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現想世界のドラゴンハート  作者: 月夜野桜
第三章 夢幻の心臓争奪戦
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第四話 桜花爛漫

 とろーりと蕩けた黄色いチーズが、ふわっと半熟卵を包んでいる。スモークサーモンっぽい何かを間に挟んで載せられた、イングリッシュマフィンのようなパンを手に取る。あーんと大きく口を開いてがぶり。


(ふおおおおお! さっすが宮廷料理人さん。このエッグベネディクト最高!)


 幸せと一緒にもきゅもきゅと噛み締めつつ、心の中で叫ぶ。桜たちに出された朝食は、やはりエッグベネディクトとダブルコンソメスープ、それから季節の野菜のサラダだった。レイアムが予言の回避を試してみたのかどうかは知らない。聞かない方が身のためだと思った。


「手掴みとか、はしたねーな、アホの子は」


 相変わらず口の悪いレイアムを見ると、桜と大差ない。フォークを逆手に握って突き刺し、肘をついて寄りかかりながら齧っている。美幼女台無し。見た目は可憐なロリなのに、アイリスが何の反応も示さない理由がよくわかる。


「まーいい。ゆっくり眠れたか?」


「おかげさまで。夢の世界で夢まで見ちゃいました」


 実際には朝方まで眠れなかった。その後も夢を見てすぐに起きてしまった。どんな内容かは、誰にも言いたくない。


「昼飯は軽めに、速めに済ませろ。あと、十二時までには身体をほぐしておいてくれ」


 レイアムの言葉を聞いて、ナイフとフォークを使って上品に食べていたアイリスの手が止まる。不審げに眉をひそめて訊ねた。


「十二時から何をするの?」


「宣戦布告状が届いている。十二時までに夢幻の心臓ファンタジオンを引き渡さない場合、攻撃開始するとさ」


「げっほげほ……」


 余りのことに、まだ噛み砕いていないものを飲み込んでしまい、喉に詰まらせて胸を叩く。アイリスがすぐにミルクのカップを取ってくれて、呼吸を落ち着けながら流し込んだ。


「そんなもん持ってねーって送り返したが、流石に信じちゃくれなかった。ま、実際オレの目の前にあるんだから、そんな嘘は通用しないだろうがな」


「戦いは避けられないってことね……」


〔決断の時、なのかしら? どちらについたとしても、過程が変わるだけ……〕


 心の声でもレイアムの言葉を否定していない。やはりアイリスがこのユーロスの夢幻の心臓ファンタジオンの持ち主なのだろう。そしてレイアムもそれを知っている。


 思えば最初からずっとアイリスが追われていた。あの元飼い主のエミルは、アイリスに拘っていた。もう一度やるのだ、夢幻の心臓ファンタジオンの破壊を。ここでアイリスを殺すことで。


(やっぱり、わたしが守らなきゃ。運命なんて変えられる。出来ると思えば出来るのがこの世界!)


「おかわり!」


 白い目で眺めるレイアムを無視して、桜は給仕の女性に皿を差し出した。今のうちにたっぷりとエネルギーを蓄えなくてはならない。その代わり、昼食は消化の良いものを少しだけ。それが激しい運動の前の定石。




     §




 時計の短針は、もう天頂に近い方向を差していた。長針がほぼ真左。桜はアイリスと二人、あてがわれた支度室を後にした。


「お前らそれで戦うのかよ?」


 扉を開けると、レイアムが壁に寄りかかって待っていた。当然のように服装を指摘してくる。急遽用意してくれた鎧を勧められたのだが、敢えて制服のままでの戦いを希望して断った。


「わたしはドラゴンハートの桜さん! 可愛い制服で戦うJK剣士!」


 腰に両手を当て、無い胸を張って宣う桜。アイリスの心の声での突っ込みが聞こえた。


〔あなたまだJCだけど。まあ、制服は一応高校のだからいいのかな〕


 なんだかんだで制服を選んだアイリスも、現実世界ではまだ中学三年生である。そもそも幻想世界ファンタジアの竜なので、実年齢十五歳かどうか怪しいものだが。二人ともラブコメ世界で確かに高校入学まで生活した。JK剣士を名乗るのに充分。――と思うことにした。


