海賊がやってくる町
魔族の王。
その地位に就いた瞬間に彼は名がなくなる。
単純に「王」、または「陛下」と呼ばれる。
もちろん記録にも、「第~代王」と記されるだけである。
理由はいうまでもない。
この世界では王といえば、魔族の王を指すからだ。
だから、その支配地域が彼らの最大版図の四割程度になり、人間の王が各地に存在している現在も魔族の国では「王」としか呼ばない。
ちなみに、魔族の国には正式な国名もない。
なにしろ、魔族にとっては自らの国とはこの世界そのものなのだから。
ただし、王都にだけは名がある。
イペトスート。
それがその名である。
もっとも、それもたいていの場合単に王都と呼ばれているのだが。
せっかくだから、ここで現在の魔族の国においてもっとも重要な町のひとつを紹介しておこう。
ペルハイ。
その拠点がつくられる際にウムハヒアから改名した王都の北西にあるこの町がなぜ重要なのかといえば、実はこの町こそ大海賊ワイバーンとの金銀貿易をおこなう場所だからだ。
つまり、魔族は南方の鉱山群からこの町に金や銀を運び込み、転移魔法でやってきた海賊は紙をはじめとした輸入品の代金代わりにそれらを受け取っているのだ。
そのため常に転移避けの防御魔法が張られている他の町と違い、ここだけは転移魔法で直接乗り込みが可能となっている。
ちなみに、海賊たちが転移魔法でやってくるというのは、海を縄張りとしている者とは思えぬ行動であるのだが、もちろんこれは現在魔族が支配している地域には氷に覆われた北方の一部を除けば海に面している部分がないからである。
これといった特徴もなく、さらに山々に囲まれているため一般的な移動ルートからもはずれ、寂れる一方だったその町。
それが密かに交易をおこなうにはうってつけだと「海賊との密会場所」として選ばれた理由なのだが、そのような重要拠点となれば当然この町は活気づく。
そして、こちらも当然のように国の内外からやって来る客や、駐留している軍人や文官たち目当てに商売をする者がどこからともなく現れる。
町の規模から考えれば、異常ともいえる大きな歓楽街が存在するのはそのためなのだが、その中のいくつかについては非公式なものではあるが、半公的な機関がスポンサーになっている。
そして、それらの資金の出どころを辿っていくとその行きつく先に待っているのはグワラニーだった。
もちろん、文官時代からこの地に出入りし、当時からここに事務所を持っていたグワラニーがその特権を利用して不正蓄財をしているというわけではない。
彼がそこで手に入れているもの。
それは彼らから得られる情報である。
もっとも、彼が手に入れたいと思っている情報のいくつかは彼個人のみに関わりがあるものなのだから、不正蓄財ではないがそれに近いものを得ているともいえるかもしれないのだが。




