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現想世界のドラゴンハート  作者: 月夜野桜
第二章 竜騎兵対超科学
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第四話 竜騎兵対超科学

 目の前にあるのは、桜が読んだことのある小説でも漫画でも、アニメや映画でも存在しなかった奇妙な光景だった。


 砂漠をびっしりと埋め尽くす、銀色に輝く無数のバトロイド軍団。その上空には、五百は下らない様々な色の羽ばたく竜の群れ。そしてその背に跨る甲冑の騎士たち。


 先頭には一際大きな金色の竜が飛んでおり、その頭部に一人の男がいた。鞍というよりは、古代の戦闘用馬車チャリオットのように立って乗る台。槍や弓、楯なども取り付けられている。通常とは異なる形状だが、単なる乗り物ではなく、自ら戦うためのきちんとした竜騎兵ドラグーンのようだった。


「我が名はクラクス。ジーラント王バートル三世より全権を移譲された、本遠征軍の将である」


 まだ顔がよくわからないくらいに距離があるにもかかわらず、朗々とした名乗りがはっきりと聞き取れた。魔法の拡声器のような仕組みが取り付けてあるのかもしれない。


「スタローグの住人に告ぐ。そこにいるアイリス・ウォーターズを名乗るジーラント国民、及び同行者の引き渡しを要求する。応じない場合、実力行使をさせてもらう」


 敵の狙いはやはりアイリス。桜のことは名前で呼ばなかった。当たり前かもしれないが、そもそも認知されていないのだろう。いきなり攻撃してくることを恐れていたが、このクラクスと名乗る将軍は、そこまで無茶な人間ではないようだ。


「ロボット工学三原則、第一条。『ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない』この条項に従い、貴殿の要求を拒否させていただきます」


 集合知のものか、砂漠にアナウンスが響き渡った。クラクスはまだ動かず、理知的な表情のまま返す。


「第二条とやらは、『ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない』だったな? ならば、人間である我が命ずる。我が国のドラゴン、アイリスを引き渡せ」


 アホの子が考えたジーラントの国民だから頭悪いのかと思っていたが、桜が知らないことまで知っている。しかも駆け引き上手。人間が人間以外の引き渡しを要求するという形にした。しかし集合知も負けておらず、的確に反論する。


「『ただし、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りではない』と条項にはございます。また、そもそも貴殿は人間とは認められません。幻想世界ファンタジアにおける架空の存在。ここにいらっしゃる本物の人間、深山みやまさくら様の命令にのみ従います」


 突然話を振られて、挙動不審になる桜。集合知のロボットがいつの間にか後ろに来ているのに気付いて、そちらを振り返った。右手で指を差し、左手を腰に当てながら宣う。


「ではでは、この桜さんが命じます。あーちゃんと桜さんを守ってください!」


「かしこまりました。専守防衛に努めるということでよろしいでしょうか?」


 うんうんと桜は首を縦に振った。実は四字熟語の意味を正確に知らないので、戦ってくれなかったらどうしようと思いつつ。


「本物の人間……とな?」


 ばっさばっさと黄金の竜が舞い降りてきて、その頭部をドームギリギリまで近づける。桜の身長の三倍くらいに口を開けそうな大きさ。ドームに守られ、数メートル距離が空いているにもかかわらず、思わず後ずさりしてしまうほどの大迫力。


 その上の戦車に乗ったクラクスは、声の印象通り二十代後半くらいと思われる若い男だった。灰色の長髪を風に靡かせ、精悍ながらも眉目秀麗。翡翠のような澄んだ瞳が、鋭い光を放ちつつ桜を射抜いていた。


「ミヤマと言ったか? 貴様、現実世界人なのか?」


 深紅の瞳で睨み返しつつ、アイリスの前に立ち塞がって指を差して強く言う。


「よくわかんないですけど、なんか桜さん神様みたいなんで、帰るよう命じます!」


 クラクスの眉間に皺が寄り、その瞳に炎が宿ったように見えた。


「自ら神を名乗るとは、傲岸不遜極まりない。成敗いたす!」


 言い終わる前に桜は振り向いて、アイリスを押し倒すようにして伏せた。その背後で目も眩むような火花が飛び散る。クラクスが抜刀と共にドームに向かって斬り付けていた。莫大なエネルギーが無数に分かれて、電流のように表面を走って拡散していく。


