無作為の殺戮
二人は予定を変更し、村を出発するのは十日後に決定して、老人も快く承諾した。こうして、ハスクの十日間にわたる過酷な修行が始まった。
修行はアルカの徹底した管理の下で進められた。
午前中は、ひたすら村の周囲を走り込む基礎体力強化だ。アルカはマナによる疲労分解が可能であっても、器自身の耐久値の底上げが必要だと冷静に分析した。
「マナによる疲労分解はあくまで緊急処置。器の基本性能の向上が、運用効率の長期的な向上につながる。これは非効率な行為だが、必然である」
午後からは、マナの効率的な吸収方法を身につけるための瞑想訓練がメインとなった。ハスクは現在、意識を集中してマナを吸収しているが、それでは戦闘時に遅延が生じる。
「マナを見るのではない、感じるのだ。呼吸をするように、無意識にマナを吸収できるようになれ。これは生命維持プロトコルと同等の優先度を要求する」
ハスクはアルカの冷徹な指導に従い、四日間をこの訓練に費やした。筋肉の疲労と、集中力の消耗で、ハスクは何度も倒れ込んだ。だが、アルカは最適化プロトコルで彼女の体を回復させない、それは自己回復能力の妨げになるからだ。マナによる回復は緊急処置であり、一時的な補助に過ぎない。アルカがここまでの道のりでハスクの体力を回復しなかったのは、明確な意図があったのだ。
四日間の終わりには、ハスクは意識せずとも周囲のマナが微かに体に流れ込んでくる感覚を掴み始めていた。五日目からは、体内に吸収したマナを掌に集める集中訓練へと移行した。ハスクは現在、米粒ほどの小さな球体を作ることに成功しているが、これに一〇秒も時間を要する。アルカの目標は〇・五秒への短縮だ。
「マナの集中は、物理的な力ではない。全身に拡散したデータを、一点のプロセッサへ瞬時に移行させるイメージの速度に依存する」
これもひたすら瞑想によるイメージ訓練だった。全身に吸収されたマナを、まるで水路を閉じ、一つのダムに集中させるように、一点の掌へと集束させる。この訓練は、精神力との闘いだった。何度も失敗し、掌に集まるマナは不均一な光となって霧散した。
そして、厳しい訓練を経て迎えた最終日。ハスクは深呼吸をし、全身の意識を掌に集中させた。無意識にマナが体内に流れ込むのを感じながら、彼女は一気にそれを押し出した。バチッという乾いた音と共に、ハスクの掌には光の球体が出現した。それは、アルカが見本として見せたサッカーボールほどの大きさであり、しかも〇・五秒という目標時間をクリアしていた。ハスクは自分の成長に大いに喜び、歓声を上げた。
「やったわ!アルカ、見た!?」
しかし、アルカは冷静な判断を崩さない。
「完成度は20パーセント、マナの運用習熟には、まだほど遠いと結論づける」
ハスクは少し肩を落としたが、それでも前進した事実に満足した。アルカの分析は正しい。まだ、マナを自由自在に操れるわけではない。
「でも、馬車の中でも瞑想はできるわ」
馬車での二日間の旅路も修行の一部と定め、二人は老人に見送られながら、北の町へ向け出発した。馬車に揺られる二日間、ハスクは揺れの中でも集中力を保ち、ひたすらマナの吸収と集束のイメージトレーニングを続けた。それは退屈との戦いでもある。ハスクは少しでも変化をつけて楽しもうと、手のひらに作る球体の形をイメージで変形させるなどをして、修行に遊びを取り入れた。アルカは、その様子を無駄な行為だと分析するが、ハスクが聞き入れることはなかった。
そして二日後。
目的地である町が視界に入ったとき、ハスクは息を飲んだ。離れた場所からでもわかるほど、町は何者かによって徹底的に破壊され、略奪の限りを尽くされていた。家々の多くは焼け落ち、炭のように黒焦げの廃墟が並ぶ。ハスクは町へ入ることを躊躇い、アルカに町へ入るのは考え直そうと声を掛けた。
「他にあてはない。進もう」
アルカはすぐに、情報の調達という最優先事項に基づき、ハスクの躊躇を無視して判断を下す。馬車を降りた二人は、町の中を探索する。ハスクは鼻と口を布で覆ったが、焦げた木材と、肉が焼けたような異臭が鼻腔を刺激した。家々は焼かれ灰になり、人の姿はない。あるのは、黒く焼け焦げた死体と、遺体の一部だと思われる人体の残骸だけだ。
「うっ……」
ハスクはその光景を見て、思わずその場で胃の中のものを吐き出した。先ほどまで感じていた空腹感は、恐怖と嫌悪によって完全に上書きされていた。
「燃料を外部へ排出するとは、極めて非効率的な行為だ」
アルカはハスクの姿を見て、冷静に分析した。一方、ハスクは町の惨劇を前に、目から涙を流す。
「こんなの、ひどすぎるわ……」
アルカは感情的な反応を無視し、目の前の事実を分析する。
「町の状態、死体の状況、そして残された炎の痕跡から、この惨劇は昨日に発生したと解析される。だが、この旗の紋章は俺のデータにはない」
アルカは、廃墟の地面に落ちていた、焦げた布切れを拾い上げた。それは、赤と白で構成された紋章が半分ほど残る旗の残骸だった。その旗を見た瞬間、ハスクの顔は真っ青になった。血の気が引き、紅い瞳が大きく見開かれる。アルカは、廃墟の地面に落ちていた、焦げた布切れを拾い上げた。それは、白を基調とした生地に、金色の翼を持つ鋭角な剣と、それを囲む三つの星が半分ほど残る旗の残骸だった。
その旗を見た瞬間、ハスクの顔は真っ青になった。血の気が引き、紅い瞳が大きく見開かれる。
「……嘘、でしょ」
旗に刻まれていた紋章。それは、ハスクが暮らしていた至高の国アルスの軍隊が使用する紋章であり、ハスクも何度も見たことのある正義の象徴だったはずだ。
この町は、外敵ではなく、この国の軍隊によって破壊されたのであった。




