七色の湖と生命の結界
二時間後、川沿いの道を進み続けると、目の前に現れたのは、息をのむほど幻想的な光景だった。湖面は、リーネの伝承通り、七色に輝いていた。濃度の高いマナの光が干渉し合い、水面はまるで巨大な宝石のように、青、緑、黄、そして淡い紅のグラデーションを揺らめかせている。水面からは霧のような水蒸気が立ち上り、光を受けてキラキラと輝き、まるで無数の妖精が飛び交っているような錯覚を覚える。この美しい、圧倒的なマナの奔流を前に、ハスクは思わず馬車を降り、うっとりと湖に目を奪われた。
「まさか、本当にこんな場所があったなんて……」
ハスクの感動を打ち破るように、アルカの冷徹な声が響いた。
「解析開始。リーネ、生命装置に異常発。直ちに原因を解析」
ハスクはハッと我に返った。隣で景色に見惚れていると思っていたリーネは、すでに意識を失い、馬車の中でぐったりとしていた。
「アルカ、リーネちゃんに何が起きたの?もしかして、昨日のことが原因なの?」
ハスクは焦燥と恐怖で大声を上げるが、アルカは対照的に淡々と解析を続けた。
「解析完了。リーネは高濃度のマナの影響により、生命装置が正常に作動していない」
アルカは少女を抱き上げると、その場で両腕を広げた。
「直ちにリーネにマナを通さない結界を設置する必要がある」
アルカは無詠唱でマナの結界をリーネの体に張り巡らせる。結界は目に見えないが、アルカの指先から放たれた緑色の光の残滓が、リーネの体を薄い膜で覆った。
「どうしてこんなことになったの?」
ハスクは尋ねた。
「この湖から、基準値を遥かに上回る濃度のマナが多量に発生している。現在の人間はマナを吸収することはできないが、これほど高濃度で多量のマナが発生しているので、皮膚から浸透し、麻薬のように体内の神経を麻痺させて意識を失わせた」
アルカの分析は精密機械のように的確だった。
「特に子供のリーネの体は小さいため、即座に反応したのだろう。結界を張ったことで、三〇分ほど安静にしとけば意識を取り戻すだろう」
ハスクは気を失ったリーネの手を握り、心配そうにその寝顔を眺めた。
アルカの解析通り、三〇分が経過するとリーネはゆっくりと瞼を開いた。
「ハスクお姉ちゃん、どうしたの」
目を開けると、不安げなハスクが目に映ったのでリーネは問いかけた。
「体は大丈夫?痛い所はない?」
「どこも痛くないよ。私は元気なの」
リーネはハスクを安心させるように、いつもの笑顔を見せた。
リーネが目を覚ましたことを確認したアルカは、淡々とリーネに現状を説明した。
「貴様は、この湖が発する多量で高濃度のマナを皮膚から吸収したことで、生命装置に不具合が発生したのだ。私がマナの結界を張ったので、もう問題はない」
「そうなの。アルカお兄ちゃんありがとう」
リーネは天使のような笑みを浮かべてアルカにお礼をいった。しかし、アルカの瞳はリーネではなく、湖の中心を映し出していた。
「湖の中心に直径二〇メートルほどの島を観測。その島の中心部には、真っ白の石碑が建てられている」
湖面が七色に光る湖、その中心には島と呼ぶには小さな緑の島。その島には、まるで墓標のような白い石碑。リーネが語った伝承どおりの風景が目のまえに映し出されていた。
「リーネの語った伝承に間違いはない。だが、どのようにしてあの島へ向かうか検討中だ」