「敵対行為を確認。迎撃を開始します」


 万を超えるバトロイドたちと千を超える戦闘機が一斉に動き出し、赤や緑のレーザーが雨あられと竜騎兵ドラグーンたちに降り注ぐ。クラクスの元にも火線が集中したが、黄金の竜の鱗はレーザーなどものともせず、焦げ跡すらついていない。


「ふん、なかなかに丈夫なようだ。――者ども、あの障壁を発生させている装置がどこかにあるはずだ。探し出して破壊せよ!」


 号令を出しつつクラクスが離れていく。顔を上げた桜は、驚くべき光景を目にしてしまった。右手の刀でレーザーを弾き返しているところを。


「なんなんですか、あれー!?」


 光の速度で飛んでくるはずのレーザーを刀で弾き返す。流石アホの子の産物の所業。思わず叫ばずにはいられなかった。


「あなたも出来るんじゃないの、あれくらい?」


 何食わぬ顔で言うアイリス。自分が逸姫刀閃いっきとうせんの主人公と同じ強さだとしたら、出来てしまうのかもしれないと桜は思った。何故なら、光速の斬撃同士で撃ち合うのだから。実は光の速度に対応可能とかいうアホ設定になってしまっていたことを、今更ながらに痛感した。そりゃ誰も読まない。


「えっと……とりあえず、どっかシェルターとかに隠れた方がいいんですかね?」


 集合知が寄越した案内役と思われるロボットに訊ねる桜。返ってきたのは意外な答えだった。


「いえ、こちらでご観戦ください。発生装置は、当然バリアの内側にございます。破られるような状況になりましたら、どちらにいらっしゃっても同じでございます。戦況をその眼で確認しつつ、いざというときには速やかにご脱出を」


 判断に迷ってアイリスの方に視線を送ると、デッキチェアに掛けてネクタイを結んでいた。


「あまりいい趣味ではないけど、殺さないように注意してくれてるみたいだから、提案に従いましょう。相手の能力を知っておいた方がいい。この先やり合うことになるかもしれない」


「じゃあ、そうしますか」


 桜もデッキチェアに腰掛け、アイリスに倣ってブレザーを羽織った。鎧のようなものが欲しいところだが、バトロイドたちが易々と斬り裂かれている以上、この領域リージョンの物では役に立たなそう。アイリスの強い妄想で出来たブレザーの方がマシかもしれない。


〔本当、アホの子パワー恐るべしね……〕


 心の声に反応して、思わず頷いてしまうところだった。まさに恐るべし。竜騎兵ドラグーンたちはバトロイドからのレーザー攻撃を全く意に介さず、空を飛び回る戦闘機を追いかけて、竜のブレスで破壊するのはもちろん、剣の一撃で叩き落としていた。


 特にクラクス将軍の能力は凄まじく、奥義逸姫刀閃いっきとうせんに似た閃光を放つ一撃は、地上のバトロイドをまとめて数百体は薙ぎ倒している。一分もかからず万のバトロイドを屠っているようで、他の竜騎兵ドラグーンはおまけと思えるほど、圧倒的な力を誇っていた。


 乗っている黄金の竜も、その巨体は伊達ではないよう。ブレスの一撃で砂漠が融けて、溶岩のようになっている。もし戦力の補充がなければ、一騎でこの惑星を占拠出来そうだった。


 しかし、その力をこのドームには向けてこない。アイリスが傷付くと困るからだろうか。この戦いを見る限り、先程の一撃はどうもかなり手加減していたように思える。本気を出せば、無理やり破れるのかもしれない。


