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アグリニオン戦記 外伝 Ⅱ  作者: 田丸 彬禰


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異世界からやってきた王 Ⅰ

 この世界と別の世界を行き来し、双方で莫大な利益を得ている大海賊の長バレデラス・ワイバーン。

 そのバレデラス・ワイバーンがおこなったあの日の実験の巻き添えを食って、意図せずこちらにやってきた者は最大で八名。

 つまり、バレデラス本人を含めて合計九名がこの世界に渡ってきているだろうと思われるだろうが、実はそうではない。


 ワイバーンがこの世界にやってくるために使用した転移魔法。

 彼がその魔法の知識を古書店で偶然購入した魔導書から手に入れた。

 これはあの日、実弟に語っているわけなのだが、状況を考えて嘘をつく理由がない以上、事実だと思われる。


 それから、もうひとつ事実を提供すれば、この世界でワイバーンと名乗るその男は元の世界では語学が特別堪能だったというわけではない。

 つまり、接客業という職業柄会話ならそれなりにできたが、読み書きとなった場合、それは一気に平均的日本人レベルにまで落ち込む。

 ということは、その魔導書は日本語で書かれていたという推測が成り立ち、そこからその魔導書の著者は日本人だった可能性が高いといえるだろう。

 つまり、この世界に転移した日本人はまだ存在してもおかしくないということがいえるのだ


 そして、その推測は実を言えば正しい。


 そう。

 バレデラスに実験に関わらないでこの世界に来た者は存在していたのである。


 これについては不本意な形で時空を超えてこちらにやってきたひとりであるフィーネことフィーネ・デ・フィラリオもある事実について口にした盛大なクレームのなかで指摘している。


 ただし、彼女のこの推測は、同じ場から異世界に飛ばされた場合、同じときを生きるということを前提としている。

 つまり、遠い昔にその痕跡があるということは、過去に元の世界からやってきた者がいるはずだというものである。

 もちろん彼女の論理は常識的には矛盾していないものなのだが、残念ながらそれは必ずしも正しいとはいえない。

 これはアントニオ・チェルトーザが気づいた友人の痕跡から証明されている。

 さらにいえば、そもそも異世界に飛ばされること自体が常識から逸脱しているのだから、一部分を切り抜いて常識で考えることが間違いであることを気づくべきだともいえる。


 だが、転移の仕組みについて完全に把握していないうえ、それが現在の彼女にさして影響を与えないという事実もある。

 過程はともかく「過去に別の人物もこの世界にやってきた」という最も重要な部分において正解に辿り着いていたことも含めて考えれば、彼女のこの思考結果は十分に合格点の域あると見るべきというのがこれについての妥当な評価といえるだろう。


 そして、彼女はそのときにその人物についてこのように言及している。


「この世界の理を弄る権限があるかなり地位の高い者として生きている一方で、中世ヨーロッパの歴史や仕組みについては浅い知識しか所有していない」


 彼女のこの言葉。

 それはほぼ正解と言えた。


「……王よ。王が考案し人間どもに下賜された第一言語はようやく根付いてきました。そろそろ第二言語以降も進めたいと思います」


「……ああ」


 現在の魔族の国は七十二代目の王によって統治されているのであるから、それよりも六十一代遡ることになるその魔族の王は腹心で宰相の役割を持つ部下デメトリオ・アテンスからの報告に簡素な言葉で応じた。


「それから……」

「どうした?」


 王は表情からアテンスが言い出せない何かを抱えていることに気づく。


「言ってみろ」

「実は……」


「人間どもが愚かにも自分たちの言葉にも名をつけたいと……第一言語ではなく、良き名前があればありがたいと……」

「なるほど……」


 取り立てて怒る様子もなく、王は少しと表現するには憚れるにかなり長い時間を使って考え、それから口を開く。


「……では、ブリターニャ語としよう。そして、これから使いやすいように自分たちで改善するようにとも伝えるように」

「承知いたしました。ところで、そのブリターニャとはどのような意味があるのでしょうか?」

「特に意味はない。口にしたときの響きが良いだけだ。意味のないものをありがたがる愚かな人間にはふさわしいものだろう」

「たしかに」


 アテンスを下がらせた王は心の中で呟く。


 ……相手は家畜ではなく人間。

 ……現在のような奴隷同然のような境遇を永遠に受け入れるはずがない。

 ……いずれ独立を目指し反乱が起きる。

 ……そして、それは必ず成功する。


 ……そもそもこの世界は魔族が単独で治めるにはあまりにも広い。いや。広すぎる。


 ……さらにいえば、魔族の数少なく、それに反して人間の数は多く、さらに増える一方。

 ……戦いが始まれば、個々の力の差など一瞬で埋まる。

 ……問題は人間が独立だけで満足するかということだ。

 ……おそらくそうはならない。

 ……魔族が持つすべてを奪い取り、これまでの怨念を晴らすために魔族そのものを滅ぼそうとするだろう。


 ……では、今のうちの妥協点を見出すか?

