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アルフレッド・ブリターニャの真実 

 ある日のブリターニャ王国の都サイレンセスト。

 その中心の一画はカムデンヒルと呼ばれることが多い。


 王城。


 そこはそれがある場所である。

 その広い敷地の東の端にある木造家屋。

 そして、「金の胸」という魅惑的な名はついているものの、その名にふさわしいものなど欠片もないどころか屋敷とはとても名乗れぬその建物の主はアリスト・ブリターニャ。

 現在の国王カーセル・ブリターニャの長男。

 すなわちブリターニャ王国の第一王子である。


「ところで、兄上……」


 王城のものに比べればあきらかに質の悪いガラスがはめ込まれた窓から外を眺める彼の隣に立ち、そう声をかけたのは彼より十歳ほど若い女性。

 彼女は名をホリー・ブリターニャといい、第四王女である。

 そこにもうひとつ情報をつけ加えるならば、彼女はアリストと母親が同じ。

 つまり、完璧な形での妹である。


「その……」


 快活な彼女らしくなく、そこで言葉が詰まったのはあきらかにこのあとに言いにくい内容が続くことを示していた。


「ここにはふたりしかいない。言いたいことがあるのなら遠慮なくどうぞ」


 それを読み取った兄から助け船に乗った彼女は小さく頷き、それからもう一度口を開く


「兄上は、あの悪名高きアルフレッド・ブリターニャをあまり悪く思っていないようなのですが、それはなぜでしょうか?」

「ほう」


「……私がかの王を悪く言っていない?ということは、ホリーは私がこの国の民が忌み嫌うアルフレッド・ブリターニャを高く評価していると思っているのですか?同じ魔術師という理由だけで」

「い、いいえ。そのような……」


 そう言って、妹からやってきた問いをバッサリと斬り捨てたアリストだったが、すぐに自らの言葉を否定する。


「というのは、冗談です。さすがホリー。よく見ていますね。あなたの言うとおり、私は彼があそこまで言われるほど悪人だったのかは疑わしいと思っています。もちろんまったく罪がないとは言いませんし、その理由が同じ魔術師だからそう思っているわけでもありませんが」


「……その……どの辺が評価される部分になるのでしょうか?アルフレッド・ブリターニャがおこなったことのどこにも評価できるものはなさそうに思えるのですが」

「まあ、伝わる範囲ではそうですね。ですが、それが真実のすべてなのかどうかはよく考査する必要はあるでしょう。ですが……」


「それを説明するには時間が必要になります……」

「もちろん構いません。是非……」


 会話の流れだけを考えれば、ホリーの言葉にはなにひとつおかしなところはない。

 もちろん何も問題ないのだが、実をいえば、この王女ホリー・ブリターニャはいわゆるブラコンである。

 それもただのブラコンではない。

 その後に何度か顔を合わせているフィーネが、初めて見た瞬間こっそりと「これこそ完璧なブラコン娘だ」と呟くくらいにその香りを全身から漂わせている、見本のようなブラコン王女なのである。

 そして、その対象とは、目の前にいる兄アリスト・ブリターニャとなる。

 つまり、説明に長い時間が必要ということは、大好きなお兄ちゃんとそれだけ長くいられることと同義語。

 しかも二人きり。

 断る理由などどこにもない。

 それどころか、これ幸い。

 たとえ、この後どのような行事があろうが、彼女の答えが変わらなかったのは間違いないところであろう。


「では……」


 だが、他のことは過去から未来まで見通すような素晴らしい洞察力を持ちながら、意外にもその方面だけがまったくダメな兄は、妹の思いにまったく気づかず、表面上の事実だけを掴み取ると、そう言って、少しだけ表情を硬くした。


