第二話 最後の晩餐
「やっぱここに来たか」
突然の少女の声で、哀しい想い出の世界から引き戻された。城の中から、水色の髪の美少女――いや、美幼女だろうか。桜よりも少し背が小さく、まだ小学校も卒業していなそうな年齢の女の子が出てきた。
「レイアム。スタローグは……」
振り返ったアイリスが言い淀む。レイアムと呼ばれた幼女は、身に纏っただぶだぶの白いローブの懐から、紅い宝石が散りばめられた銀の手鏡のようなものを取り出して示した。
「次元の鏡を通して見ていたぜ。あそこまでやるとは、やっぱ予言通りになるよーだな」
「そう。説明が省けて助かる。でも私はまだあきらめない」
「同感だ。さっさとやっちまえば余計な被害は抑えられるかもしれねーが、オレは気が進まねー。歯止めが利かなくなる。下手したら、幻想世界全体の危機になりかねねー」
見た目の可憐さの割に、随分と乱暴な喋り方の幼女だと思った。アイリスは親しげな様子なので、古い知り合いなのだろうか。転移門を通っていつでも来られるのだろうから、予言の回避について、よく相談していたのかもしれない。
「手を出したら、あなたでも許さないわよ?」
アイリスは何故か凍てついた視線でレイアムを睨み、低い声で脅すようにして言った。だぶだぶのローブの袖を持ち上げて両手を広げ、レイアムが答える。
「だから、オレはやらねーって。信じてくれてるから、向こうではなくこっちに来たんだろ?」
「逆に考えなさい。信じてないから、こっちに来たんだって」
「まーいい。すぐに作戦会議をすっぞ。とりま、中に入れ」
そう言ってレイアムは、裾をずるずると引きずりながら城の中に戻っていく。アイリスに並んでその後を追いながら、桜は背伸びして耳打ちした。
「ね、ね、あーちゃん。あの子誰?」
「私をドラゴンから人に変えてくれた、チート魔法使い」
くるりとレイアムが振り向いて、あどけない顔を不満そうに歪めて口を尖らす。
「チートとかゆーな! 才能だ!」
右が金色、左が銀色という、如何にも物語の中の存在らしい配色のレイアムの瞳が、桜の方を見た。ジト目に変わって、今度は桜に向かって食って掛かる。
「お前もしかして、聖典読んでねーのか? オレを知らねー現実世界人とか、モグリだな。何を隠そう、オレ様こそがこのレイアムワルト建国の王にして、ユーロス最強の魔導師、七色の魔法使いレイアム様だ!」
「は、はあ……」
どうも有名な小説だか漫画だかの登場人物らしい。自分で聖典などと呼んでいるのは、少々痛々しい。
「オレはな、こっちの世界では、オーガに捧げられる肉奴隷の家系に生まれた最下級カーストだが、現実世界では十年くらい前に運悪くトラックに轢かれて死んだエリートでな――」
〔ブラック企業からもリストラされて、再就職先も見つからず、ずっと引きこもってたエリートニートね。ついでにアラフォーおっさん〕
心の声で聞こえたアイリスの突っ込みに、桜は笑いを隠すため両手で口許を覆った。当然それが聞こえていないレイアムは、そのままべらべらと喋りまくる。
「そしたらなんか異世界転生しちまってよ、スキルガチャ引いたらSSR当たっちまって、魔法学習とかいうのが生まれつき使えたわけよ。受けた魔法はすべて吸収して、自分でも使えるようになるってやつな」
どう聞いても、何故か当たったチート能力にしか思えない。しかも見た目は美幼女だが、中身はおっさんのまま。だからこの喋り方。
「それ使って三歳にしてオーガどもを虐殺し、飼い主だった奴もぶっ殺し、奴隷を解放して英雄よ。そのままとんとん拍子に下剋上して、今はこの国の王様ってわけだ」
いわゆるざまぁ系というやつなのかと桜は考えた。十年前にもうあったのだろうか。もしかしたら、走りなのかもしれない。王様になった過程も、何故かだらけではないかと想像した。
(それにしても、設定語り長いですねー)
目的の場所にはもう着いているのだろうが、扉の前で立ち止まり、王になった後のことをまだ説明し続けている。これだけ熱く語れるということは、それだけアホの子パワーが強いということ。能力もチートだろうと運だろうと、今回はとても助かる。
「口頭じゃ語り尽くせねーな。読んでねーのなら、あとで部屋に届けさせてやんよ。本編全二十二巻と外伝七巻な。アニメ六期分のBDも用意すっか? グッズもつけてやるぜ」
「えっと……あの……一応、見させていただきます」
