貴族の誕生
第十一代魔族の王。
もともと人間である彼はさまざまな改革をおこない、人間や人間種と呼ばれる魔族の地位の向上に尽力した。
ただし、彼の施政は博愛精神に基づいておこなわれたものではない。
特にこの世界の人間に関するものについては。
なぜなら、彼はこの世界においては魔族の王。
つまり、魔族と人間のどちらか一方の生存を選ぶ場面に直面したら、躊躇いなく魔族を選択する立場の者。
当然そこにはそれなりの思惑がある。
そして、彼がこの世界の人間をどのような存在と見ていたのかを如実に表す政策のひとつがこれであろう。
貴族制度の導入。
自らの統治に協力し、功績があった者に対して特権的地位を与え、さらにそれを世襲させるこの制度が本当に有益かつ必要であると考えていたのなら、彼は自らの側である魔族にも貴族制度を取り入れていたはずである。
だが、実際には魔族の国には貴族は存在せず、今も魔族の国はほぼ完全な形での実力至上主義で成り立っている。
さらにいえば、王が自らの後継として指名できるのはその王の子以外の者と明文化されるほど魔族は世襲を嫌っている。
では、彼はなぜ自らが属する魔族が忌み嫌う世襲制度を基本とする特権階級をつくったのか。
その答えはもちろん人間社会に楔を打ち込むこと。
「人間社会において、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という爵位を持つ者は特別な地位と特権を有し、準爵の地位にある者とともに貴族とする。なお、人間のみで編制する自衛組織においてその長である者は男爵、それを補佐する者は準爵の地位が与えられる」
「その他は?」
「平民だな。農民や商人、それに一般兵士がここに入るわけだ。ただし、これは基本であり、その地域によって変更は許す。ただし、公爵から伯爵までは定員を設け、爵位を与える権利は当面私だけ持つものとしよう」
「……承知しました」
「何か不満があるのか?」
「功がある者に何かしらの報酬を与えることは理解できますが、それを子孫が引き継げるというのは……」
デメトリオ・アテンスの途切れた言葉の先にあるのは否定の内容が含まれているのはあきらか。
もちろんそれは彼もわかっている。
ニヤリと笑ったあとに彼の口が開く。
「……そのとおり。だから、我々にはその制度はない。地位とは本来その能力と働きによって手に入れるものなのだから。だが、人間という生き物は地位や名誉というものに敏感に反応する。将来まで保証するといえば、喜んで働くことだろう」
「なるほど。そういうことですか」
自らの決定に疑念を抱いた側近に対して語った彼の言葉。
もちろんその最後のものはその一端を披露しただけで、彼が狙う本丸とは違うものである。
そして、そのあとひとりになった彼が口にしたことこそ、彼の本当に狙っているものである。
「……現在は間接統治の道具だが、将来矛先が魔族に向いた時、多くの国をつくり互いに争わせることによってこちらへ向かう力を減らす横の楔を補完するいわば縦の楔となるものがこれだ。つまり、国の内部にも火種を抱えさせ国力自体を弱めるものが必要なのだが、特権階級をつくることによって、それに対して憎悪する者、そして、その特権を守ろうとする者の対立が起こる。これこそこちらの手を汚さずそれをおこなえる素晴らしい一手だといえる」
「そして、人間はその地位を得るまでは体制に対する攻撃側にいても、一旦自らがその地位に就けば抑圧側に回るのは多くの歴史からあきらか。十分に機能することだろう」
そこまで呟いたところで、彼は自嘲気味に複雑な笑みを浮かべる。
「それにしても……」
「こんなことなら、もう少し政治や歴史の勉強しておけばよかったな。それに、資料を持ち込んでおけばよかった」
「……王になるときにもう二度と向こうには戻らないという覚悟を示すため、あれを含めてすべてを処分してきたが、どうやら少し早まったかな」
「将来この世界にやってきた者たちに笑われないためにもう少しきめ細かい仕組みをつくりたいところなのだが、私にはこれが精一杯。残りは受け取ったものたちに委ねるしかない」
「ここまで用意してやったのだから、将来この制度を眺めた者に私がそう言われぬように素晴らしいものにつくりなおしてもらいたいものだな」