 これから口にすることがどのようなのかを予告するかのように。


 アルフレッド・ブリターニャ。

 ブリターニャ王国第五代目の王である彼は、この国において忌まわしき存在として歴史に名を残している。


 魔術師でもあった彼はそれを駆使して悪逆非道のかぎりを尽くしたとされるが、その様子はこの言葉によって表される。


 身分の上下に関わらずブリターニャ国民に等しくもたらされた大いなる災い。


 そして、それは彼が王位に就いた日から始まり、彼を討った甥であるシリル・ブリターニャが次王に就くまで続いた。


 これが公的にも発表され、多くの国民が信じているストーリーである。


「……つまり、あの話は間違っていると……ですが、そうであれば、それに関する反論的な話も残っているのではないでしょうか?」

「たしかに。普通はそうです」


 ホリーが挙げたもっともな疑問をあっさりと肯定するアリストだったが、言葉はそこでは終わらない。


「そこがこの話の奥深いところといえるでしょうね」


「つまり、その部分は権力と時間で隠された」

「それをなぜ兄上は……」

「王になる資格を持つ者だけが見ることができる本があるのですよ。魔族にあるという同種のものをまねて始めた『王史』という名の歴代国王の業績を記した公的記録。それを眺めて王になる者は祖先の失敗を繰り返さないように政治を進めるのです」

「なるほ……」


 ……ん?


 納得しかかったところで、ホリーの頭にある疑問が浮かぶ。

 それはすぐに表情に現れる。

 その表情を掬い上げるようにアリストが言葉を続ける。


「そういうことで、その本は、本来王太子に叙せられた者だけで目にできるものなのですが、緩いものではあるもののその禁を破ってまで王は敢えて私に見せた。ホリーはその理由がわかりますか?」

「見せたのだから、王にならなければならないぞ。つまり、王になってくれという意志表示……」

「まあ、そういう意図がまったくないということはないでしょうが、それ以上に、王には別の目的があったと思われます」

「といいますと?」

「私以外の者、つまり弟たちの誰かが王になった場合の保険。責務を果たさない者が背負わされる義務ともいえるのかもしれません」


「つまり、万が一の場合には、王になる気がない私にアルフレッド・ブリターニャが演じた役割をおこなえということです」


「どういうことでしょうか……」

「それは……」


「宗教弾圧」

「宗教弾圧?」


驚く妹の言葉に頷いたアリストはさらに言葉を続ける。


「まあ、現在の状況ならそのよう蛮行をおこなう必要はないでしょう。ですが、今後もこのまま進むのかは怪しい。王はそう思っているのでしょう。そういうことで、ここからはきれいごとではない話になるわけですが、まずは前提条件を確認しておきます。わざわざホリーに尋ねる必要はないのですが、一応聞いておきましょうか。諸国と同様ブリターニャでも信仰するものに制限が加えられていません、この国における主要宗教とは?」


「信仰対象で分ければ、太陽信仰。月信仰。星信仰。それから大地信仰です」

「そうですね。ちなみにホリーはどこに属しますか?」

「私は……」


 ……兄上信仰。


 すぐに浮かんだブラコン少女らしいその言葉を飲み込み、顔を真っ赤にしながら口にしたのは……。


「特にないですね。その代わりにどの宗派の行事にも王の代理で参加しています」

「私もないですね。そして、現在の王も同じです。ついでに言えば王位を狙う愚弟たちも父王からの命によってそうしているはずです。ですが……」


「彼らの後ろ盾になっている貴族はどうでしょうか?」


「……なるほど。そういうことですか」


 そこまで説明されれば、王の懸念は理解できる。


 王の次男ダニエルを擁するランゴレン侯爵家は代々この世界の言葉ラームと呼ばれる太陽を信仰する宗教と深いつながりがあることは有名である。

 さらに、その対抗馬とされる四男ファーガスと姻戚関係にあるウフスリン侯爵家に至っては大地信仰を旨とする宗教組織ゲイブの頂点にある。

 そして、それはアリストとホリー、ふたりの実弟ジェレマイアの義理の父となる予定のドルランログ伯爵家当主クリフォードは、最近信者を増やしているという月信仰の組織コンスウから軍資金を得て次の王太子を決める王族会の参加者に金を配りまくっているという噂がある。

 つまり、この三人の誰かが王になった暁には関りのある宗教が力を持つのは避けられない。


「ですが……」


「歴代の王のなかにも特定の宗教を熱心に信奉していた方もいらっしゃるでしょう」

「まあ、いたでしょうね。それでも、自らが信じるものよりも王の責務を優先した。つまり、自制心のある王だった。ですが、その自制心を弟たちに期待できるかといえば……」


 ……たしかにあの単純な性格では難しいかもしれません。ですが、現在も信じていないものに力を入れるといってもたかが知れているのではないでしょうか。


「……そうなった場合にどうなると考えているのですか?陛下は?」

「特定の宗教を国教にする企てが進む」

「国教?」

「国が指定する宗教で、その国ではそれ以外の宗教を信じることを禁止するというものです。そして、ブリターニャ王国のすべてのことが国教となったその宗教の教義に則ったものとなることです」