承諾しないと話が終わらなそうなので、桜はぺこりと頭を下げてお願いした。
〔この子絶対見るだけ。しかも表紙だけ。読むとは言ってないとか主張しながら〕
アイリスの心の声がうざったい。まあ、実際そうしそうではある。というか読まずともわかる。二十二巻も続いたということは、それだけ中身はしっかりしていたということ。
このユーロスに分類されている以上、どこかで見たような世界観や設定なのだろう。ありふれた舞台にもかかわらず、それだけ売れた。ということは、強烈な個性のある魅力的なキャラクターや、意外な展開、熱い演出や泣かせるドラマに満ち溢れていたに違いない。
ただ流行や時代性にマッチしただけでは、最初は売れてもすぐに打ち切りが関の山。二十二巻というと一昔前の作品と予想され、ライトノベルが売れまくっていたころに始まったのかもしれない。それでも、本物でないとそんなには売れない。
「そろそろ本題に入りたいんだけど、いいかしら?」
流石にしびれを切らしたのか、アイリスが催促をする。早速聖典とやらの手配をしているのか、侍女を呼びつけていたレイアムは、不機嫌そうな顔で応じた。
「そんなに焦んなよ。今すぐ攻めてくるってこたーねー。ま、とりあえず疲れてはいるだろーから、寛げ」
通されたのは、応接室と思われる豪華な内装の部屋。大きな鏡がいくつも壁面に嵌め込んであり、間の白い壁には美しい金の装飾。このレイアムの伝説なのだろうか、水色の髪の美幼女が奇怪な形状のモンスターの軍団と戦っている油彩画が、天井一面に描かれていた。
「ふおおおおお! ふっかふかー」
当然桜は歓声を上げて走り出し、トランポリンのように飛び跳ねるくらい弾力のあるソファに勢いよく飛び込んだ。
「ガキだな、まったく……ほれ、聖典第一巻」
早速一冊放り投げてきたのを受け取ると、本物の紙の文庫だった。日本語で書いてある。『転生したおっさん(中略)スローライフのつもりが最強美幼女に(以下略)』などという全部読むのが大変なくらいに長いタイトルだった。ああ、ネット小説発なのか、と桜は納得した。
(長いタイトルって、そんな昔からあるんですねー)
と妙なところで感心してしまう。ブレイクしたきっかけは、当時はまだ珍しくて、目につきやすかったからかもしれない。
それはそれとして、何故幻想世界に現実世界の書籍が存在するのかが気になった。普通に行き来可能なのだろうか。動機は異なるようだが、アイリスが同じことをレイアムに訊ねだした。
「見てたんなら知ってると思うけど、どうしてエミルは夢幻の心臓の破壊なんてことやれたの? 現実世界への転移門が偶然に開いた? それも匿名先生の近くに?」
向かいのソファに大股開きでふんぞり返ったレイアムは、侍女が運んできたカップを手に取りながら答えた。
「お前とそっくりな特異体だ。転移門を任意に開ける奴は、やっぱ他にもいやがった。見つけたのは、あのエミルっておっさんのようだ。スタローグにあれだけの大軍を送り込めたのも、そいつの能力のお陰」
やはりアイリスと同じような天賦魔術――とその領域で呼ぶのかどうかは知らないが、出来ることが一緒な人間はいたらしい。
桜は気付かれないように安堵の吐息をついた。一つだけだが、懸念が減ったから。アイリスが連れ去られることはもうない。代わりが見つかったのだから。
(あれ……でも、なんか変)
同じことをアイリスも思ったのだろう。桜が質問する前に、レイアムに向かって訊ねた。
「直接ここへ乗り込んでこなかったのはどうして? まさか……」
「たぶん、お前が心配しているような理由じゃねー。その別の能力者は、ここへの転移門を直接は開けないと、エミルが虚偽申告したから。お前を捕らえて、改めてこちらへと転移門を開かせる必要があると、クラクスに吹き込んだらしい」
「ちょっと待って。なんでそんなことする必要があるのよ?」
レイアムはすぐには答えず、受け取ったカップのハーブティー――だろうか、芳しい湯気の立ち込めるオレンジ色の液体の香りを楽しみだした。ゆっくりと一口飲み込んでから、アイリスをじっと見つめる。しばし二人でにらめっこの後、レイアムが口を開いた。
「お前、本当に自覚ねーのな。あのエミル自身の目的は、お前なんだよ、アイリス」
