とても気の利く町娘
やや悪意を込めて「商人国家」とも評されるアグリニオン国。
魔族の国から大海賊ワイバーンを通じて人間社会に流れ込む金や銀の流通を独占しようとして失敗し、その責任を誰が取るかということで揉め、半ば内乱状態になって多くの大商人が命を落とした三日間。
のちに「狂宴の三日間」と自嘲気味に名付けられることになるその事件でただひとり傷を負うことなくやり過ごし、さらに大きな商会に発展することになるカラブリタ家。
この事件で没落し、またはこの事件が没落の始まりとなった多くの大商人の関係者はのちに口を揃えてこう言った。
「……間違いなくあの小娘が大海賊に自分たちを売ったのだ」
彼らがそう言いたくなる気持ちはわかる。
なにしろその内輪揉めが始まると、部外者たちはこれ幸いとばかりに次々と騒動に参加し、大商人だけではなく今回の愚かな行為には無関係である中小の商人の家までを略奪の対象にしたにもかかわらず、評議員のひとりである十七歳の少女アドニア・カラブリタが実質的な家長となっているカラブリタ家の屋敷や店、倉庫にはまったく手をつけなかったのだから。
そして、本来見境がないはずの暴徒たちのその不可解な行動の理由とはアグリニオンに住む者なら絶対に手を出していけないことを知っている有名な黒旗。
しかも二種類。
さらに、そこには普段なら海を縄張りとしているはずのその旗の関係者とひと目でわかる者たちが戦斧や刀を持ってその周辺で目を光られるおまけまでついていた。
つまり……。
アドニア・カラブリタは事件前に知り合いの海賊を呼び寄せていた。
すなわち、あの事件が起こることを前もって知っていた。
どうやって?
いうまでもない。
事件のきっかけになった海賊たちの要求がやってくるように手配したのが自分だからだ。
だが、少女はその噂話をすべて聞き流す。
時折鋭い眼光でその相手を黙らせながら。
そして、町が落ち着きを取り戻した頃、大理石製のテーブルに並ぶ大幅に顔ぶれが変わった評議員たちを前にしてアドニアはそのカラクリの一端について説明をする。
「まあ、あれが起こることはある程度想像できました。それは私が他の評議員の前で何度も語った言葉に含まれています。すなわち……」
「成功の可否はともかくそれが露見したときには私たちはワイバーンだけではなく八大海賊すべてを敵に回し、結果としてすべてを失うことになります」
「そして、そうならぬように細心の注意を払わなければならなかったにもかかわらず、愚かなコニツァは自分たちが黒幕だとわざわざ相手に教えるようなことをやらかしたのです。当然大海賊からお返しが届く。そうなれば私たちは何をしなければいけなくなるのかはあきらかで、そこから次に何が起こるかが想像できれば私でなくても準備はするでしょう。というか、わかっていて準備をしないほうがおかしいというものです」
アドニアの言葉をすべて聞き終えると、新しく評議委員会に加わった者のひとりアイアス・キュティーラが遠慮気味に尋ねる。
「その点についてはそのとおりです。ですが、他の評議員もあなたほど早くはなかったものの、火の手が回らぬように準備はしていました。それでも、屋敷は焼け、略奪に遭いました」
「それは……」
アドニアは少しだけ笑みを浮かべる。
「危険に関する感度の違い。それと警備を依頼する相手を間違えたといえるでしょうね」
「海賊に依頼すべきだったと?」
「というよりも、アスピオ・レシムノンに私兵の手配を頼んだことが間違えだったというべきでしょうね」
「ですが、レシムノンは……」
「そう。あの男が裏で手配師をやっているのは公然の秘密でした。この町で私兵を頼むならあの男だと誰も思う。ですが、そうなれば、数や配備位置など各家の守りについてのすべての情報があの男の手に落ちることになります。そうなれば……」
「奴自身がそれを利用するということですか?」
やってきた短い問いにアドニアは頷く。
「あの男が一番手柄になりそうな部分は自らが手をつけ、それ以外は他家に高額で情報を売っていたのはあなたがたも承知のとおり。ですから、そうならないためにはアスピオ・レシムノン以外の者に警備を頼まなければならなかったのです」
「それが仕事上の付き合いのあったボランパックとワシャクトゥンというふたりの大海賊だったというわけですか?」
「そうです。もちろん私は彼らに相応の金を支払いましたが、それとともに、こうも言いました。もし、私を失えば、あなたがたも今までどおりの交易はできなくなりますよと」
「それを聞いた海賊たちが大急ぎで多数の兵を回してきたと?」
「そういうことです。そして、そのおかげで我が家だけが無事だったわけですから、本来であれば、私は大海賊に大きな借りができたわけです。ですが、そのひとことを口にしていたために、その借りは実際のものに比べてかなり小さなものになりました」
「もう二度とこのようなことに起こって欲しくはありませんが、万が一の場合は、今回のことを参考にしてください」
少女はそう言って薄く笑った。