 ……それが本当になら、そもそも三人の貴族が後継者候補に近づいたのは偶然ではないのかもしれない。


 顔を歪めるホリーにトドメを刺すようにアリストは内容にはまったくふさわしくない軽やかな表情でそれを口にする。


「ちなみに、王になるように呟きながら私のもとに足しげく通う貴族の方々の多くはもうひとつの宗教集団の関係者らしいですよ」

「なんと……」


 ホリーは小さく呻く。


 ……そうなると、彼らの本当の目的は安い特権拡大などではないように思えてきます。

 ……たしかに王の懸念もわかります。

 ……自分が存命中はともかく、その後に待っているものはろくでもないものだと。

 ……特に兄上以外の三人の誰かが王になったときには。


 ……ですが、そうであっても、その掃除を兄上に押しつけるのは納得いきません。


 だが、彼女はその不満を口にすることはない。

 口を開いて語ったのはそれとはまったく違う話だった。


「なるほど。事情は理解できました。ところで……」


 ホリーが指摘したのはアリストの説明に出てきたある言葉についてだった。


「初めて聞きましたね。その国教という言葉とその趣旨は。もしかして、それは兄上がつくられた言葉なのですか?」

「いいえ。ただし、あまり使われない言葉であるのはたしかです。なにしろその言葉をつくり、最初に口にした方は闇に葬られていますから。つけ加えれば、実は遠い昔にそうなりかけたことがあったのです。この国は」


「そして、それを阻止したのがあのアルフレッド・ブリターニャなのです」


「……ですが、アルフレッド・ブリターニャは熱心に太陽を信仰していたはずですが……」


 少しよりもずっと長い時間を使い、考えをまとめていたホリーが口にしたのはよく知られている事実である。

 もちろんアリストもそれに同意する。


「そうですね。そして、王位に就いたとたんに彼を支援していた太陽信仰教団ハムモーンの弾圧を始めたということになっていますね」

「違うのですか?」

「いいえ。この部分に関しては正しいと思います。ただし、表面上のことですが」


 そう言ったアリストは一度ホリーに目をやり、それから外を眺めながら言葉を続ける。


「つまり、すべてが計画的だった。実際のところ、彼は第一王子でありながら王太子に選ばれない可能性が高かった。その理由は彼が太陽信仰者ではなかったからです。まあ、彼の場合はどの宗派にも儀礼以上には関わらず、基本的には興味がなかったようですが。そして、それがその時に生きた。王太子になるために一計を案じた彼はある妥協案をハムモーンの最高権力者である大神官長アレクシス・ラアアデルに示した。それは……」

「……太陽信仰の国教化」


 ……さすがホリー。


 心の中でそう呟いたアリストはそこから始まるさらにどす黒い事実を語る。


「もともとそれが目的で動いていた相手は大喜びで第四王子から彼に乗り換えた。実をいえば、当初数と金の力で押し切ろうと考えていたものの、自分たちの傀儡である第四王子が三人の兄よりも王位継承権上位になる理由が見つからず彼らも苦慮していた。こうなったら邪魔者を物理的に排除するしかないと考えていたところにやってきた第一王子からの提案ですから当然そうなります。そして、ハムモーンの神輿に乗り王太子の地位を手に入れ、さらにもう一段階高い場所に登ったアルフレッド・ブリターニャはその座を手にしたとたんに豹変した」


「ということは、アルフレッド・ブリターニャは後援者を騙したということなのですか?」

「形のうえでは。ですが、アルフレッド・ブリターニャに言わせれば、そもそもの前提がおかしいわけです。なにしろ彼は第一王子。しかも、排除されるような失態をしていないうえに弟たちは自分の上位にいくだけ秀でているわけではない。というよりもはるかに凡庸。ただし、弟たちは自分とは違い有力宗教の信者ではある。それだけの理由ですべての資格を有している自身が王太子に任じられないなど彼でなくても納得できないでしょう」