意味が通じていないようで、氷青色の瞳に戸惑いの色を浮かべてぱちくりと瞬きを繰り返すアイリス。それを横目で見ながら、桜もカップに手を伸ばした。薔薇のようないい香りがして、心が癒される。中身おっさんの割にはいい趣味をしていると思いつつ、口をつけた。
(めっちゃ苦……)
べっと舌を出し、ひらひらさせて刺激を逃がす。香り詐欺だと思った。味的には珈琲。桜は角砂糖をいくつも放り込みながら、まだ理解していないらしきアイリスに答えを教えた。
「あーちゃんのこと、大好きだからじゃないですか? 最初に会った時、覚えてないの相当ショックだったみたいですし、愛し合ってたとか言ってましたし」
「待ってよ、彼が知ってる頃の私って、普通にドラゴンよ? こんな美少女――って自分で言うのもあれだけど、少なくとも人間が惚れるような相手ではなかったはず」
「だから自覚ねーっつーんだよ」
大きく溜め息を吐いてから、珈琲味の何かをごくごくと一気に飲み干し、ぶはーっと息を吐くレイアム。美幼女台無しな、完全におっさんである。残念な美幼女に分類されるのだろうかと、こんな時なのに下らないことを考えてしまう。
「お前も一応特異体だ。天賦魔術を持つドラゴン自体珍しいし、それだけで言えば竜王はもちろん、竜神すら凌ぐ性能。だから、ドラゴンとしてのお前に惚れてたんだよ、あいつは。お前に跨って戦えば、全軍を任されるような将になれると思ってな」
そんなに特別な存在だったとは、桜も知らなかった。もっとも、アイリスが魔法使いだと知ってから、まだ二十四時間も経っていない気がするが。
「だからクラクスに嘘を吐いた。ユーロスに来るには、お前を捕らえる必要があるってことにした。スタローグ侵攻に使える転移門を用意した褒美として、お前をもらうつもりだったんだろ」
「私を……再び手に入れるためだけに? あんな戦いを?」
「どうやってドラゴンに戻すつもりだったのかは知らないが、お前を取り戻せば、クラクスとだって張り合えると思ったんだろ。そこのアホを殺せば、再び古代竜の盟約で従えられると考えたんじゃないか?」
自分もアホっぽいのに、アホ呼ばわりされるのは心外。と思いながらも、聞こえてきたアイリスの心の声で、それどころではなくなった。
〔ならやっぱり、全部私のせい……。最初から最後まで……〕
深く後悔している。あの匿名小説家の死は、自分の責任だと。しかしアイリスはそれをおくびにも出さず、いつもの通り本音と建前が違う薄い反応で返した。
「そう。暑苦しいのは顔だけじゃないのね」
心は泣いている。物理的な涙は必死に堪えて、氷青色の瞳を冷たいままに保って。
〔スタローグを使って巻き込まなければ死ななかった。エミルの元に大人しく戻っていれば、何も起きなかった。そもそも逃げ出して人間になんてならなければ――〕
「あーちゃん、桜さんは、あーちゃんが一緒にいてくれて幸せ!」
アイリスの心の声を遮るようにして、桜は努めて能天気な声でそう言った。
「二人で力を合わせれば、あの邪竜神ヴァーヴェルですら倒せちゃいそうな気がします! 頑張っちゃいますよー、ふおおおおお!」
心の声が聞こえていないと出来ない反応。もう、悟られてしまってもいいと思った。アイリスをこれ以上一人で悲しませたくない。その気持ちの方が強くなった。
〔ありがとう。だから大好き〕
意図は伝わったのだろう。アイリスは、今度は心の中でだけ微笑んでいるようだった。
「お前、うっせーぞ。今真面目な話してんだ!」
事情がわかっていないレイアムは、当たり前のように不機嫌になる。桜は対抗して、不敵な笑みで言い返す。
「こっちだって真面目な話してるんですけどー? ヴァーヴェル来ちゃったらどーすんですか? チート魔法で倒せるんですか? 消し飛ばされて死んじゃったあとでも、それラーニングして使えるようになるんですか?」
思い付きで言ったのだが、痛いところを突いたのだろう。レイアムの視線が泳いで、あらぬ方向を見ながら話題を変えてきた。
「そんな最悪な事態は考えないとして、まずは現実的な話をしよう」
してやったり、という顔で意地悪く微笑みながら、大量の砂糖でドロドロしてきた珈琲っぽい何かを口に運んだ。今度は甘すぎて舌を出す。
「敵には転移門を開く能力者がいる。当然向こうも、お前ら二人が最終的にはここに現れると予想しているだろう。他へ逃げていたとしても、ユーロスに攻撃を仕掛ければ、間違いなく助力に来ると判断するはず。予言の場所はここだからな」