「はっ、その強い妄想力は、その制服を実際に最強の防具にしちまうだろーよ。この幻想世界ファンタジアっつーのは、そーゆーもんだ」


 またアホだのなんだの馬鹿にしてくるかと思ったが、レイアムはむしろ感心したように笑う。


「ふふふふふ、桜さんのアホの子パワーは無限大ですから!」


 くるりと回ってから、びしっと一本指を天に突き立て、おどけてみせる。ちらりと視線を送ると、どこか不安気に硬い表情をしていたアイリスが微笑んでいた。


〔桜、だから大好き。アホかっこいい〕


 とびっきりの笑顔を返しながら、桜はもう一度問う。既に何度目かわからないが、どうしても納得いかないから。


「あーちゃん、ホントに戦うの? どっか隠れてるか、他の領域リージョンに行ってた方が……」


「そんなに迷惑? あんまり役に立たないかもしれないけど、一緒に戦わせて。私がいないと、自力で村正宗むらまさむねも用意出来ないでしょ?」


「でも、先に村正宗むらまさむねだけ出してもらえれば……」


 なおも食い下がって上目遣いで見上げると、その頭目掛けてびしっとチョップが飛んできた。


「あなたが私を守りたいのと同じ以上に、私もあなたを守りたい。二人で力を合わせれば、あの邪竜神ですら倒せるって言ったのは誰?」


 どうしても引き下がる気は無いらしい。そもそも逃げ回るだけで済むのなら、アイリスは最初からそれを選んでいただろう。


 予めマーキングした場所以外には、狙って転移門ゲートを開くことは出来ないと言っていた。しかし領域内のどこでもいいのなら、行ったことのない場所にでも転移門ゲートを繋げられる。相手にも同様の能力者がいたとしても、探すのに時間がかかる以上、そう簡単には捕まらない。


 しかしずっと逃亡生活になる。ひと時も心が安らがない人生など御免だと思ったから、アイリスは立ち向かうのだ。ならば、一緒に決着をつけるのが、桜の務め。


「なら倒しちゃいましょうか。邪竜神ヴァーヴェルを!」


 得意げな顔でそう宣言すると、レイアムがジト目で睨んでくる。


「物騒なことゆーな! あんなもんまで本当に来ちまったらどーすんだよ? ユーロスの危機どころか、幻想世界ファンタジアごと吹っ飛びかねねーぞ」


「逆に考えるのです。桜さんもそれくらい強いと!」


 やれやれ、とだぶだぶのローブごと両手を開いて呆れるレイアム。そのままテラスに向かう廊下を歩いていった。後を追いながら桜は考える。


 レイアムの反応からすると、邪竜神ヴァーヴェルも実在する。


(来ちゃったらどうするんですかねー?)


 人に制御出来るわけがないが、そもそもこの侵攻が邪竜神の意思だったとしたら、来てしまうかもしれない。もしそうなったら自分のせいだと思い、視線を泳がせ挙動不審になる桜。


「どうどう。落ち着きなさい。無鉄砲なのがあなたのいいところなんだから、どんと構えてなさい」


 そう言ってアイリスが頭を撫でてくれるが、無鉄砲なのは別にいいところでもない気がする。まあとりあえず、落ち着いたほうがいいのは確か。桜は歩きながら深呼吸を繰り返した。


 テラスに出ると、湖の上空に竜騎兵ドラグーン部隊が展開済みだった。先頭にいるのはもちろん、黄金の竜王に乗ったクラクス将軍。


 全体の数はスタローグでの戦いの時より増えているが、竜王クラスの他の竜騎兵ドラグーンというのは存在しないか、動員されていないようだった。


 一方、味方はというと、テラスには十数人しかいない。後ろを振り返って見上げても、弓兵が塔から狙っていたりはせず、人の姿はない。よく考えてみれば、ここに来るまでの城内で、誰も見かけなかった気がする。