「……たしかに」


「ついでにいえば、この当時最大宗派であるハムモーンは圧倒的な発言力を持ち、内政から外交、果ては素人にもかかわらず軍事にまで介入していたのですが、ついに王位継承にまで口を挟み始めた。しかも、父王はそれに抗することができない。まともな感性と知識、それから常識を持ちあわせた正当な後継者でもあるアルフレッド・ブリターニャにとってどれもこれも我慢にならないことだったでしょうね」

「では、他の宗派と手を組むというのは?」

「結局同じこと。即位に際して恩を売った形となる宗教組織は必ずそれに対しての報酬を要求する。そして、この当時の宗教組織が目指していたものとは……」

「その国の宗教の頂点に立つということですか?」


 アリストは妹の言葉に頷く。


「そして、最終的には現在ハムモーンが手にしている権益を手に入れること。それに対してアルフレッド・ブリターニャはといえば、自分の使命は宗教組織から余計な権益を取り上げることだと考えていたわけですから、絶対にそういう選択肢にならない。もっとも、私なら、宗教組織同士を戦わせ弱ったところを叩くという手を使ったでしょうが……」


「……アルフレッド・ブリターニャはなぜそこまで宗教を憎んでいたのでしょうか?」

「別に宗教そのものを憎んでいたわけではないでしょう。残された彼の言葉には『宗教とは心の安寧をもたらすもの。宗教に根差した日常は人間に深みを与え、人生を豊かにする実にすばらしいものだ』というものもありますから。おそらくですが、彼は私などよりずっと信心深かったと思いますよ」

「では……」

「何かを信仰することは悪くないが、宗教が権力と結びつき守備範囲外の場所にまで影響を与える力を得ることはあってはならないというのが彼の考えだったようです」


「そして、その言動と結果だけを考えれば、彼にとっての敵とは、魔族でもフランベーニュでもなく国政を壟断する宗教組織だった」


「ついでに言っておけば、国教という言葉をつくりだしたのは彼アルフレッド・ブリターニャです」


イアリスの大虐殺。


 王都から徒歩で向かえば五十日ほどかかる星信仰教団ヌウトの聖地イアリスで王に反旗を翻し立て籠もったヌウト信徒約十二万人と、それを討伐するブリターニャ王国軍二十八万人の戦い。

 アルフレッド・ブリターニャがおこなった一連の宗教弾圧で最も被害者の数が多く、有名なものでもある。

 だが、それに先立っておこなわれたものこそ、彼の目的にとって一番重要なものだったといえるだろう。


 爵位授与式事件。


 それが後に与えられたその出来事の名となる。

 そして、その内容とは……。


 王位に就いたアルフレッド・ブリターニャは、それから時間をおくことなく、ハムモーンの幹部たちに爵位を授ける式典、別の世界でのアコレードにあたるものをとりおこなうことを公表する。

 いや。

 通常公表するはずのその行事予定は関係者のみに知らせた。


「彼らの栄達を憎む他の宗教組織の妨害があるかもしれないため」


 それが王の言葉だった。


 たしかに自慢できないのは残念である。

 だが、爵位は爵位。

 それをもらってしまえば、それを補って有り余るものが手に入る。


 爵位を受ける者たちは快く王の言葉を配慮として了承した。


 いうまでもないことだが、それまで爵位を持っていなかった者がそれを手にできるというのはそう簡単なことではない。

 それはアルフレッド・ブリターニャの時代でも同じである。

 当然そうなるためにはそれなりの理由が必要となる。


 もちろん今回のハムモーン幹部に対する爵位授与の理由もそれらしいものが見本市のように並べられていたものの、受ける側を含めて関係者の大部分はその理由が王位継承争いの論功行賞であると理解していた。

 そして、肝心の爵位の内訳であるが、組織のトップであるアレクシス・ラアアデルに公爵の爵位を授けるところから始まり、ラアアデルの腹心である三人の大神官にも侯爵、支部長クラスの者さえ男爵の爵位。

