第五話 幻想世界の禁忌
嵐のように飛び交う砂粒に、思わず瞼を閉じた。熱風が前方から吹き荒れてきて、それを搔き消すためか、左右から冷風が送られる。集合知が気を利かせてくれたのだろう。
袖で守りながらなんとか視界を確保すると、目敏く見つけたクラクスがこちらにやってくるところだった。それを防ごうと、進路に次々とレーザーが撃ち込まれている。この砂と熱は、着弾跡から飛んでくるもののようだった。
「大人しく引き渡す気になったか?」
よく通るクラクスの声が鼓膜を叩いた。それに負けじと、アイリスの凛とした声が響く。
「冗談! 桜は渡さない!」
嫉妬でかなり怒り狂っているようで、もはや趣旨が変わっている。
(狙われてるの、あーちゃんですからねー?)
心の中で突っ込んでみるも、当然アイリスの怒りは収まらない。近くなりすぎたからか、天からのレーザー攻撃が止まる。代わりに、クラクスの進路に次々と転移門が開いていった。
「転移門開錠。今ここに来りて、我が敵を灼き尽くし灰燼と化せ。――煉獄の炎!」
「ぎゃー!」
こちらまで焼かれてしまいそうな紅蓮の炎が一斉に門から吹き出し、桜は頭を抱えてその場に蹲った。
「転移門開錠。彼の者に驟雨の如く撃ち付け、三界より駆逐せよ。――天帝の雷霆!」
瞼を貫き差し込んでくる閃光と、鼓膜が破れるのではないかというバリバリという轟音。
「嘆きの川の氷像! 銀腕の刃! 月神の矢! 凶狼の鉄鎖!」
門が開く金属音がひっきりなしに響き、アイリスの叫びが木霊し続けていた。
「あーちゃん、やりすぎー!」
流石に耐え切れなくなり制止すると、悔し気な響きのアイリスの声が聞こえた。
「どこがよ……」
はっとして視線を上げると、もう目の前にクラクスが来ていた。黄金の竜と共に巨大な鉄の鎖でがんじがらめにされていたが、パキンと音がして砕け散った。気合一つで弾き飛ばし、粉々になった金属片が落下していく。
「もう終わりか? 殺すという発言が聞こえたから、殺されに来てやったのだが?」
ニヤリと不敵に嗤うクラクス。桜は勘違いしていたのに気付いた。アイリスは怒りに任せて魔法を連打していたのではない。クラクスの突進を止められず、焦っていただけ。
「あーちゃん、村正宗!」
桜の求めに応じて、目の前に瞬時に転移門が開いた。そこから落ちて来た柄を握って引き抜きながら、前方へと走る。
「桜花一刀流秘奥義・逸姫刀閃! ダブルー!」
左右の刀でX字の形に刀閃を飛ばす。一つは竜王が噛み砕き、もう一つはクラクスが刀で受けて火花を散らす。横に流して進路を逸らすと、後方で戦闘機が何機も巻き込まれて墜落していった。
「ほぅ……なかなかやるではないか。現実世界は科学とやらに汚染され、軟弱化したと聞くが、これほどの使い手が残っているとは。久々に血が滾るわ」
「あーちゃんは、渡しません! 桜花一刀流秘奥義・水月!」
自分の攻撃はまったく効かないわけではない。その証拠に、消し飛ばしたり弾き返したりではなく、受け流した。相手がこちらを侮っている内が勝負と考え、桜は突貫する。
「ふおおおおお! 桜花一刀流秘奥義・桜吹雪ー!」
月を踏んでクラクスの周囲を回りながら、二刀流を生かした高速斬撃を全身に叩き込む。無数に発生した薄紅色の小さな刀閃が、舞い散る桜の花びらのように、黄金竜ごとクラクスを包んだ。
「ぬ……こ、これは……」
流石に一振りの刀で捌き切れる量ではない。竜王には鱗の表面に僅かな傷をつける程度にしか効果がないようだが、クラクスには効いている。鎧に覆われていない部分の皮膚を斬り裂き、血飛沫が多数舞った。
〔桜、アホかっこいい! もっとやっちゃって。特に顔! 顔狙って!〕
