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アグリニオン戦記 外伝 Ⅱ  作者: 田丸 彬禰


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ブリターニャ王国第一王子の覚悟

 ブリターニャ王国の都サイレンセストから十日ほど歩いたところにある小さな町ラフギール。

 そこにある小さな酒場。

 いや。

 これは完全にこことは別の世界に存在する某国が誇る和風居酒屋である。


 そして、つい最近まで開店休業状態だったその酒場を買い取り、あっという間に別の世界の「和風居酒屋」につくり変えた張本人はフランベーニュ王国出身の若い女性。

 それから、その彼女と楽しそうに談笑しながら酒を酌み交わしているのはあたらしくこの周辺を領地としたこの国の第一王子となる。

 まあ、実際にはその隣に酔いつぶれた若い男が三人ほど転がっているのだが。


 その三人を軽蔑の眼差しで眺める女性が口を開く。


「……まったく情けないですね。ただ酒だけと言ったとたん水のように飲み始めてあっという間に眠り込むなんて。これでは勇者という肩書が泣くというものです」

「たしかに……」


「ですが、こういう状況をつくるために敢えてそう言ったのではないのですか。フィーネ」

「……ふふっ」


 男の言葉にフィーネという名の女性は軽く笑う。


「さすがアリスト。やはりファーブたちとは頭の出来が違いますね」

「お褒めの言葉ありがとうございます。ですが、実際のところ私も相当酔っていますので、やるべきことは手早く済ませて早くベッドに入りたいものです」


 ……つまり、さっさと要件を言えということですね。

 ……いいでしょう。


「戦場へ出かける前に一度確認しておきたいことがあったもので……」


「その確認しておきたいものとは私たちの目的に関連してということなのですか?」

「もちろん」

「しかも、それはファーブたちに聞かせられない類のもの」

「そうなりますね」

「わかりました」


「では、お伺いしましょうか。その質問を」


 アリストの皮肉交じりの誘いに応じるように銀髪の女性が口を開く。


「まず確認しておきます。私たちの目的は魔族の王を討伐すること。これで、よろしいですか?」

「変更した記憶はないので、一応、今でもそうなっているはずですが」

「それはそうでしょう。あれだけ宣伝して掲げた看板はそう簡単には取り替えられませんから。私が尋ねているのは看板ではなく中身の話です。今でも本当に魔族の王を討つのがあなたの目的なのですか?」

「……おかしなことを言うフィーネですね」


 女性からの詰問を軽くかわす男だったが、表情は先ほどとはまったく違う笑みのないものとなっている。


「では、私たちはどのような目的で魔族の国の王都を目指していると思っているのですか?フィーネは」

「それを尋ねているのは私です」


 ……さすがに簡単には言い逃れできないということですか。

 ……しかも、こちらは例のセイシュとやらが体中に染みわたっている。それに対して、フィーネはまったく影響なし。あきらかに分が悪い。

 ……ですが、少なくてもフィーネがこの話題を持ちだしてきた理由がわかるまではなんとか持ちこたえねばなりません。


 大量のアルコール漬けになった脳をフル回転させてようやく考えをまとめ上げたアリストが口を開く。


「……できればそう思う根拠を教えていただきたいのですか」

「いいでしょう」


「この計画を立ち上げた当初はもちろん、私が加わったときでもあなたがそう思っていたのは間違いないでしょう。ですが、魔族と戦っているうちにあなたの中にある疑問が生じた」

「その疑問とは?」


「……魔族の王を倒すだけでは何も解決しないのではないのか?」


「ということは、私も魔族の民は皆殺しにしなければならないと考え始めているということですか?諸国連合と同じように」

「いいえ」


「そういうことなら、すでにやっているでしょうね。その機会は何度もあったわけですから。ですが、あなたはそうしなかった。つまり、諸々の事情を考慮して辿り着いた結論はそれではないということです」

「ほう」


「……そして、可能性として考えられるものの材料として挙げられるのはあなたの待ち人となります」

「待ち人?つまりクアムートでノルディア軍を壊滅させた魔族の将ということですか」


 アリストの問いの言葉に頷いたフィーネはさらに言葉を続ける。


「その魔族の将はおそらく相当な策士。そして、自身のものかどうかは不明であるものの、私やあなたと同程度の強大な魔力を持っているのはあきらか。私たちの目的が王都にいる魔族の王を討伐するということであれば、一番の障害になりそうなその魔族の将は早急に排除すべき。実際に彼の存在を最初に確認できたとき、あなたはそう主張した」


「ですが、ある時点を境に、あなたは彼を避けるようになった」


「それは彼の方が強いかもしれないという恐れ。死にたくないという恐怖心かもしれません。なにしろ私が例の魔族の排除を口にしたとき彼の手元にそのような強力な札があることは知りませんでしたから」

「言いますね」


「ですが、何事も準備万端なあなたに限ってそれはない。少なくても、死者蘇生という特別な魔法を手に入れている以上、それを心配し、目的達成の必要条件である障害物の排除を躊躇することはない」

「……」


 ……沈黙ですか。

 ……アリストらしくもなく言い訳すらないとは。


 ……どうやら、私の意図を図りかねているようですね。

 ……それとも、さすがのアリストも大量の日本酒と焼酎に浸かった脳では解析不能なのでしょうか。

 ……では、こちらから手を差し伸べましょうか。


「言っておきますが、私にとっては最終的に魔族の王を討つか討たないかなどどうでもいいことです。知識、鉱物、食材。そのような興味のあるものを見つけ手に入れる。そのためにあなたがたと旅をしているだけなのですから」