 まさに大判振舞い。

 当然相手が拒むはずはなく、全員爵位授与を快諾、喜び勇んで式典に参加する。

 そうしておこなわれる式典にはハムモーンの幹部とその家族が揃うことになる。

 その数千三百八十四人。


 そして、それが起こる。


その日の異変は実を言えば会場が王城内ではあるものの、王宮大広間ではなく、中庭に設えた特設会場で行われることになったところからすでに始まっていた。


「彼らは皆太陽を信仰する者。その雄姿を信仰する神に見ていただくことが最高の栄誉であろう」


 玉座に座るアルフレッド・ブリターニャは重々しくそう語り、伝統を重んじるこのような儀式を差配する儀典省の役人たちを黙らせる。


 王からの変更指示はさらに続く。


「彼らの栄達を憎む他の宗教組織の襲撃に備える」


 王城内の行事なのだから大規模が襲撃などありえないにもかかわらず、王はそう宣言すると、会場を完全武装の兵が取り囲む。


 近衛兵。

 そこに並ぶ者たちは王直属の正真正銘のエリート部隊である。

 そして、忠実さという項目はそのなかでも頂点をある。

 それこそ、王が命じれば親でも殺すというくらいに。


 そうして、始まった物々しい警備のなかの式典。


 王による歯が浮きそうな長い感謝の言葉が終わる。

 いよいよ爵位授与というところで、王は司会を務める宰相バーナード・マラフェルトの言葉を右手で制す。


 そして、笑みを浮かべながら口を開く。


「ハムモーン教団大神官長アレクシス・ラアアデル。そして、その他大勢のハムモーン教団幹部の諸君。これからくれてやるものが私からおまえたちに進呈する本当のものだ。ありがたく受け取ってくれたまえ」


