機械の論理と逃亡
「起動を再開します」
美しい少年はかすかにそう呟くと、再び沈黙した。
彼の右腕は腐敗し、金属の骨格が剥き出しになっていた。異世界からの転生者である私は、魔力という概念がある歪な世界を容易く受け入れていたので、彼の右腕が金属という現実に、驚くべき事柄ではないと瞬時に割り切った。
私は、培養ポッドを構成していたガラスや装置の破片を避け、彼がいた研究室の中央へと進んだ。少年を培養ポッドから出して、荒れ果てた床に座らせて、美しい体へ近くに落ちていたボロ布をマントのようにかぶせた。
「私の名はハスクよ。あなたは、誰なの?あなたの名前を教えて」
私が尋ねると、彼は青い瞳を私に向けた。その視線は、人を見るというより、データを処理する機械のような冷たさを感じた。
「私はアルカ。記憶装置に重大な故障が発生しており、自分が何者か、なぜここにいるのかという重要なデータが欠損している」
アルカは淡々と事実を述べ、周囲の石壁へと視線を向けた。
「しかし、分析の結果、ここには最高難度の結界が施されていたことが分かった。この結界は、外部からの探索を防ぐと同時に、私に必要なマナを完全に遮断していた。そのため、私の主電源は停止し、仮死状態だった」
私は首を傾げた。結界など、この冷たい地下の研究室には何も見えない。あるのは、湿った石壁と錆びた装置、そして割れたポッドだけだ。
「結界?何も見えないけれど……」
「それは、貴様がマナを扱えず、結界を構成する魔力の痕跡を感知できていないからだ」
「マナ?マナとは何?」
私は即座に聞き返した。この世界で言われている魔力とは違う、初めて聞く言葉だったからだ。
「マナ。それが何を意味するかは、記憶装置の欠損により説明不能だ」
アルカは淡々と分析結果を述べた。
ポッドの中で腐敗させられていた彼の姿は、社会から切り離され、生きたまま腐っていく私の現状とあまりに似通っていた。培養ポットで閉じ込められていた少年を、自分の現状と似ていたので助けてあげたいと思ったのであろう。
「アルカ。私がここから連れ出してあげるわ」
私はアルカの冷たい手を握り、静かに微笑んだ。地上からは、遠く妹リリアの誕生日を祝う賑やかな音楽と貴族たちの哄笑が響いてくる。私はその音が静まるのを待つため、汚れた石床に座り込み、一言も話さずにアルカのそばに寄り添った。ずっと1人で培養ポッドに閉じ込めらていたアルカに、今私にできることはそれくらいだった。
やがて、夜会の華やかな喧騒が途切れ、夜中の静寂が男爵邸を包み込んだ。誰にも見られないこの時間。ハスクはアルカを背負って冷たい石階段を昇った。そして、アルカが閉じ込められていた地下の研究室と大してかわらない、自分の汚い小屋へと、そっと彼を連れて行った。




