アルフレッド・ブリターニャの最後の言葉
わずか二十一歳のシリル・ブリターニャが第六代の王になることを宣言する前日。
彼は母とともに二十六歳年上の叔父と夕食をともにしていた。
そこで彼は突如予想もしない問題を突き付けられる。
若く、そして、それ以上に血統的に王位に継ぐには濃さが足りないことを不安と不満に思う王族が多くいることはもちろん彼も知っている。
だが、それは、王太子に任じられたときからわかっていたことであり、すでにその批判を受け止める覚悟と黙らせる準備はできていた。
彼にとっての問題とはそれとは別のものだった。
「明日王都を去る」
後見人として支えてもらえると思っていた現王が突然口にした言葉。
それが彼にとっての、とても大きな問題だった。
「……爵位もない名ばかりの貧乏貴族に嫁いで勘当された母上を密かに援助し、さらに亡き父がつくった借金のカタにハムモーン幹部たちの遊び女にされかけた母上を救いだし保護していただいただけではなく、息子である私を騎士に取り立ててくださった。そして、王位まで……それに……」
「あの一件に際して、私に母上を辱めようとした無礼極まるハムモーンの幹部どもを自らの手で討つ機会を与えてくださった。大恩ある陛下を悪く言う者がいるというのなら私が必ず探し出し厳しく罰します。ですから、安心して王城にお残りください……」
涙ながらの哀願だった。
だが、薄い笑みを浮かべた彼の叔父は首を横に振る。
「私は殺し過ぎた。その私が背後にいてはシリルの治世にも傷がつく。私はここで消えるべきなのだ」
そう言ってハッキリとそれを拒絶した彼の叔父はさらに言葉を続ける。
「……シリル。まず言っておく。私がハムモーン幹部を誅したのは、愛する妹であり君の母でもあるベサニーに無礼を働こうとしたからではなく、このまま彼らの増長を放置すればやがて国家が傾くと思ったからだ」
「それから、有能な君に言う必要はないと思うが敢えて言わせてもらう。王になった瞬間、君はそのすべてを国と国民のために捧げなければならない。どのようなことが起ころうが自らの感情を王としての責務に優先させてはいけない。それは怒りだけではなく、温情や愛情というものも含まれる」
「そして、これがこれから消える私からの最後の言葉だ」
「先ほど口にした、大層な言葉にあきらかに矛盾するのだが……」
「あらたにつくった大公妃の称号を得るベサニーを大切に……」
その翌日。
ブリターニャ王国の都サイレンセスト。
カムデンヒルと呼ばれることも多いその中心にある王城。
その広い敷地の東の端に八つの人影があった。
新王の即位宣言に続き、華やかな式典がおこなわれている王宮を眺めながら、甥に王位を譲ったその男は心の中で呟く。
……向こうにあった新しい技術や知識を持ち込み、この世界の発展に貢献できれば最高だったのだろうが、残念ながら三流サラリーマンだった私にはそのようものを持ち合わせていなかった。
……それにたまたま王族として生まれ育ったものの、権力にもそれほど興味はなく、そもそも王政などというものに賛同していたわけではない。
……素晴らしい妻とかわいい娘たちがいるだけで十分。
……王になりたいなどと思ったこともなかった。
……だから、流れに身を任せて、弟たちの誰かが王位に就くのを黙って眺めるのも悪くはないとも考えた。
……だが、別の世界において多くの歴史書に触れている私は知っている。
……古今東西、宗教組織が正当な手続きを経ずに国政に深く関与した結果は最終的にはろくなものにはならないということを。
……これから起こることがどのようなものなのかを知っており、なおかつ、少しの努力でそれを防ぐ手段が手に入るにもかかわらず手をこまねいているなどできなかった。
……そして、思った。
……これが……。
……いや、これこそが私がここにやってきた理由。
……そう。私に与えられた役目なのだと。
……だから、私は自らがおこなったことはこの国を守る王として成すべきことだったと確信しているし、後悔も反省もしていない。
……それでも多くの者を殺したのは事実。そして、そのなかには殺されるだけの罪を犯していない者も数多く含まれていることも知っている。
……本来ならば命をもって罪を償うべきなのだろうが、そこまでの勇気はない。
……形式上の死と汚名。そして、歴史からの抹殺で許してもらおうか。
……それにしても……。
……美しい妻と六人の娘を持つ王が強い力を持つ宗教組織と対立する。
……なにか縁を感じるな。
……彼と。
自分と、こことは別の世界の歴史に「歴史上初めて宗教改革をおこなった者」として名を残す人物を重ね合わせ、少しだけ感傷的になりながら振り返った彼の視線に笑顔で待つ妻と娘たちが現れる。
……さて、そろそろ行こうか。