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【魔力ゼロ】と嘲笑されて男爵家を追放された私。――実は、この偽りの世界を修復する『古代の究極魔法』を使える唯一の器でした。  作者: ノンカロリー


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空の器を満たす温もり

 ハスクは瓦礫の山の中で座り込み、思考を完全に停止させていた。彼女の目の前に広がっているのは、至高の国アルスの軍隊がもたらした焦土の風景だ。鼻腔に残る焦げ付いた肉の異臭、瓦礫の山、そして目の前で吐き出した嘔吐物の残骸。彼女は、長年慣れ親しんだ抜け殻(ハスク)の状態に戻っていた。


 アルカはハスクの隣に静かに立ち尽くしていた。彼の青い瞳は、ハスクという【器】が極度の精神的負荷により稼働を停止したことを分析していた。


「行動不能。生命維持プロトコルの危機」


 アルカはそう分析しながらも、ハスクを見捨てなかった。彼は夜通し町を探索し、状況を分析するとともに、2人のために清潔な水と僅かな食料を探し出した。


 リーネは、自分の命を救ってくれた恩人が動かなくなった理由を理解できない。それでも、彼女はただ、自身の母の温もりを思い出すように、ハスクの身体に小さくしがみつき、静かな涙を流していた。


 夜が明け、昇ったばかりの朝日が、崩壊した街並みに不釣り合いなほどの光を投げかける。


 ハスクは目を覚ましたが、その瞳に景色は映らない。脳は思考を拒み、体は行動を拒む。彼女は、その極限の精神状態の中で、ただ一つ、強く、しかし確かな温もりだけを感じ取っていた。


 その温もりは、ハスクの脳の最も深い部分にある、封印された古い記憶を呼び覚ました。それは、母の温もり。


 ハスクの母は、男爵に無理やり嫁がされた美しい零落した旧家(きゅうか)の令嬢だった。その美貌と魔力に目をつけられた母は、貧しい家庭の犠牲となり、父に奪われた。しかし、生まれてきたのは、老婆のような白い髪と禍々しい赤い瞳を持ち、魔力のない忌まわしい少女ハスクだった。


 父ギルバートは激高し、ハスクを屋敷の倉庫に閉じ込めて恥を隠した。母は、父の目を盗んで、幼いハスクに会いに来てくれた。母に抱かれている時だけが、欠陥品と呼ばれたハスクにとって、唯一暖かく幸せな時間だった。


 しかし、母は妹リリアを出産した後、ハスクが病死したことにされたショックと、無能な父の代わりに領民を助けようとした過労がたたり、半年のうちに病で命を落とした。母は、父の欲望の犠牲者となった。



 ハスクは、その温もりの正体が、無垢な寝顔を見せるリーネの抱擁だと気づいた。抜け殻に戻ったハスクの空の心に、リーネの無垢な生命力が、失われたはずの愛情を注ぎ込んだ。しかし、ハスクの脳裏に町の惨劇が襲い掛かる。


(私がリクトの玩具になっていれば、この町は平和だった……)


 この罪悪感がハスクを深く苛む。しかし、アルカの冷徹な分析が、その感情を打ち砕いた。


(お前の存在がなくても、毎日多くの人間が自分の欲を満たすために犠牲になっている。この町の惨劇は、うっぷんがたまった兵士がストレスを発散しただけなのかもしれない。真実を見極めろ)


 ハスクは、過去の記憶と現在の惨状を重ね合わせた。父ギルバートが母の自由を奪い、領民の平和を奪ったように、この国は欲望と偽りの正義によって成り立っている。ハスクが自首したところで、この偽りの世界が改まることはない。


 ハスクの心に、一つの確かな決意が生まれた。それは壮大な使命ではない。リーネは全てを失った。この無垢な少女だけは、何があっても、この残酷な偽りの世界から守り抜く。その強い守護の感情こそが、ハスクの思考を再起動させた。彼女の脳を覆っていた重い霧が晴れ、赤い瞳には再び、強い輝きが戻ってきた。



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