「えっと……あの、味方って、これだけ?」


 ジーラント兵の方が圧倒的に強いと聞いていたのに、数までこんなに少ないのでは、太刀打ちしようがないと思える。桜は戸惑いを隠せず、辺りをきょろきょろと見回しながら訊ねた。一方レイアムは、さも当たり前かのように、落ち着いた表情で堂々と答える。


「一般兵は無駄死にするだけだから、全員退去させた。城も街も空っぽだから、安心して戦え。こいつら十二神将だけが共に戦う。心配すんな、全員チートスキル持ちだから、かなりつえー」


 ついには自分でチートスキルなどと言い出した。とはいえ、レイアムらしい判断とも思える。危険は自らが引き受け、国民には被害を出さない王。聖典に少々興味が沸いた桜だった。


 しかし、何か違和感がある。もしやと思い、人数を数えてみた。


「あの……十三人いるんですけどー!?」


 もしや敵のスパイ!? と身構えるも、レイアムから返ってきたのは、意外なような、お約束なような答え。


「一人多いけど気にすんな。この影がウスィーのは、たぶん作者に存在を忘れられた奴。四番が二人いるだろ?」


 よく見ると鎧に番号が彫ってあって、Ⅳが二人いる。自分の作品でもやってしまっていないか、桜は心配になった。


「ちなみに、一番つえーのは、このウスィー奴だから。どうもそれが話題になって、現実世界では一番印象が強いらしい。ネタにされまくった挙句、一番信仰を勝ち得て、この幻想世界ファンタジアにおいてはオレとタメ張るくらいに強い」


(あ、そういうのなんですねー。これもアホの子パワー恐るべしってやつ)


 とてもためになる話だった。創作の上での反面教師というわけではなく、この戦いを生き抜く上において。やはりこの幻想世界ファンタジアにおいては、心の強さこそが力を決める。ネタだろうとアホだろうと、突き抜けた人間が一番強い。


「さて、コメディシーンはもう終わり。十二時になるわよ」


 アイリスの言葉通り、城の塔に取り付けられた時計の秒針が間もなく天頂を差す。カチリカチリと進んでいき、昼を告げる鐘が鳴り響いた。戦いの合図でもある。


「時間だ。全軍攻撃開始。城は派手に壊すなよ? 夢幻の心臓ファンタジオンが中にあっても困る」


 クラクスの号令と共に、竜騎兵ドラグーンたちが左右に分かれ、城を取り囲むように降下してきた。


 また何か違和感を覚えた。クラクスは、夢幻の心臓ファンタジオンが城の中にあることを心配している。今目の前にアイリスがいるにもかかわらず。


(もしかして、特定出来てない……?)


 いや、それよりもう一つ別の違和感。城ごと破壊出来れば、ジーラントにとっては願ったり叶ったりのはず。何故そうならないように注意せねばならないのか。


「おい、百合百合JKコンビ。あのクラクスは、お前ら二人に任せていいか?」


 桜の思考を遮るようにして、レイアムが声を掛けてきた。


「代わりに雑魚は全部任せろ。オレは広範囲魔法の方が得意。十二神将じゃクラクスには傷一つ付けられねー。お前も単体相手のが得意だろ?」


「ま、まあ、そうですけども……」


「なら分断するぜ! 絶対障壁・マグナスの壁!」


 レイアムが伸ばした両手それぞれから、水色に渦巻く魔力の壁のようなものが伸びていく。地面から天高くまですべてを遮る二つの光に挟まれて、一本の道が出来た。そこにいるのは、桜とアイリス、クラクスの三人だけ。


 左手の刀を肩に担ぎ、右手の切っ先を突き付けて、桜は声高く宣った。


「昨夜お風呂でちゃんと首を洗いましたかー? 二人掛かりは卑怯だと思いますけど、そっちだってドラゴンに乗ってるんだから、いいですよね?」


 クラクスは嬉しそうに顔を歪めると、堂々とした響きの声で答えた。


「無論、構わぬ。元より貴様が一人で来るようなら、こちらも下竜して戦う気であった」


 やはりクラクスは悪い人間ではない。正々堂々とした戦いを望んでいる。


「あーちゃん、こっちも竜騎兵ドラグーンになりますよー」


 敢えて無茶振りをしてみると、流石に意外過ぎたのか、眼をぱちくりとさせて呆然とするアイリス。ややあって、ボソっと呟いた。


「無理だから、それ。私、もう人間なの」


(ぐぬぬぬぬ、自由に変身出来る設定入れておけばよかったですねー)


