って来た。
「俺が歌ってやるよ」
「え?」
「俺はそちらが返った後、塩を撒こうと思ったんだ。しかし、俺は歌が好きだったから、テープを聴いたんだ。そしたら、全く意外な曲が流れてびっくりしたんだ。俺は何回も聴き直した」
「ありがとう。評価して頂いてうれしいです」
「俺はもっとうまく歌えるぞ。俺に歌わせてくれ」
「ぜひ歌って下さい。直ぐにレコーディングの手配をします」
この後、家を買う話はスムーズに進んだ。良い値段で買ったので、彼は引っ越し先の家を買っても、十分に余った。私は取引先から十分に報酬を貰っただけでなく、その後の仕事がどんどん広がった。ついにレコード騒ぎが報いられたと思った。
早速、レコード会社に電話した。
「今度はレコードとレーザーディスクとカセットテープを作りましょう」
「8トラを配って2~3か月で捨てられてしまったのですよ」
「申し訳ない。私共もこんなに劇的に変化してびっくりしているのです。業界の中にいても分からなかったのです。他のお客からもお叱りを受けました」
「今度は無駄にならない様に頼みますよ」
「私共も注意して見ているのですが、もう落ち着いたと思います。これ以上の変化はないと思います。それで、お客さんに共同でレーザーディスクを作るように提案しているのです」
私は了解を与えた。そしてレコードのB面の曲の作詞、作曲に着手した。1曲目は暗中模索で1か月もがいたが、無駄ではなかった。2曲目は1日で作詞、次の1日で作曲が簡単に出来た。