「そうだ、桜。竜騎兵ドラグーンと戦うことになった場合だけど、出来ればドラゴンはあまり傷つけないで欲しいの。その……同族だから」


 申し訳なさそうに上目遣いで見ながら頼んでくるアイリス。気持ちはよくわかる。もし逆の立場だったらと考えると、当然の話。


 しかも竜たちは、古代竜の盟約ドラゴン・サーヴァントの魔法で制御されているだけで、必ずしも望んで戦っているわけではない。


「うん、そうします。角折れば飛べなくなりますよね、多分?」


「そう。ジーラントのドラゴンなら、片方折ればまともに飛べなくなって、空中戦は出来なくなる」


 桜の小説の設定通りらしい。飛び回る竜の角だけを狙うのはなかなかに難儀な話だが、乗り手自身を叩き落したり、鞍を壊したりなど、他にも無力化方法は多数ある。その時々で、一番簡単な戦法を取ればいい。


 とはいえ、戦闘を見ている感じでは、当分出番は来ない気がする。このスタローグのロボットたちは強い。ジーラントとは方向性が違う強さ。アイリスが選んだこの領域リージョンは大正解。勝てないが負けない。そう思えた。


「どうぞ。予定を変更しまして、こちらをご用意させていただきました」


 集合知操るロボットが押してきたカートを見て、桜は瞳を輝かせた。


「おにぎりですー!」


 跳び上がるようにして立つと、カートまで駆け寄った。そこに並ぶ艶の良い海苔を巻いた三角おにぎりを眺める。ご丁寧に日本語のプレートが付いていて、具が何なのか書いてあった。


「桜様のご出身地の文化を調べましたところ、戦時にはこのおにぎり、あるいは、おむすびと呼ばれる料理を食すと出てきました。成分を調べての合成であることをお許しください」


「ぜんぜんオッケー! めっちゃおいしい!」


 早速頬張りながらそう答えたつもりだったが、口の中に入れたまま喋ったので、何を言っているのか自分でも聞き取れていなかった。めっ、とばかりにアイリスが後頭部を小突く。取り皿に二つ載せると、元のデッキチェアに戻っていった。


 桜もそれに倣って、食べかけのを口に咥えたまま、三つ追加で皿に取ると席に戻る。今度はきちんと飲み込んでから、集合知に頭を下げた。


「ありがとうございます! 残りはお昼? に食べるので、冷蔵しておいてください!」


「かしこまりました。最適温度も調べてありますので、そのように致します」


 頭を下げると、すいーっとまたピラミッドの中に消えていく。


 戦況の方はというと、攻撃面ではやはりジーラント軍が圧倒的。というより一方的。下級兵士と思われる小さな竜騎兵ドラグーンには、流石に多少のダメージがあるようだが、防御力の高そうな大きな竜騎兵ドラグーンが地上からの攻撃を防ぐ楯となり、うまく連携して守っている。


 空からの攻撃が防ぎにくく厄介と思っているのか、動ける竜騎兵ドラグーンたちは主に戦闘機を叩き落とすことに専念している。地上はほぼクラクスの独擅場。一騎当千どころか、一騎当億ぐらいの強さを発揮していた。


 そうしてバトロイドは次々と破壊されていくものの、ピラミッドから無限沸きとも言える形で登場して、ずっと砂漠を埋め尽くしたまま。戦闘機も遠くから続々と増援が到着し、数が減ることはない。


 敵にダメージを与えることは出来ず、攻撃も防げないが、ヒットポイントは無限大といったところだろうか。延々と終わらない戦いに見える。しかし、異世界とはいえこれは一応現実。スタミナというステータスも存在する。ジーラントのスタミナは確実に減っているはずだった。


「現状、バトロイドも戦闘機も、増産能力は追いついております。破壊されたものを回収してリサイクルもしておりますので、物資が尽きるまであと十年以上は戦えます」


 集合知の説明に出た数字に、桜はあんぐりと口を開けて驚きを示した。十年。これは勝ったも同然。人間も竜も、そんなに連続して戦い続けられるわけがない。


「他の兵器は投入しないの?」


 アイリスの指摘で、バトロイドと戦闘機しか戦っていないのに気付いた。宇宙戦艦などもいたはずなのを思い出す。


「これは防衛戦でございます。過剰な火力は必要ありません。駆逐が目的であれば投入致しますが、少々お見苦しい光景をお見せすることになるかと」


 人が死ぬ場面を見せたくないのだと悟った。集合知は感情がなさそうで、実際には理解している。それを超越した先にいるのかもしれない。


「計算では、現状の兵器のみのままで防ぎ続けることが可能でございます。相手は幻想世界ファンタジアの存在とはいえ、一応生物の括り。我々ロボットとは異なり、疲れて消耗し、いずれ撤退せざるを得なくなるでしょう」