 と後悔してももう遅い。湖の上を飛ぶクラクス相手にどう立ち回るか考えていると、意外な提案がなされた。


「そちらに異存が無いようであれば、場所を変えぬか? 空を飛べぬ貴様らには、この戦場は圧倒的に不利。かといってそこに降りては、城が消し飛ぶ。森の向こうに、おあつらえ向きの草原がある。そちらで待っているぞ」


 その場でくるりと旋回すると、クラクスは無防備に背を向けたまま、ばっさばっさと後退していった。


「罠……じゃないですよね?」


「少なくとも彼は、そういうタマじゃないんじゃないかしら?」


 アイリスと二人うんうんと頷き合う。


「じゃあ、あーちゃん、転移門ゲートを」


「だから、マーキングしてないとこには正確には開けないし、そもそも同一領域リージョン内の移動は出来ないんだけど?」


 意外と役に立たない。誰が考えた設定か知らないが、割と制限が多い。少なくとも、自分のせいではない。


 既にクラクスは対岸の更に向こうまで行ってしまっており、取り消しも効かない。かといって、水月で渡り切れるほど狭い湖でもない。


「あの、チート魔法使いさん。船とかないですかねー?」


 壁の向こうでよく見えないが、必死に戦っている様子のレイアムに、恐る恐る声を掛ける。不要になったのに気付いたのか、ぱっと壁が消えて、不機嫌そうにジト目で睨みながら言われた。


「ったく、しゃーねーなー。連続使用は出来ないから、当分手助けには行けねーぜ!」


「それで充分で……す?」


 もう着いていた。瞬間移動の魔法だろうか。流石チート魔法使い。感心しながらも、あることに思い至り、はっと横を見る。


「ふー、せーふ!」


 不思議そうな顔をしているアイリスがそこにいた。連続使用は出来ないと言うので、一人だけ飛ばされたのかと心配したが、大丈夫だったようだ。


「桜、わかってると思うけど、クラクスの方集中攻撃ね。可能なら分断する。無理でもせめて竜王を無力化出来るよう、工夫してみるわ」


「ふふふふふ、任せましたよ、あーちゃん。桜さんのことは気にせず自由にやってください。以心伝心。必ずそれに合わせてみせます!」


 互いに不敵な表情で見つめ合う。やれる気がする、アイリスとなら。


「ではでは、先制攻撃。桜花一刀流秘奥義・逸姫刀閃いっきとうせん――乱れ撃ちー!」


 はっきり言って騙し討ちに近い奇襲。しかし敵は既に草原の上空に入っている。遠慮していて勝てる相手ではないので、いきなり全力の攻撃を連発した。


 桜の光速の斬撃と共に、紅に輝く弧を描いて、刀閃が次々と飛んでいく。目敏く反応したクラクスは、自分も似たような斬撃を放って撃ち落としてきた。一撃で二つ三つを粉砕して対抗してくるも、先に動いたことと二刀流故にすぐに押していった。


「まだまだー!」


 調子に乗ってそのまま連撃し続ける。こんな時だというのに、アイリスの気の抜けるような突っ込みの声が聞こえた。


〔両手に刀の二刀流なのに、どうして流派名は桜花一刀流なのかしらね?〕


 それは無事現実世界に帰ってからのお楽しみ。そう思いながら気合で押した。


「ふおおおおお!」


「桜、ナイス! そのまま動きを制限して。転移門開錠ゲート・アンロック。奈落の底に消えなさい。技名は今度考える!」


 なかなかのアホの子っぷりのアイリス。ただどこかへ繋がっているだけなのだろう。逸姫刀閃いっきとうせんを捌き切れず降下していく竜王の鼻先に、巨大な転移門ゲートが現れた。恐らくは、それで追い返してしまう作戦。しかも竜王だけを。