「さすがに正義感に燃えるファーブたちはそういうわけにはいかないでしょうが、少なくても、私はあなたの現在の目的が何なのかを聞かしてもらえればそれでいいのです」


「そして、一応、先ほどのアリストの問いに答えておけば、あなたは魔族たちと和平協定を結びたいと思っている。そして、その和平交渉の相手は例の待ち人である。私はそう考えています」


 ……なるほど。

 ……あなたの離脱を避けるために隠していたのですが、どうやら、その必要なないようですね。

 ……では……。


「さすがですね。まあ、概ね当たっています。では、私の胸のうちを聞いていただきましょうか」


 薄い笑みを浮かべてフィーネの言葉を聞いていたこの国の第一王子はそこでようやく口を開くと、そう言った。

 そして、さらに言葉を続ける。


 自らの本心を明かすために。


「せっかくですから、最初から話をしましょう。それの方がこの話は説明がしやすいですから」


 前フリのようにそう言ったアリストは大きく息を吐き、それから、もう一度口を開く。


「私が当初懸念していたのは人間同士の諍いの間隙を縫った魔族に背を狙われることでした。ですから、私たちの行動の後に、アリターナの交渉人がブリターニャに持ちかけた大連合は望ましいものに思えました」


「ですが、……」


「戦い始めてすぐに思い始めました。魔族とは、『邪悪で残忍なだけの知性も強要もない生き物』とは違うのではないかと。そして、あるとき、それが決定的になった」


「つまり、魔族は交渉できる相手であると言いたいのですか?ですが、彼らは捕らえた者に対する選択は奴隷にするか殺すかのふたつだけ。とても、そのような者には思えませんが」


「ですが、例の待ち人はノルディアとの戦いでまったく違う方向性を見せた」


 自らの言葉の後半部分に対する愚問を口にしたフィーネの言葉に、アリストはまず答えとなる部分を言葉にし、それからさらに言葉を続ける。


「我々が人間同士の戦いでは頻繁におこなっている捕虜返還を、フィーネの言うところの『水と油』のような存在である人間に対しておこなった」


「魔族側の意思変更ということなのですか?」

「他の戦場の状況を考えればおそらくそれは違うと思います。つまり、彼は王や軍上層部の意思に反してそれをおこなっている。しかも、それをおこなっていても問題が起きない。特別な地位にあるのか、それとも余程弁が立つのかはわかりませんが」

「なるほど」


「ですが、私たちが魔族の王を倒し、王都陥落させるのとそれがどう関わってくるのですか?」


「簡単に言ってしまえば、この世界の真の平和のため。といえば、聞こえがいいのですが、もう少し本音を露わにすればブリターニャ王国のためです」

「私たちが魔族の王を倒し、王都イペトスートを陥落させることが世界平和に繋がるということですか?」

「というか、魔族の国家が残ることが、ということなのですが」


「さすがにそれは詳しく説明をしてもらわなければわかりませんね」

「そうですね。では……」


 そう言ったアリストはさらにその話を語り続ける。


「フィーネにひとつ尋ねます。この世から魔族の民をひとり残らず殺すことは可能だと思いますか?」

「無理ですね」


 即答とも言えるフィーネの言葉にアリストは頷く。


「私もそう思います。国がなくなって小集団に分裂するでしょうが、相当数の魔族がこの世界各地に残ることになるでしょう。そして、そうなるとどうなるかといえば、散発的に多くの場所で抵抗運動が起きる」


「しかも、これまでは王都という枷があったわけですが、抵抗運動を始めた彼らはその土地に縛りがない。不利になればいくらでも逃げる。彼らを殲滅させるのは容易なことではありません」


「つまり、戦いは終わることはない。しかも、そのときには旧魔族領を巡って人間同士も戦いが始まっていることでしょう。そうなれば収拾がつかなくなる」


「ですが、世界の中心に力が弱まった魔族の国があれば、魔族が一か所に集めて管理できるうえ、ブリターニャやフランベーニュとアストラハーニェがぶつかることはなくなる」

「……なるほど」


「ブリターニャやフランベーニュと違い、アストラハーニェは戦力の温存ができている。魔族の国が消えた後に起こる覇権争いの際には圧倒的有利。つまり……」


「簡単にいえば魔族の国をアストラハーニェに対する盾にしたいと……」

「まあ、そうなります。まったく身勝手な言いようですが」


「……アリストの希望はわかりました。ですが、それと私たちが魔族の王都を落とすのはどのような関係があるのですか?」

「私たちがどこの国の手も借りずイペトスートを落とせば、そこは私たちが新しい国を建国できます。そして、そこで新しい魔族の国をつくる。ただし、王は人間がおこなう」


「実をいえば、私はその国の王はホリーがいいと考えていました」


 ……ここでブラコン王女の登場ですか。

 ……男尊女卑が蔓延るこの世界では女性が王として即位するのは難易度が高そうですが、アリストは以前から彼女の能力をかなり買っているようですから、嘘でも冗談でもなく本気なのでしょうね。

 ……それにしても……。


「随分と大きな野望を隠し持っていたようですね」

「まあ、そうですね。ですが、今はその国の統治者には別の者を充てるべきと考えています」

「もしかして、待ち人?」


 フィーネの問いにアリストは頷く。


「もちろん彼がそれだけの者であればということになりますが……」


「手伝っていただくからには、新たな国が誕生した暁にはあなたにもそれなりの地位と名誉。それから莫大な報酬は用意しますよ」


 ……そんなものをいらないと言いたいところですが、そうなるとタダ働きを約束したようなもの。

 ……金にシビアなアリストならどんなに酔っていてもそういうことは忘れないでしょう。

 ……言いませんよ。口が裂けても。


「期待しています」


「もちろんそのとんでもない対価を得るために今まで通り手伝いをすることは約束しましょう」

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