コンクリートと煉瓦と巨石の話
魔族の国。
その北の要衝クアムート。
ここで造営が進む新市街地と呼ばれるエリア。
後にこの世界の建築史で語られる、「歴史上大々的にコンクリートを使用された最初の都市」という肩書どおり、このプロジェクトでは驚くべき量のコンクリートが使用された。
その時代から現在に至るまで建築という分野では常にトップを走るアリターナ王国で開発されたこの世界のコンクリート。
そのコンクリートを使ったいわば「オーパーツ」的な強固な要塞を抜くことが出来ずに敗退した魔族も、その直後捕虜から手に入れたその製造法によって同類のものがつくりだしていた。
ただし、質の問題や、より簡単かつ大量に手に入る石材という建築資材があるという理由によって、そのときまではその使用範囲は非常に限られていた。
だが、グワラニーの命によって造営が始まった新市街地は、大通りだけではなくすべての道路がコンクリートによる舗装がされた。
さらに公的な建物の基礎部分にもコンクリートが流し込まれていた。
鉄筋が入らない分、彼がいた当時の日本の基準よりもはるかに厚みを持たせて。
それだけではない。
新市街地からクアムート城を経由し国境近くににあるノルディア王国との交渉施設兼非公式な商品取引所や、反対方向へ延びる王都イペトスートに向かう道など領内の主要道路もすべてコンクリート製の舗装道路とした。
実をいえば、王都などを一部の主要都市のメインストリートを除けば、道路は舗装どころか砂利が撒かれていることも少なく、雨が降ればしばらくの間通行に支障を来たすことはごく普通のできごとであった。
もっとも、これは魔族の国だけの出来事というわけではなく、この世界の一般的なものであったので、クアムート周辺での街道整備は王都イペトスートで大きな話題となった。
悪い意味で。
つまり、為政者たちの目には、それは「悪路によって敵の足止めを図る」という公にされたその意図に反するものと映ったのだ。
当然多くの批判が巻き起こる。
「そもそも必要があれば転移魔法を使えばいい。それなのに、そんなものをつくっては、やってきた敵が容易に進軍できてしまう。つまり、それはあきらかな利敵行為である」
だが、グワラニーはそのような評判など気にしない。
……悪路で足止めできる程度相手であれば、その前に叩きつぶすから心配ない。
……私にとって民間の物流が止まる方が百倍問題だ。
……それに転移魔法をつかえるのは軍や為政者たちだけだろうが。
口に出さない言葉でそう言って軽く受け流したグワラニーだが、実は道路整備については別の計画があったことを伺えるこの時代のものと思われる彼の言葉が残されている。
「まあ、経費の点から考えれば、あきらかにアスファルトなのだろうが、ないものねだりをするとろくな結果にならないし、一からつくりだしていたらかえって金がかかる。しかも、出来上がったものの質は定かではない。ここはすでにある信頼がおける建材を使うことが肝要。軍資金はあるわけだし……」
そう。
グワラニーは当初アスファルト舗装を考えていたのである。
結局、実用化の目途が立たないために諦めることになったのだが。
さて、そのグワラニーであるが、基礎工事が終わり、いよいよ建物の建設が始まるというところで、盛大に始まった建物を建築するための資材運搬の様子を眺めながら顔を歪めていた。
隣に立つ男に不機嫌な隠さぬ表情のままで尋ねる。
「セリンゲイアス。なぜここでは煉瓦を使わず、あのような巨大な石を切り出して建材に使用しているのだ?」
そう。
主要建築物用の資材として用意されたものは、近くの石切り場から運び込まれた大きな石だった。
もちろんこの世界には転移魔法という運搬手段があるため、エジプトのピラミッドや日本の石舞台古墳に使用する石材を運搬するときほどの苦労はないのは事実である。
だが、速度と効率を重んじるグワラニーにとって、それはやはり我慢ならぬことであったのだ。
「建物をつくるにもコンクリートを使えとは言わないが、煉瓦を積み上げたほうが早く、そして、きれいに仕上がるだろう」
「まあ、それはそうなのですが……」
グワラニーの言葉にセリンゲイアスは言葉に詰まりながら、その事情を説明し始めた。
「建築を任せているこの土地の者たち職人たちが、建材には大きな石を使うと譲らなかったもので……」
「……それは余計な金を使わせたいということなのか?」
意図的に不要な手間をかけて日当払いとなっている賃金を稼ごうとしているのか?
グワラニーの言葉はハッキリとそう言っていた。
だが、怒気をはらんだその言葉にセリンゲイアスが首を振る。
「彼らが言うには、この辺は地揺れが多い。煉瓦製の建物はすぐに崩れるが、大きな石を使った建物は大きな地揺れがあっても崩れることはない。それはクアムート城とその周壁を見ればわかるだろうと……」
……私の世界では常識になりつつあった耐震に関する知識がないこの世界の建築家が生み出したそれを防ぐ手段。それが巨大石材を使用することだったというわけか。
……大きさと重さによる防御。
……そういえば、どこかの世界にもそういうものがあったな。
心の中でそう呟いたグワラニーは、五千年近く経ってもいまだ砂漠に聳える巨大建造物を思い出す。
……そういえば、王都でも古い石材建物の多くは小さなものではなく、わざわざ運搬や据え付けに時間のかかる大きな石を使用していた。
……しかも、不揃いの。
……なるほど。あれは複雑に石を嚙合わせることによってズレが生じることを防いでいるというわけか。
「ということは、木材を使用した家屋も、単に経費節減というだけではないのか?」
「そうなります。もちろん木造建築も壊れますが、煉瓦つくりの建物の崩壊時にくらべれば中の者が助かる可能性が遥かに高いという地揺れに遭った経験に基づいています」
「なるほど。では、その件についてひとつ尋ねる」
「王都であたらしく建てられた建物の多くは煉瓦を使用しているが、特別な地揺れ対策が生まれたからということなのか?」
……そうであれば、その技術はここにも持ち込まれるはず。
……当然そうではない。
……まあ、そうなれば想像はつくが……。
もちろんセリンゲイアスから返ってきた言葉は、グワラニーの想像通りである。
「いいえ。あれは単に経費削減と見栄えの良さだけで使用しているものです。まあ、最近王都は大きな地揺れに遭っていないのでそれでもいいのかもしれませんが、王都でも過去何度も大きな地揺れは起きています。そのようなものがやってきた日には小さな煉瓦を積み上げた見栄えがいいことだけが取り柄の陳腐な建物はひとたまりもないでしょうね。ということで、この地が地揺れの多いことも、それが地揺れに弱いことも知っていながら建築資材として煉瓦をするのは職人たちだけではなく私も賛成しかねます」
「……なるほど」
……こちらに来てから個別の建築に関わる仕事をしていなかったから気にしていなかったのだが、職人たちの言葉はなるほど理にかなっている。
……そして、最新の知識を持った自分がその分野についてはこの世界の誰よりも優れているというのはうぬぼれ以外のなにものはないな。
……経験にもとづいた蓄積された知識と使い込んだ技術。それを甘く見てはいけない。
「わかった」
「建築頭たちのいうことはもっともだ。予定通り巨石を使ってくれ。まあ、運搬や据え付けだけではなく、表面を仕上げるのも大変そうだが手抜きだけはしないようにしてくれ。それから……」
「石同士の接着にはコンクリートは有効だから材料費を気にすることなくたっぷりと使うようにと伝えてくれ」