「そうね。エミルの嘘はきっとバレるはず。直接こちらに開けることを知ったら、ジーラントは攻めてくるでしょう。手は打ってあるの?」
先程の困惑はどこへやら。得意げな顔でふんぞり返って、レイアムは言う。
「オレ様を誰だと思ってる? 既に領域内の全国家に動員を依頼した。この城で迎え撃つ。常設の転移門を守ることにはもう意味がないから、最も守りの硬いここが最適だ」
最強国家の一つだとアイリスは言っていた。こんなでも能力は本物なのだろう。他国への影響力もあるのか、それともユーロス全体を守るためだから、国家間の争いどころではないのか。何にせよ、頼もしいことだと桜は考えた。
「そうだ、予言の巫女は、あの後何か役に立つ予言をしてくれなかった?」
アイリスの質問に、レイアムは残念そうに首を横に振って答えた。
「いや、今のところ何もねー」
それから、ふと思い出したように、嬉しそうな顔に変わって付け足した。
「あ、明日のお前らの朝食は、うちの料理長が作ったエッグベネディクトと、ダブルコンソメスープだって言ってたぞ。それだけは有益だ」
(ぜんぜん役に立たない情報なんですけどー!?)
心の中で思わず突っ込む。エッグベネディクトは大好物だが、今はそんなことどうでもいい。しかし、アイリスは表情をやや和らげ、レイアムに同調した。
「そう、良かった。確かに吉報だわ」
訳がわからなくて目が点になる桜。ちらりと視線を送ってから、アイリスが解説してくれる。
「ダブルコンソメスープを作るのには何時間もかかる。エッグベネディクトだって、出来立てじゃないと美味しくないから、戦闘中に作るような料理じゃない」
頭の中でペカペカと電球が点滅した。予言が必ず的中するからには、逆に考えると答えが出る。
「つまりは、朝御飯の時間までは、襲われることはないってことですね?」
「そういうこと」
桜の方を向いて小さく頷いて返した後、アイリスは何かを思いついたようにレイアムに問う。
「ね、その予言、意図的に外すこと出来るわよね? もし別のものを食べれば……」
「あまり意味はねーな。それによって、夢幻の心臓に関する予言を外せるわけじゃあねー。独立した別の予言だからな。影響するのは、良くも悪くもモチベだけ」
「それもそうね……。予言が外れることがあるかどうか、確認出来るだけか……」
意気消沈したのか、アイリスは力なく俯いた。しかし、話を聞いていて、意味は充分にあると桜は思った。軽い気持ちで、それについて訊ねてみる。
「確認してみた方がいいんじゃないですか? 明日の朝ご飯を他のに出来るなら、夢幻の心臓の破壊だって、なくしちゃえるってことですよね?」
「アホは黙ってろ。逆に考えてみろ、逆に」
レイアムにまたアホ呼ばわりされてむっとしながらも、桜は逆に考えてみた。つまり、レイアムが別の指示をしたにもかかわらず、結局エッグベネディクトとダブルコンソメスープが朝食になってしまった場合どうなるか。
「あ……モチベ最悪。そんな簡単に変えられそうな予言すら回避出来ないんじゃ、夢幻の心臓の破壊なんて防げるわけないです……」
アホっぽくても、チート能力で成り上がったのだとしても、王は王。複数の選択肢について、先がどうなるのかきちんと考えて動いている。自分は浅はかすぎると、桜は痛感した。
「つーわけだ。で、別の観点で逆に考えてみるとな――」
「朝ご飯後に、すぐ戦闘が始まってもおかしくはないってことですね?」
先回りして桜が答えると、レイアムはニッと笑いながら立ち上がる。
「わかってると思うが、飯食わずに引き延ばしたとしても一緒だぞ。いつでも全力を出せるよう、英気を養っておけ」
それだけ言うと、レイアムはまたローブを引きずって歩いて部屋を出ていく。アイリスがここを決戦の場に選んだのも、少しわかる気がしてきた。
「桜、せっかくだから城内を少し見学させてもらいましょう。きっとあなたの創作の役に立つわ」
アイリスも立ち上がって、桜の手を取り引き起こす。
「あーちゃん……」
既に前を向いている。匿名小説家の死を乗り越えて、アイリスは先へ進もうとしている。現実世界に無事帰った後のことを考えているのだ。
(そうです、わたしもっと勉強しないと。まずはちゃんと逸姫刀閃を書き上げて、その後は匿名先生の作品を探して読むのです。あのお話の続きは、この桜さんが書くべき!)
