最もあり得ぬ話第5話 1.我が人生塞翁が馬
私は接待が嫌いだった。するのも嫌い、されるのも嫌いだった。ある時、ひょんなことで接待するのが仕事になってしまった。運送業の荷主を獲得するという特殊な仕事を請け負ったからである。毎晩、2人組の会社役員と食事をしてスナック街を飲み歩いた。2人組は変わらなかったが、交わす名刺の社名は変わり続けた。10台のロングボデー・トラックを動かす為に必要な荷主を掴むまで3か月続いた。
その頃、カラオケが流行り始めていた。初期の頃であり、8トラテープをかけ、歌詞のファイルを広げて、マイクを使って歌った。未だ映像は無く、曲数も少なかった。曲数は毎日増えていった。カラオケ会社は毎日、新しいテープを配って歩いていた。新曲を歌いこなせるのは常連客のステータスだった。
私は後進組であり、歌は苦手であった。行く先々の店の客も、接待した人達も歌は上手かった。どの店にも、プロの様に上手い客がいた。私は歌では勝てなかった。
「素人歌手の為のレコード会社を作るので発注してください」
それは歌で勝てない私の抵抗であった。その効果は絶大なものであった。プロまがいの歌手にも対等、もしくはそれ以上の立場になれた。
「発注するよ」と答えた人は3か月の間に50人を超えた。それは歌の上手い常連客や、店の人であった。
接待業務は終わったが、私は50人のレコード発注者との約束があった。私はプロダクションの名刺を作り、事務所も設け、女性事務員を1人雇い、レコードの受注の為に、同じ店を回った。
誰1人発注者は現れなかった。
あるスナックのママが言った。
「みんな酒の席上で言っているだけよ。本気にしないでよ」
「私は不動産屋だ。不動産屋は信用が1番だ。私は嘘をつきたくない。それなら私が先ず発注してレコードを作る」
そう答えてみたが、全く何から始めて良いか見当もつかなかった。
接待業務とレコード会社を作るまでに数百万円を費やしたが、それは良しとしよう。50人のレコード発注者が全員嘘をついていた事は金を失うより身に応えた。