アホは余計と思いながらも、アイリスの心の声での応援を受けつつピラミッドへと戻る。
「まだまだー! もういっちょ、桜花一刀流秘奥義・桜吹雪ー!」
再び水月を発動し直して、空中のクラクスに突進しつつ桜吹雪を見舞う。不利と悟ったのか、クラクスは竜を後退させた。その黄金竜の口が大きく開かれる。
「桜、任せて! 守護女神の鏡楯!」
竜の口の目の前に転移門が発生したようだった。こちらからは見えないが、恐らく魔法の楯で防いでいる。炎がそこで拡散して横に流れていき、桜には届かない。
「さっすがあーちゃん! 今がチャンス! 桜吹雪の舞ー!」
楯があるらしき場所を避けるようにして、刀閃を迂回させてクラクスを襲わせた。染井吉野のような白に近い淡い色の花吹雪は、鮮血を吸って寒緋桜のように濃い紅色に変わっていく。
「喝!」
気合と共に強烈な波動が襲い掛かり、桜は吹き飛ばされて落下した。空中でくるりと回転し、次の月の位置を調整し直すと、それを踏んで何とかピラミッドまで戻る。
「危なかったー」
そのまま地面まで墜落してしまうところだった。最軽量級の桜とはいえ、気合一つで弾き飛ばすとは、やはりクラクスはとんでもない化け物だと思った。
「大丈夫、桜?」
「うん。いざとなったら、あーちゃんがどうにかしてくれたんでしょ?」
「さあ、どうかしら? 本番はこれからみたい」
アイリスの視線の先を追うと、憤怒の形相をしたクラクスの姿があった。血化粧をしたかのように鮮血に塗れていたが、その瞳は戦意を失っておらず、まだまだ余裕がありそうに見える。
「おい、スタローグの者ども。そこにいるミヤマ・サクラとかいう小娘、現実世界の人間などとは嘘ではないか。有り得ぬ。このような技や術は、とうの昔に失われたと聞いておる」
自分でも少し自信がなくなってきたところを、クラクスが突いてくる。むしろ最初の攻撃で疑われなかったのが不思議なくらい。そんな桜の身元を、集合知が保証してくれた。
「桜様は、確かに現実世界から来られたお方です。この超常的な戦闘能力は、特異体故のものでございます。両手の村正宗にて、それが引き出されております」
集合知の言葉を聞いて、クラクスの眉がひそめられる。
「村正宗……だと?」
桜が書いた小説の産物だ。出所はジーラントに違いない。恐らく名前を聞いたことがあるのだろう。左手の刀を肩に担ぎ、右手の切っ先を突き付けて、桜は宣う。
「ふふふふふ、天下無双のアホの子にして、村正宗の使い手、ドラゴンハートの桜さんとは、このわたし!」
得意げな顔で大見得を切ると、特定の単語に反応して、クラクスの顔色が変わった。
「ドラゴンハートだと!? 頷ける戦闘力だ。ならば味方ではないか。まさか、邪竜神ヴァーヴェルの目覚めが近いのか? 共に来い。国に帰らぬと危険だ。者ども、戦いを止めよ! 一時停戦だ!」
予想外の展開に、桜は目をぱちくりとさせる。ドラゴンハートの名は、そんなに重いのだろうか。
「はれ? あ、あの、あーちゃん、これってどういうこと? 桜さんたち、なんか勘違いしてました?」
斜め後ろにいたアイリスを振り返り、判断を仰ぐ。彼女も珍しく目を丸くして驚きを示しており、心の声も同様だった。
〔罠……だったりしないわよね? もしかして、本当に勘違い?〕
確かに、最初に出逢ったあの甲冑男、エミルだかユミルだかだっただろうか。アイリスの力が必要だとは言ったが、何のためにかは特に触れなかった。夢幻の心臓の破壊に関する予言の話だと、こちらで勝手に解釈してしまっただけなのかもしれない。
言葉が出せず固まっていた様子のアイリスが、クラクスに向かって問う。