 集合知の意見に同意して、桜は強く首を縦に振る。今映画鑑賞気分で眺めていられるのは、人も竜も死にそうにないから。血飛沫一つ飛んでいない。巨大宇宙戦艦が下りてきて、彼らを消し飛ばすところは流石に見たくない。


 人の幻想から生まれた存在とはいえ、実際に生きている。アイリスだってそうなのだ。あの温かさも、優しさも、愛情も本物。生まれたきっかけが違うだけで、確かに一個の生命なのだ。


「甘く見ない方がいいわ。これが全軍とは限らない。先遣隊に過ぎないのかもしれない。あのクラクスって将軍が乗ってる金色のドラゴンは、竜王ギィーヴェル。竜皇や竜帝はあの十倍強いし、竜神は千倍」


(設定がアホ過ぎますね……誰でしょ、考えたの)


 若さ故の過ちは認めたくない。更に上に邪竜神とかいう設定もあったりして、などとは口が裂けても言えない。


「竜王……個体数八との情報発見。少なくとも、この八倍の戦力までは存在可能性ありと判定。もう一体来た場合、地上戦力の補充は追いつかない計算になります」


「でしょうね。ちなみに、戦場を宇宙に移した場合どうなる?」


「彼らが宇宙空間でも同様に活動可能と仮定しますと、八体すべてを同時に相手取るには、惑星破壊装置か、ブラックホール発生器を持ち出すしかないかと。流石にそれは避けたいところでございます。早々にお帰り頂くことにいたしましょう」


 話が馬鹿馬鹿し過ぎて、どうでもよくなってきた。桜はデッキチェアに寝転がり、ゆっくりと瞼を下ろした。やっぱりこれ、長い夢見ているだけだと考えようと。


「最適な戦術をシミュレーション中。クラクス将軍を倒せば、敵は戦力の七十パーセントを消失し、撤退せざるを得ないと判断。最小限の犠牲で終わらせることにしましょう。集中砲火開始」


 バチバチとドームの表面が弾けて、桜は慌てて瞼を上げた。砂が大量に飛んできている。視線を下ろすと、天から幾筋もの光が降り注いでいた。味方のバトロイドや戦闘機ごと飲み込み、砂漠に大穴を空けている。着弾の跡は、真っ赤な溶岩のように融けていた。


「うひょー、あれ当たったら、どう考えても死んじゃいますよね」


 流石に弾くことは敵わないのだろう。クラクスは機敏に避けて逃げ回っていた。味方に被害を出さないようにか、一人離れていくのはとても潔くて好感が持てる。しかし、当たるのは時間の問題と思えた。


「勿体ないですねー。好みの感じのイケメンなのに」


 そう感想を漏らすと、背後から凶悪な言葉が聞こえてきた。


「殺す。私がこの手で殺す」


 恐る恐る振り返ると、アイリスの表情は至って冷静だった。しかしその氷青色の瞳は、絶対零度に凍てついているように見える。


(あ、地雷踏んじゃいました……)


 時既に遅し。アイリスは腕を組んで仁王立ちすると、見るだけで殺せそうな視線でクラクスの姿を追いながら、平静な声で集合知に命じた。


「このドーム開けて。レーザー当たりそうもないし」


(開けちゃダメ、開けちゃダメ、開けちゃダメー!)


 口に出して言うとアイリスの怒りの矛先がこちらに向きそうで怖くて、心の中でだけ必死に繰り返す。その願いも空しく、集合知は最悪の答えを弾き出した。


「シミュレーションの結果、勝率の大幅アップを確認。ドーム、開放いたします」


 淡い虹色の光が消えて、熱風と一緒に砂が吹き込んできた。もう止めることは不可能に思える。連れ去られないよう、妨害するしかない。珍しく桜の方が、アイリスのサポートに回らざるを得ないようだった。


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