 ……そうしたいのは山々だが、王という立場でもさすがにそれは無理がある。

 ……魔族に染みついた選民意識と人間に対する差別意識は絶対に消えない。


 ……では、黙って滅びを待つのがよいのか?

 ……さすがにそうはいかない。

 ……なにしろ私はすでに百五十年魔族をやっており、王としても四十年経つ。この国に愛着がある。

 ……それにこちらにだけいる家族も守らなければならない。まあ、とにかく……。


 ……人間が一集団となって本気で戦いを挑まれたら防ぐ手立てはないが、今のうちに奴らを分割してしまえば、必ず人間同士の戦いが起き、魔族との戦いに集中できなくなる。

 ……そして、これはそのための最初の手。

 ……つまり、地域ごとに使用言語を分ければ、いずれそれをもとに集団ができるというわけだ。


 ……もちろんこれで魔族が勝利するというわけでない。勝利するわけではないが……。


 ……白でも、黒でもない、灰色の世界にはなる。

 ……そこで、何らかの妥協に持ち込む。それこそが私の望み。


 ……それと、もうひとつ……。


 ……今回の人間に言語を与え、魔族の言葉を使わせないということにすれば、こちらの情報が漏れなくなる。

 ……もちろん私の代で反乱が始まればそこまではいかない。

 ……だが、数十代先になれば、十分に効果は出ていよう。

 ……それが、私から後継者たちへのギフトだ。


 ……それをどのように活用するのか。

 ……それはそのときの王の手腕だ。


 ……さらにもうひとつの手。

 ……それは中心部から人間を排除し辺境へ追いやる。

 ……もちろんこれによって独立の機運が高まることになるだろうが、いざ戦いが始まったときに王都に転移魔法で大軍が押し寄せることだけは避けられる。

 ……少しずつ気づかれぬように準備をしよう。


 ……将来のために。


 表面上では絶対に捕えられない理由により、この世界の人間たちに独自の言語を与えた別の世界からやってきた魔族の王であるが、この世界にあったそれまでの習慣がこの男の命によって改められ、それが伝統となって現在のこの世界に引き継がれているものは実は意外と多い。


 例えばゴミ。

 別の世界にある日本という国ではありえないことなのだが、彼がこの世界に来た当初、ところかまわずポイ捨てをすることは誰もがおこなうごくありふれた行為であった。

 だが、モラルで覆い尽くされた二十一世紀からやってきた彼にとってこれは我慢ならぬものであった。

 当然彼の周囲からそのような行為はすぐに消えていったのだが、王という地位に就くと彼はそれを法として布告する。

 当初戸惑い、こっそりと反発を持つ者も多かったが、やがてそれは習慣化され、それをおこなわない者は野蛮とされるようにまでなる。

 そして、それは当時魔族の下にあった人間の間にも習慣として根付いていく。


 のちに別の世界からやってきた者たちが違和感なく受け入れたゴミ箱とそこにゴミを捨てる習慣。

 その結果として路上にゴミの落ちていない世界。

 実はその始まりは同じ世界からやってきた魔族の王にひとことだった。


 もっとも、人間世界ではそのような記述などどこにも存在せず、あくまで自らの高いモラルによってゴミの落ちていないきれいな世界が築き上げられたかのように語られ、魔族の世界でもそれは埋もれた記録のひとつとして短い記述で語られるだけなのだが。


 それからもうひとつ。

 この王の時代から始まったことのひとつに文官時代のグワラニーが不思議に思ったあれがある。


 戦場に立つのは純魔族のみ。


 この時代にはすでに存在していた人間の特徴を色濃く現した「人間種」と呼ばれる魔族。

 その彼らを戦場に立たせないという奇妙な慣習。


 もちろん彼以前にはそのようなことはなかった。

 それどころか、純魔族に比べて圧倒的に低い戦闘力しかない人間種の魔族は、囮、または弾除けとして大規模な盗賊狩りの際には便利な道具として盛んに利用、消費されていたのだが、彼はこう言ってそれを禁じる。


「日頃、我々は人間の血が入る劣等種と違うなどと威張りながら、肝心なときになると馬鹿にしていた劣等種を盾にしてその影に隠れるなど誇り高き者のやることではない」


 まずそう言い放った王は続いてこのような布告をする。


 いかなる戦闘においても戦場に立つのは上位種にあたる純魔族の者だけとする。


 つまり、人間種の魔族を戦場に立たせたいのであれば、差別をなくし同等とみなさなければならないというわけである。


 実を言えば、もともと人間である彼としてはその差別は気分の良いものではなく改善すべきもののひとつと考えていた。

 だから、そのお触れとは、本来その差罰をなくすことが目的だったのだが、結局そちらは進むことなく、現在もその命令を守ることが純魔族のアイデンティティであるかのように魔族たちは人間種を背にして戦場に立ち続けているのである。


 もし、現在の状況を彼が見たら、苦笑いし、こう呟くことだろう。


 ……これは驚き。それが純魔族にとって命をかけて守るほどのものとは思わなかったな。

 ……だが、それが彼らの選択なら仕方がない。


 ……たとえそれが原因で魔族自体が滅びることになったとしても。

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