人見知りの守護者と七色の湖
瓦礫の中で一夜を明かしたハスクが、朝日の眩しさに目を覚ました瞬間、アルカが静かにそのそばへ近寄った。アルカはハスクの瞳を分析した。昨日の魂が抜けたような死んだ目ではなく、そこには覚悟を決めた強い意志の輝きがあった。
アルカは町に落ちていたパンと、瓶に入った水をハスクに手渡す。
「この食料は洗浄プロトコルを通過した。生命に害をなすことはない。安心して食べろ」
ハスクは眩しい笑みを浮かべて「ありがとう」と述べ、パンを口にした。ハスクがパンを食べていると、リーネが目を覚ます。ハスクはアルカが用意してくれた食料をリーネにも分け与えた。二人は満腹とは言えないが、空腹を満たすことはできた。
二人の燃料補給が終えたと分析したアルカは、すぐに本題に入った。
「町を探索した結果を報告する。この町に冥府の洞窟を指し示す情報は皆無だ。旅の資金となる金目のものも、全て奪われていた。この町で得られるものは何もない。無駄足だった」
アルカは冷静に分析結果を述べる。
「生存者がいれば、少しでも情報を得ることができたのにね」
ハスクはぼそりと呟いた。ハスクの言葉にアルカが反応し、即座にリーネへと向き直った。
「生存者一名。貴様は冥府の洞窟の場所を知らないか!」
アルカのロボットのような感情のない表情と、電子音のような冷たいトーンに、リーネは怖がって泣き出した。
「アルカ!あなたは黙っていて!」
ハスクはきつく注意する。
「現状を把握することは最優先事項だ。私はきちんとした倫理に基づいて正確な答えを述べているだけだ」
アルカはハスクに訴えるが、ハスクはアルカを無視した。ハスクは震えて泣いているリーネを抱きしめ、頭を撫でながら、優しく諭した。
「リーネちゃん、怖くないよ。アルカお兄ちゃんは、とってもいい人よ。私たちの食事も用意してくれたの。彼が無表情なのは、人見知りで照れ隠しをしているだけなのよ」
ハスクは論理とは真逆の優しい嘘でリーネの心の不安を解消させた。アルカは自分のプロセッサに、『人見知り』という新たな現象がインストールされたことを記録する。リーネが泣き止んだので、ハスクは優しく問いかけた。
「リーネちゃんは冥府の洞窟って聞いたことがある?」
ハスクはリーネが知っているはずがないと思いつつ尋ねる。
「聞いたことないよね」
しかし、ハスクは嬉しい誤算が生じた。
「冥府の洞窟は知らないの。でも、妖精さんの洞窟なら知っているの!」
リーネの言葉に、アルカの青い瞳が激しく光を放った。
「貴様、妖精の洞窟について知っていることを全て話せ」
アルカの冷酷な表情と冷たい口調を聞いたリーネは、反射的にまた泣き出した。ハスクは無言でアルカの腕を強く掴み、きつく注意する。アルカは腕を掴まれたことに反応せず、静かに言った。
「感情に左右されることは、真実を遠ざける不合理な行為だ」
ハスクがリーネを十五分ほどあやし、リーネに笑顔が戻ると、ハスクは口を挟まないようアルカに目配せをした。
リーネは笑顔を取り戻すと、ハスクにこの町に古くから伝わる伝承を語り始めた。
「この町から大きな山をこえた場所にね、七色に輝く湖があるの。その湖の中心には、小さな島があって、その島には真っ白なお墓みたいな石碑があるの。その石碑には、誰も読めない変な文字が書いてあって、その文字を読み解いてくと、妖精の住む洞窟に行くことができるの」
ハスクは息を飲んだ。リーネが語る伝承は、自分たちが発見したエルフの里への通路の描写と酷似していた。石碑、奇妙な文字、そして妖精。アルカはリーネの言葉を最後まで遮ることなく聞き終えると、冷静に結論を導き出した。
「次の道標は、その七色の湖だ」