俄然やる気が出てきて、勢いよく扉を開けて飛び出した。
「ふおおおおお! 描写の練習、しまくっちゃいますよー!」
と駆け回ったものの、やはり何か桜のイメージにある物とは違う城だった。少なくとも、逸姫刀閃を書くのには使えなそう。それでも、作家を志す者として、実物を色々と見て回りながら、文章で説明するとしたらどう書くか考えた。現実世界に帰ったら、ちゃんとした中世ヨーロッパを調べて、比較もしてみようと思う。
そんなことをしていたもので、夕食時にはもう、頭も身体も疲れ果てていた。
「お腹ぺこぺこ……桜さん、城内で行き倒れちゃいそう……」
アイリスに手を引かれながら、ふらふらと部屋へと向かう桜。その鼻がピクリと動く。
(こ、これは、御馳走のニオイ!)
とたんに元気になって駆け出すと、二人にあてがわれた貴賓室へと飛び込む。テーブルの上には、桜の語彙では描写しようもない、ただ御馳走としか言えない代物が並んでいた。
「ふおおおおお! 超御馳走!」
鶏か何かに香草を詰めて丸焼きにしたもの。ほんわりと湯気を上げるポタージュ。色取り取りの野菜を混ぜて、ジュレのようなとろみのあるドレッシングをかけたサラダ。いわゆるマンガ肉のような、大きな骨付きの肉の塊まである。
飛びつく前に振り返ってアイリスの顔を見る。優し気な微笑みを浮かべて頷いてくれた。
「いっただっきまーす!」
現実世界には無さそうなマンガ肉から頬張る。二人だけの空間のようなので、遠慮なく手掴みで。思ったより柔らかくて、ジューシーな肉汁が口の中一杯に広がった。舌を刺す僅かな辛みと、鼻に抜ける微かなスパイスの香りが心地良い。
「おいひー!」
流石王様。お金も払っていないのに、こんな豪華な食事を用意してくれるなんて。そう感謝しながらバクバクと食べていった桜だったが、ふとその手が止まる。
「ねえ、あーちゃん。これから戦争だってのに、こんな贅沢してていいのかな?」
「戦争だからこそ、よ」
珍しく自分も手掴みでマンガ肉を頬張っていたアイリスが、そう言って返す。首を傾げる桜に、理由を説明してくれた。
「これが最後の晩餐になるかもしれない。流石にお酒は控えてるだろうけど、お城のみんなにこういうものを振舞っているはず。もしかしたら、城下町の人たちにも」
桜は失念していた。ここにいる人たちは、人間だということを。
あのレイアムは、チート魔法使いだから、ざまあして喜ぶような人間かと思っていた。しかし違う。民草の心を集めるだけの気配りが出来るからこそ、王になれたのだ。
そしてここまでするということは、死を覚悟しなければならない程の戦いが始まるということ。今度戦うのはロボットたちではない。幻想世界の住人とはいえ、敵も味方も人間。
守らなければならない。アイリスの手助けがあったものの、砂の惑星ではあのクラクス将軍とも渡り合えた。自分はきっと貴重な戦力になる。
(首を洗って待ってやがるんですねー)
心の強さが力となる。幻想こそが力を生む。この幻想世界はそういう世界。勝てると思えば勝てるのが理。まさにアホの子向けの戦場ではないか。
そのためにはまず体力づくりとばかりに、桜は食べまくった。当然、後悔した。食べ過ぎで。




