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現想世界のドラゴンハート  作者: 月夜野桜
第四章 現想世界のドラゴンハート
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第一話 以心伝心

 再び無音と化した、完全なる暗闇の中を漂う桜。その頭の中には、昨夜のアイリスの顔がずっと浮かんでいた。正確にはそのごく一部。焦点の合わない至近距離に伏せられた、銀色の睫毛。


 そっと右手の指で唇に触れる。柔らかい感触が、生々しく甦った。もしかしたら、幼い頃にもあったかもしれない。子供の戯れ。結婚式ごっこをしたような気もする。アイリスはあの頃から本気だったのだろうか。


 昔から精神年齢は高かった。実際に高いのだろう。竜としての生は、人間としての見た目の年齢よりもずっと長くて。だからいつも、桜を的確に導いてくれたし、恋愛感情も大人のものだったのだ。


(あーちゃん……ごめんね……)


 こんなことになるのなら、アイリスの求めに応じておけば良かったと後悔した。彼女は知っていたのだろう。予言で破壊される夢幻の心臓ファンタジオンの持ち主は、桜だと。


 きっとどこの夢幻の心臓ファンタジオンなのかまで、予言にあったに違いない。そう考えないと、アイリスはもちろん、レイアムやジーラント軍の動きが説明出来ないのだから。


 最後の晩餐。あれは桜のためのもの。朝食もそう。桜の好みを、強く反映していたような気がする。


 そしてあの口付けと、その後に期待していたであろう愛を確かめ合う行為。永遠に失ってしまう前に、すべてを奪いたかったのかもしれない。


 あのラブコメ領域リージョンに桜と閉じこもったのも、本当は隠れるためなどではなく、少しでも長く一緒にいたかっただけなのかもしれない。だからあの場所の時間の流れは、とても速かった。


 どうしてもっと早く気付かなかったのだろう。自分も夢幻の心臓ファンタジオンの持ち主であることなど、自明の理であったというのに。


 ジーラントに最も大きく影響を与えているのは、桜自身。ドラゴンハートの伝説も、古代竜の盟約ドラゴン・サーヴァントの魔法を使った竜騎兵ドラグーン部隊も、桜の書いた逸姫刀閃いっきとうせんに出てくるもの。


 クラクスは、ドラゴンハートは味方だと言っていた。邪竜神ヴァーヴェルの話をしていた。ジーラントは間違いなく、桜の妄想から生まれたか、それが寄り集まって元の領域リージョンを変質させ、強化してしまった世界。


 それなら、桜が死ねば、ジーラントは弱体化する。スタローグでロボットたちにエラーが発生し、同士討ちを始めたように、竜騎兵ドラグーンもクラクスもおかしくなるか、弱くなる。


 やはり、大人しくレイアムの言う通りにするしかない。少なくともアイリスは、それで助かる。アイリスのためになら、この生命を捧げることに、何の躊躇いもない。


 ふと、先程のレイアムの言葉を思い出した。夢幻の心臓ファンタジオンを誰がどういう理由で、どう破壊するかというのは、予言には含まれていないというもの。ならば今ここで、自ら命を絶っても良いのではないだろうか?


〔駄目よ、桜。今あなたが死んでも意味がない。予言ではユーロスで破壊されることになっているでしょ?〕


 聞こえたのは、アイリスの声。心の中に直接響いてくる。何もない空虚な世界の中で、周囲を必死に見回して、愛する者の姿を探した。


「あーちゃん? どこ?」


〔今助けにいくわ。チートスキルで模倣しただけの、猿真似の古代竜の盟約ドラゴン・サーヴァントになんていつまでも縛られない。私が弱っていたから効いてしまっただけ。古代竜の盟約ドラゴン・サーヴァントは、格上の相手には効かないって設定でしょ?〕


「そう……ですけど……」


〔なら簡単に破れる。あなたの妄想によって強化された私の方が格上だもの。そして何より、私のあなたへの愛の力の方が、圧倒的に強い!〕


 それは一筋の光。パンドラの箱の底に残るのは、いつだって希望。この崩壊した領域リージョンの、すべてが失われた世界にすら、きちんと残っているのだ。再び幸せを掴み取るための、希望の光だけは。


 桜は眼を瞬きながらそれを見ていた。ほんの僅かだった輝きが、世界を満たしていく様を。何もない虚ろな空間に生まれた金属の門は、ギシギシと音を立てて広がっていった。


 そこから出てきたのは、もちろん桜にとっての幸せの象徴。永遠とも思える時間の中、ずっと自我を支え続けてくれた、桜の守護女神。


「あーちゃん!」


「桜!」


 一緒に暗闇の中を落ちながら、強く抱き締め合った。互いの存在が本物であることを確認したくて。幻ではないと実感したくて。頬を摺り寄せ、髪を撫で、その温かさと柔らかさを味わい続けた。


「どうして?」


 しばしそうしていてから、やっとのことで桜は口を開いた。アイリスも鼻を啜ってから、涙声で答える。


「あなたが死んでも、何も解決しないもの」


「違う、そうじゃないの。どうして死のうと考えたってわかったの?」


 アイリスは桜の顔を見つめて、ニッと笑う。唇を動かさないまま返事をしてきた。直接心の中に語り掛けることで。


〔心の声が聞こえるのは、あなただけじゃないのよ? 私にも、あなたの声が聞こえるの〕


(そう……なの?)


 桜も心の声で返事をする。アイリスは悪戯っぽく笑った。


 言われてみれば、心当たりがなくはない。アイリスは、まるで心が通じているかのように、桜の望むことをしてくれていた。ずっと一緒にいて仲が良いから、自分が単純だから読まれているのかと思っていた。しかし違ったのだ。本当に心が通じていたのだ。


〔あなたの恥ずかしい妄想も何もかも、全部知ってるわよ?〕


 すべて筒抜け。あんなことやこんなことも。自分ですら忘れてしまいたいようなことまで知られている。ぼしゅっと音がした気がして、また寒緋桜カンヒザクラへの改名を考えたくなるほど、全身を真っ赤に染めた。


(く、黒歴史は、二人だけの秘密ってことで……)


〔ピンク歴史もね?〕


(ぎゃー! それ、幻想世界ファンタジア桃色面ピンクサイドに堕ちて、発禁処分ですからー!)


 その後は、物理的に声を出して笑い合った。二人で落ちながら腹を捩って、暴れるようにして大笑いしまくった。物理的な耳も、心の耳も、共に鼓膜が破れてしまいそうなほどに。


 こんなに楽しそうに笑うアイリスは初めて見た。こんなに感情を表に出したアイリスは初めて見た。それが喜びと幸せであったことに、桜は安堵した。哀しみや怒りは、少しだけでいい。人生のほんのスパイス程度で。


「さあ、脱出しましょう。ここの時間の流れはとても不安定みたい。あなたの心の声が伝わる速度が酷くぶれていた。助けに来るのが遅れてごめんなさい」


「ううん。いいの。ちゃんと来てくれたから。あーちゃんは、いつもポンコツ桜さんのことを助けてくれる。大好き、あーちゃん!」


 アイリスと強く抱き締め合いながら、桜は新しい転移門ゲートの中へと落ちていった。光の世界へと繋がる希望の門の中へ。


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