4.追えば逃げる
私は、デモテープと歌詞のメモを持ってスナックに行った。
「カラオケが完成した。ママにレコーディングしてほしい。費用は私が払う」
「真剣にならないでよ。私は歌わないわ」
「え!?この前、作詞の先生の前で約束したじゃないか?」
「前にも言った様に、酒の席上の話じゃないの。社長が歌えば良いじゃないの」
「私はママの様に上手くない」
「そんな事はないわ。お上手よ。ここでそれ歌ってみて」
結局、私は他の歌を2~3曲歌って店を出た。ビールも飲んだ。歌も歌った。金は取られなかった。
私は過って歌手を探して歩いたスナックを梯子した。何故か私は社長から先生と呼び名が変わった。
「レコーディング代は全部私が持つ」と言って歩いたが歌手は現れなかった。
「先生、何か歌ってください」
どの店もまるで打ち合わせでもした様に、応対が同じだった。私は先生と呼ばれ、2~3曲歌い、ビールを飲んで金を払わずに店を出た。1晩に3軒のスナックを回っても、30件近くの店を回りきるのに10日かかった。
私は頭を冷やし、不動産の仕事に専念した。
ひょんなことで会社に営業部長が加わった。私は彼とコミュニケーションを採る為に再びスナックを回った。歌手を探しながら、2人も歌いながら、スナックを回った。何故か、どの店も金をとらなかった。営業部長は歌が上手かった。歌手は現れなかった。
「社長、もう歌手探しは止めて下さい。僕が歌うから」
営業部長はレコーディングすることに前向きだったのではなかった。私を本業に集中させるための言葉だったのだ。
しかし、会社に少しの金銭的余裕ができると、私はレコーディングに着手した。嫌がる部長を無理やりレッスンに連れて行った。レッスンを父兄の様に後ろで参観した。
「この歌は紅白を狙える歌です」
私の曲を先生も気に入っているようであった。その言葉を聞いた営業部長は俄然やる気になった。