 ぐっと溜めを作って、二振りの刀を両方右上に構えると、一気に振り下ろして二倍の威力の刀閃を放った。


「飛んでけー!」


 竜王は機敏に身を翻し、開いた転移門ゲートを避けた。しかし勢いは殺しきれず、枠に噛みつき、尻尾や手足を使ってしがみ付いて、飛び込んでしまうのをなんとか防いだ状態。


 動きの止まった竜の頭部にある足場目掛けて、桜の刀閃が襲い掛かる。


「ふんぬぬぬぬ、小癪なー!」


 クラクスの怒声が響いた。左手を添えて刀身を支えながら、なんとか刀閃を阻んで受け流そうとしている。


「合わせて、桜! 転移門施錠ゲート・ロック


 開いていた転移門ゲートが、竜王の鱗に擦れるガリガリとした音を立てながら無理やり閉じて消滅した。突如として支えを失った竜王は、すぐさま羽ばたき直すことは能わず、重力に引かれて急激に堕ちた。


 足場から浮いたクラクスは、踏ん張りが効かなかったのだろう。そのまま刀閃に押されて、後ろに流された。


「今がチャンス! 桜花一刀流秘奥義・逸姫刀閃いっきとうせん乱れ撃ちー! からのー、桜吹雪ー!」


 斜め後方に落下していくクラクス目掛けて、刀閃をいくつも飛ばす。宙にもかかわらず上半身の力だけで撃ち返してくるクラクスに向かって突進しながら、無防備な相手を桜吹雪のような刀閃の乱舞で包み込んだ。


「桜!」


 体勢を立て直した竜王が、主を守るべく桜に向かって大きく口を開く。


「なんの、桜花一刀流奥義・落葉らくよう!」


 轟と襲い掛かる紅焔の息を、舞い散る落ち葉のようにひらひらと躱す――ことが出来るわけはなく、くるくると回りながら無理やり突き抜けるだけになった。


「はちゃちゃちゃちゃちゃ! 焼け死ぬとこでしたー!!」


〔アホ過ぎる……危うく落ち葉焚きになるところ。それで無効化出来ると思った桜の脳みそ解剖してみたい……〕


 自分でもパカリと開いて見てみたくなった。アホやっている間に地面に無事着地してしまったクラクスが、また血化粧したかのように流血した顔で嬉しそうにこちらを見ている。


「なかなかやるな、ドラゴンハート! 我を落竜させた者は貴様が初めてだ!」


「最初にして最後にしてやっちゃいますよー! ここで二度と戦えないようにすることで!」


〔やっちゃいなさい。めっためたに。特に顔を!〕


 心の声でのアイリスの応援にも押されて、桜は全身に力を漲らせた。


「桜花一刀流奥義・飄風ひょうふう!」


 主が近くにいればドラゴンブレスは使えない。神速の踏み込みで一気に間合いを詰めた。


「からのー、究極奥義・百花繚乱ひゃっかりょうらん!」


 実質的にはただの飄風ひょうふうを連続して使っているだけ。しかし、前後左右からの高速突撃、その上二刀流の優位性を利用して、桜はクラクスを斬り刻んだ。


 一撃一撃は軽くとも、確実にクラクスの頬に傷を付け、首に、腰に、肘や膝などの鎧の継ぎ目を狙っていく。強さに絶対の自信があるのか、それとも動き辛さを嫌ったのか。全身甲冑に守られていないクラクスには、防御の薄い弱点がいくつもあった。


 それらを目掛けて、桜の光速の斬撃が次々と襲い掛かる。吹き荒れる颶風ぐふうに為す術もなく翻弄される大樹のように、ただ朱い花を散らすしかないクラクス。その様は、まさに百花繚乱ひゃっかりょうらんの名に相応しい光景だった。ただしその花は、血染めの華。散っていくのは、クラクスの生命の欠片。


「ふんぬぬぬぬ、喝!」


 速度に対応出来なかったのか、ほぼ一方的に斬られ続けたクラクスは、また裂帛の気合の波動を発した。大きく吹き飛ばされ、地面から足が浮いている桜に向かって、クラクスが両手で刀を振り上げる。


「終わりだ、ドラゴンハート!」


「なんの、桜花一刀流秘奥義・水月! からのー、今度こそ落葉らくよう!」


 次々と飛んでくるクラクスの刀閃を、月を踏みつつひらりひらりと避けていく。力めば力むほど当たらない。相手の刀閃が巻き起こす周囲の力の流れによって、桜の身体が自動的に回転して避けてくれる。


「つくづく楽しませてくれる。その名に偽りはないようだな、ドラゴンハート!」


(ドラゴンハートに拘り過ぎじゃないですかねー?)