「ねえ、予言の刻が近いんじゃないの? 夢幻の心臓が破壊される時が?」
「む、やはりそちらの方か? ならば何故ドラゴンハートが邪魔をする。そもそもアイリス、貴様はどうして逃げ――」
突如としてクラクスの姿が光の中に消える。上空から伸びた一筋の膨大なエネルギーに呑まれて。
「あーちゃん!!」
ピラミッド目の前の地面に着弾した極太レーザーの余波で、莫大な熱を持った砂嵐が吹き荒れる。桜はアイリスを押し倒して、必死になって伏せた。再び転移門が開いて、二人を庇う様にして巨大な楯が現れる。
「どうなってるの、これ?」
「私にわかるわけないでしょ! 集合知、なぜこんなことを!?」
「そうですよ! なんでですか!?」
奇襲にしてもやりすぎだ。今、停戦しようとしていた。これでは単なる騙し討ちに過ぎない。しかも、下手したら桜やアイリスをも巻き込むような位置での攻撃。
先程集合知が寄越したロボットの動きを見て、桜は更に訳がわからなくなった。立ち上がったり、電源が切れたかのように崩れ落ちたり、また立ち上がったりと繰り返している。明らかな異常動作。
「エラー発生、エラー発生。命令系統に矛盾を確認」
「は?」
まさか、集合知まで桜を現実世界人ではないと認定してしまったのだろうか。ドラゴンハートという言葉を聞いて。その疑問は、目の前で起きた出来事ですぐに打ち消された。
「――すべてを破壊せよ」
赤いレーザーが飛んできて、集合知のロボットを貫いた。はっとして周囲を見回すと、バトロイドたちが互いに撃ち合っている。空を舞う戦闘機がその上から攻撃を仕掛け、ピラミッドをバトロイドの大群が登ってくる。
「破壊せよ。破壊せよ。破壊せよ」
ただそれだけを繰り返して。すべてとは、自分たち自身も含めた、本当のすべて。基地であるピラミッドにも攻撃して、自ら破壊しようとしている。
「あーちゃん、これ、集合知さんバグっちゃったの?」
「そんなわけない。ロボット工学三原則、第三条。『ロボットは、第一条および第二条に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない』これは、すべての条項を無視してるわ。こんな基本的なところで不具合を起こすような設定、あの匿名先生がしてるわけない」
「じゃあなんで? ハッキング? まともな敵なんていないんでしょ、この星?」
ギリっとアイリスが唇を噛んだ。血が滲み出るくらいに強く。眼には涙が浮いていて、その心の悲痛は、桜にも声となって伝わってきた。
〔匿名先生……ごめんなさい。私のせいです……〕
衛星軌道からのものか、次々とレーザーが着弾して熱い砂嵐が吹き荒れる中、アイリスは仁王立ちして叫んだ。墜落こそしたものの、あのレーザーの直撃にも耐え、こちらを見上げているクラクスに向かって。
「あなたたち、夢幻の心臓を破壊したのね! この世界を維持する力の源を! 最大の禁忌を犯したのね!」
血走った目を見開いたアイリスは、本当に射殺しかねない眼光でクラクスを睨み付けた。
「ま、待て、誤解だ。我々は何も――」
その弁解の言葉を遮るように、聞いたことのある声が響いた。
「クラクス将軍、我々の勝利です! この領域の夢幻の心臓は、このエミルが破壊しました!」
現れたのは、緑色の竜に跨った竜騎兵。最初に襲い掛かってきたエミルという男。彼が掲げる剣の先には、そのものが突き刺さっていた。丁度人の大きさと思われる、心臓が。
あの匿名小説家を殺してきたのだ。この戦いに勝利するために、ジーラントは禁忌を犯して彼の生命を奪った。スタローグ銀河を維持する夢幻の心臓の持ち主を。集合知たちを生み出した創造主を。その情熱を、魂を、破壊してしまったのだ。