風に乗る断罪の声と慟哭
ハスク、アルカ、リーネの三人が馬車を降り、七色の湖へと続く正規ルートを確認するため、川のほとりから山麓の森へ足音を消して進んでいた。
風が、山の斜面を吹き降りてくる。その強い風に乗って、リーネの人並み外れた聴力は、ハスクやアルカには届かない、遠い場所からの話し声を捉えた。それは、町の惨劇を引き起こした紅蓮の猟犬の団員たちの恐ろしい声だった。
会話の内容は、あまりにも汚く、人間的な倫理観を完全に欠いていた。
中肉中背で顔に傷のある男が、下卑た笑い声を上げた。
「また人を殺してぇ。なぁ、最高だったぜ?」
「わかる、わかるぜ、俺もだ」
痩せた、どこか冷酷そうな眼つきの男が応じる。
「泣き叫ぶ声、無駄な救いを求める声、痛みに苦しむ表情……奴らの苦痛が、俺の快感に変わるぜ」
「間違いない」
大柄な男が、獲物を貪るように唾を飲み込む音を立てる。
「動物や魔獣を殺しては味わえない、高揚感を与えてくれるぜ」
彼らの会話は、人の心を持たない極悪人のそれだった。彼らにとって、人間の命はただの娯楽とストレス発散の道具でしかなかった。
リーネは、ハスクとアルカの深緑のローブの影に身を潜めていた。しかし、リーネの人外の聴力は、彼らの会話を一語一句、鮮明に脳に刻みつけていく。
傷のある男が言った。
「でも、アイツらは思い出しただけで腹が立つぜ」
痩せた男が冷酷な目で追憶した。
「最初の町の夫婦のことか」
「そうだ。あいつらは俺たちが痛ぶっても、助けてどころか、悲鳴すらあげなかったぜ」
大柄な男が苛立ちを吐き出す。
リーネの小さな体は、電流が走ったかのように固まった。
痩せた男が続けた。
「ムカつくから男の前で女を犯して痛ぶっても、男は黙って何も言わない」
彼の声は、粘着質で気持ち悪い。
「ああ、あれはムカつくぜ。女も反抗的な目で俺たちを睨みながら歯を食いしばって声を出すのを我慢していやがったぜ」
その会話の内容が、リーネの脳内で町の惨劇の夜と結びつく。
傷のある男が歓喜に震える声で言った。
「ホンマにムカつく奴らだったぜ。俺たちは泣き騒いで助けを求める姿を見るのが好きなんだ。生意気な目で俺を睨みつけるなんて言語道断だ。俺を見れないように両目をえぐってやったぜ」
リーネは、自分の両親が、なぜあの夜、一切の悲鳴を上げなかったのか、その壮絶な真実を理解した。
痩せた男が追憶した。
「ああ、あれは最高だったな。だが、あの女は口から血を流しながらも声一つもあげない変な女だったぜ」
大柄な男が付け加える。
「そうだな。男の方も腕を切り、足を切ってもまだ生きていたぜ。どっちが先に死ぬかゲームに変わっていたよな」
リーネの両親の願いは一つだけ。リーネだけを無事助けること。彼らは惨たらしい拷問にも耐え、声を発することを拒み、最後まで断罪の目で極悪人を睨みつけながら死んでいったのだ。
傷のある男が結論づけた。
「ああ、結局二人とも四肢を切断しても生きていたから、頭を同時に切り落としてやったよな」
大柄な男はゲラゲラと笑う。
「そうだな。同時に殺してやるとは、俺たちはなんて慈悲深いのだ」
リーネは、今まで知らなかったという壁の中に閉じ込めていた記憶と感情が、この風に乗った汚い声によって、無残に引き裂かれるのを感じた。その瞬間、ハスクとアルカには、何も聞こえなかった。ただ、隣にいるリーネの小さな体が、制御不能なほど激しく震え始め、口元から微かな泡を吹いているように見えた。
リーネは、声を出してはいけないことは理解している。しかし、両親の愛と犠牲の大きさを知った絶望は、幼い彼女の理性の限界を遥かに超えていた。
「ああ……」
静寂の中、リーネの口から、幼子の悲鳴ではない、魂の底から絞り出されたような絶望の叫びが響き渡った。それは、悲しみや恐怖ではなく、愛する両親の犠牲を目の当たりにした慟哭だった。
静寂の森に響いたリーネの絶望の声は、遠くの紅蓮の猟犬たちに、彼らの獲物の居場所を正確に示してしまった。