 本人ではなく、設定を決めただけの人です、と打ち明けたらがっかりするのだろうか。ついそんな下らないことを考えてしまう。


 しかし、楽しいというのには同意だった。生命の奪い合いをしているはずなのに、異世界とはいえ本当に死んでしまうはずなのに、桜の顔にも自然と笑みが浮かぶ。


 それはきっとこのクラクスが、正々堂々とした戦いを好むからだろう。金色の竜王はただ空を旋回しているだけで、無防備なアイリスを攻撃することも、城の戦いに加勢にいくこともない。


 懸けるのは互いの生命だけ。そしてここで短い生涯を終えることになろうと、桜は引き下がれない。愛する者を守るため!


 すっと桜の両腕が下がる。切っ先は地面を向いた。刀を握った手の力を抜き、だらりと下げたまま瞼を閉じる。そして耳と肌の感覚に集中した。


「ぬ、なんだ、戦意を失ったのか?」


 これは無形の位むぎょうのくらい。千変万化にして自由自在。一見無防備に見えるものの、相手のどんな動きにも対応出来る、形のない形。色即是空、空即是色。東奔西走に有為転変。栄枯盛衰、ついでに生者必滅。祇園精舎の鐘の音が聞こえてきた。とりあえずそれっぽい言葉を心の中で並び立ててみる。


 桜の攻撃は軽すぎて、致命傷にはならない。速度では上回っているものの、このままでは先に体力が尽きる。最大の一撃を加えなくてはならない。全身全霊、自らの魂とアイリスへの愛を込めた一太刀を。それで葬り去るしかない。勝負は一瞬。


 すっすっと、眼を瞑ったまま桜は無造作に歩を進める。不審げに眉をひそめたクラクスが、その様子を探りつつ刀を青眼に構えた。


「いざ、尋常に勝負!」


 かっと眼を見開いて、深紅の瞳でクラクスを睨み付ける。もう一足飛びで詰められる距離。


「桜花一刀流最終奥義! ――桜花爛漫ー!!」


 気合と共に桜の全身に力が漲る。ゴゴゴゴゴと効果音が聞こえるほどのアホの子パワーが周囲を駆け巡り、驚きに目を見開いたクラクスが刀を握り直す。そのまま三十秒ほどが過ぎた。


 ――何も起こらなかった。


「あれ?」


 ぱちくりと眼を瞬かせる桜。クラクスも狐につままれたような顔で、こちらを見ている。


「貴様、今何をした?」


「えっと……その……最終奥義のつもりだったんですけどね? それが、その……」


〔名前だけ決めて、内容考えてない技が使えるわけないじゃない〕


 アイリスの突っ込み通りだった。具体的なことは考えていなかったので、今必死に決めて使おうとした。無形の位むぎょうのくらいからなんかすごいことをするとしか思いつかず、ヤケクソでやってみたらこの始末。


(無鉄砲なのは、いいところのはずですよね?)


 やはり駄目だったらしい。行き当たりばったりな小説は最悪。そんなにご都合主義な世界ではないらしい、この幻想世界ファンタジアは。


 カチャリ、と金属音が響く。桜を照らす太陽の輝きに一筋の影が差し込んだ。すっと持ち上げられたクラクスの刃が光を反射して煌めく。


「つまり、万策尽きて、ついでに命運も尽きたというわけだな?」


 不敵な笑いと共に、クラクスの翡翠のような澄んだ瞳に、紅蓮の炎が宿った。


(桜さん、大ピンチー!)


 振り下ろされるのが早いか、それとも落葉らくようで避けるのが早いか。もう一度、いざ尋常に勝負。


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