見せしめの町
「私の名前はリーネなの」
少女は小さな声で答えた。
「私はハスク、彼はアルカよ」
ハスクは名を告げると、アルカを指さした。
「無表情で言葉にはトゲがあるけれど、とても頼りになる人よ」
アルカは、感情を持たぬ瞳でリーネとハスクのやり取りを観察していた。彼の生体プロセッサは、この地で何が起こったかという情報を最優先で求めている。アルカはぶしつけに質問した。
「この地で何が起きたのか、説明しろ」
リーネはアルカの氷のような声と威圧的な態度に怖がって、再び泣き出した。
「アルカ!」
ハスクはすかさずアルカを睨みつけた。
「そんな態度で接するとリーネちゃんが怖がるのは当然よ。アルカは黙っていて」
「現状を把握することは最優先事項だ」
アルカは冷静に反論する。
ハスクは「はいはい」とアルカの言葉を受け流すと、再びマナで人形を作り出し、人形が喋っているようにリーネに話しかけた。
「アルカお兄ちゃんが怖がらせてごめんね。でも、私たちはここで何が起きたのか知りたいの。リーネちゃん、何か覚えている?」
ハスクは優しく問いかける。リーネは人形を見て気持ちが落ち着いたのか、震えながらもゆっくりと話し始めた。
「なにもわからないの。お母さんがベッドの下に隠れているように言ってたの。私はお母さんの言いつけを守って、ずっと家のベッドの下で隠れていたの。凄い音がしたの。知らない人が何か叫んでいたの、私はすごく怖かったの」
少女は懸命に、覚えている断片を述べる。
「怖かったね。もう大丈夫よ」
ハスクは優しくリーネを抱きしめた。
「まったく無駄な回答だ。そんな回答では何も情報は得られない」
アルカが再び口を挟んだ。その言葉に少女はまた震え出した。ハスクは人形を操りながら、続けて問いかける。
「具体的に何を言っていたか、少しでも覚えているかしら?」
リーネは小さく身を縮めた。極度の恐怖は、人間の脳から不快な記憶を消去させる自己防衛機能を持つ。リーネは、あの夜の男たちの声を、自分の意識の奥底で必死に拒絶し、封じ込めていたのだろう。ハスクの優しさに触れ、心がわずかに解放されたリーネは、目を閉じて悪夢の断片を探るように記憶を辿った。まるで水面に浮かぶ小さな泡のように、一つの言葉が、彼女の意識の底から静かに浮かび上がってきた。
「……『コイツを知らないか』と、お母さんとお父さんに聞いていたの」
アルカの瞳が光を帯びた。
「その言葉は非常に意味があり、貴重な内容だ」
アルカは即座に分析結果を導き出す。
「その言葉が導き出す答えは、誰か人を探していた。そして、その人物はハスク、お前だ」
アルカは冷徹に状況を繋ぎ合わせた。
「リクトが死んで一週間。貴様の姿も消えた。リクトの死体は見つからないだろうが、疑念を抱いた男爵から上層部へ連絡がいくだろう。上層部は貴様の捜索を開始したのだ」
ハスクの顔は真っ青になった。
「私は男爵家から追放されて、最下層の使用人となって存在を抹消された身よ。私なんかを探すために、町一つを破壊する必要があるの?」
ハスクの疑問は、人間としての当然の感情だったが、アルカの論理はそれを冷酷に打ち砕いた。
「貴様を探す真意は不明だ。そして、貴様を捜索するために町一つを破壊するのは、全くの無駄であり非効率だ。だが、人々に恐怖を与えるには最適だ。この町は犠牲となったのだ。この惨劇を知った他の町は、お前を匿うことはないだろう。それどころか、こぞってお前を見つけ出す手助けをするだろう」
ハスクは自分のせいで多くの犠牲者を出した事実に、深い後悔の念に苛まれた。
「私がリクトの玩具になっていれば、この町は平和だったのよ……」
ハスクはそう呟くと、男爵邸へ戻って自首することを決意した。
「それこそ犠牲となった者たちへの冒涜だ」
アルカはハスクの決断を否定する。
「お前には生きる使命と義務がある。この偽りの世界を真実の世界へ戻さなければならない」
「今の世界は偽りの平和?いいえ、この町の人は平穏に生きていたのよ!私のせいで死んだのよ。これからもっと大勢の人が殺されるかもしれないのに!」
ハスクは感情的になっていた。その感情的な姿をみたリーネは、怖くて泣き出した。
「今の貴様は非効率なことをしているだけだ。お前が捕まったところで何も変わらない。お前の存在がなくても、毎日多くの人間が自分の欲を満たすために誰かが犠牲になっている。自分を過大評価するな」
アルカは突き放した。
「この世界から見たお前は、何ものでもないただのガラクタだ。この町の惨劇は、うっぷんがたまった王国の兵士がストレスを発散しただけなのかもしれない。真実を見極めろ。自分の使命を全うしろ。ここで捕まれば全てが終わる」
アルカの言葉は、ハスクの極限に達した罪悪感と無力感を容赦なく打ちのめした。
(時は巻き戻らない。やり直しはできない。それが生きるということだ)
しかし、この町の惨劇を目の前にして、冷静な判断などできるわけがない。ハスクは、脳内の思考回路が焼き切れたかのように、決断をできずにもとの抜け殻のように考えるのを停止した。彼女は、瓦礫の山の中でただ座り込み、虚空を見つめていた。