 王は三方向に目をやり、最後に自らの背後に控え警備をする騎士のひとりであるのちのシリル・センドバーグ、のちのシリル・ブリターニャに視線を送る。

 王の視線に頷いたこの部隊の指揮官でもある甥が剣を天に向けて合図を送ると、全兵士が抜刀する。


「始めろ」


 そこから何が起こったのかは言うまでもないだろう。


 一方は完全武装の兵士。

 もう一方は剣も持たない者たち。

 しかも、数も取り囲む者たちのほうが圧倒的に多い。

 ハムモーン幹部本人はもちろん、その栄誉の瞬間に立ち会うために同席していた家族親族は年齢性別問わずすべて斬り殺されるのにそれほど時間を要することはなかった。


「へ、陛下……」


 目の前で起こった惨劇に腰を抜かしながら口にしかけた宰相の言葉をアルフレッドは遮る。


「こいつらは不当に国政を壟断してきた者たち。罰することに何の問題があるのだ」


「ですが、国を束ねる立場の方が国民を騙し討ちするとは……」

「宰相殿……」


「……どうしてもお望みというのなら、すべて宰相殿が独断で仕切ったことにしてもよろしいのですよ」


 そう言って、甥にあたる騎士が年老いた宰相の口を強引に塞ぐのを確認すると、王はあらたな宣言をする。


「ハムモーンがブリターニャ王国を我が物にしようとしていた計画が発覚したため、幹部らを誅殺したと公表せよ」


 もちろんそれはすぐに公表され、続いて王都内の関係各所に武装した兵たちが突入するわけだが、それに先立ち王宮内のハムモーン関係者も次々に捕らえられていく。

 当然そこには王族も含まれる。

 前王の四男フレドリック・ブリターニャもそのひとり。

 そう。

 ハムモーンが当初傀儡として王位に就かせようとしていたものの、さらに良い駒が見つかったためあっさりと捨てられた王子である。


 その哀れな王子をアルフレッドは素晴らしい役目を与えた。


 ハムモーンによる国家転覆の共犯。


 無実と慈悲を願う言葉を交互に並べて泣きながら許しを請うフレドリックをアルフレッド・ブリターニャは無慈悲に断罪する。


「王族にあるまじき行為をおこなった罪は許しがたい。即刻首を撥ねよ」


 弟とその家族の処刑の様子を眺めながら、アルフレッドは呟く。


「……さて、最初の仕事は終わった。だが……」


「これで終わりではない。いや。これは始まりでしかない」


 爵位授与式事件翌々日。


 主要宗教団体の幹部は王から呼び出しを受けていた。

 それも、「理由の如何を問わず拒否した場合は反逆意思ありと見なす」という但し書きつきで。


「……さて、どうしたらよいものか?」


 各組織の幹部たちは頭を抱える。


「ハムモーンへの仕打ちを見れば、王宮に出かけた我々に同じことが起こってもまったく不思議ではない」

「では、王の呼び出しに応じないと?」

「だが、呼び出しに応じない場合は王家への反逆の意思があると見なしてその罪を公表して関係者はひとり残らず斬首にすると宣言しているぞ」

「つまり、行かなかった時点で我々は反逆者となるというのか」

「王宮に出向いても出向かなくても殺される。理不尽だろうが。それは」

「くそっ。ハムモーンの愚かどもがあの狂人を王位につけたからこうなったのだ」

「まったくだ」

「そんなことはどうでもいい。それよりも今は我々があの狂人の言葉にどう応じるかということが問題だ。どうする?」

「他はどうしている?」

「すぐに確認しろ」


 わずかな時間で多く使者が各宗派の宗教施設に往復し、深刻かつ重要なやりとりがおこなわれたのだが、結局彼らは結束することはできなかった。

 当然である。

 彼らはこれまで日の当たらない場所で権力闘争を繰り返してきた間柄。

 相手の裏切りを疑い、腹を割った会話ができなかったのである。


 そして……。


 大地信仰を旨とする宗教組織ゲイブと月を信仰する教団コンスウは王の要求に応じ、王宮へ幹部たちが向かったのだが、夜空に輝く星のひとつを信仰対象としているもうひとつの宗教組織ヌウトだけは王の要請を拒絶し、あわせて信者たちに聖地イアリスへ集まるように檄を飛ばす。


「結構なことだ」


 ヌウトが立ち上がったというその知らせを聞いたアルフレッドは黒い笑みを浮かべる。


「できれば、残りふたつもヌウト教団の強い意志を見習ってもらいたかったな」「それは無理な話というものです。なにしろ奴らは金を集めることにしか興味のない守銭奴でしかないのですから。それで、陛下。唯一気概の一端を見せたヌウトにはどのような対応で臨まれるのですか?」

「いうまでもない」


「もちろん彼らの望みどおりに殉教させてやる。国家に対する反乱分子を討伐するために軍を差し向けろ。言っておくが、女子供でも情けは無用。立て籠もる者は全員殺せ」


 甥にそう指示を出した後、大広間に参集したふたつの教団幹部の前に姿を現わしたアルフレッドは恐縮する者たちを蔑むように眺め、それから口を開く。


「一応、確認するが、この国を転覆する意思はもう消えたか?」


辛辣な問いである。

当然まだあるなどと答えれば、即刻その場であの事件が再現されるわけなのだが、では、「はい。もうありません」と答えれば何事もなく済むのかといえば、必ずしもそうではない。

 ここで重要なのは「転覆する意思はもう消えたか」という部分である。

 消えたのかという問いに、「はい」と答えた場合、元々あったことを認めることになる。

 そうなれば……。


「……陛下に申し上げます。我々は悪党の集まりであるハムモーンやヌウトとは違います。ただただこの国と民の安寧を願うための組織。国家転覆などという道を外れた行為など考えたこともございません」


 長い時間をかけて考え抜いた最善と思われる回答を口にしたのはゲイブの最長老アレックス・インチビルトだった。


「なるほど。ゲイブの言いたいことはわかった。では、コンスウに問う。おまえたちはどうだ?」

「私どもコンスウもゲイブとまったく同じでございます。陛下」

「そうか」


 王は短い言葉でそれを承知し、ふたつの教団の幹部は胸を撫でおろす。

 だが、その直後……。


「だが、言葉ではなんとも言える。それが本当であることは行動でのみ証明できると私は思うのだが、どうだ?」


 ……やはり来たか。


 ふたつの教団の幹部たちは異口同音その言葉を心の中で呟く。


 ……ここが最大の山場。

 ……生き残るためには最大限譲歩をしなければならない。


「……具体的にはどのようなことをすればよろしいのでしょうか……」

「そうだな……」


 そこからアルフレッドの口から流れ出たもの。

 それは教団にとっては大ダメージになるものだった。


 それまで手に入れてきた様々な特権のはく奪と事実上の財産没収。

 さらに、信者を率いておこなう教団幹部のヌウト討伐への参加。


「言っておくが、ヌウト討伐での戦果こそがその証だということを忘れぬように」


 もちろんそうなれば、戦闘に不慣れな参加者の多くは生きて帰れないうえに、幹部たちは命惜しさに他宗派の弾圧に加担したものとして信者の信頼を失うのは必定。


 王の要求、特に最後の一項を飲むことは正直厳しい。

 だが、拒むことは教団の滅亡を意味する。


「……承知いたしました」


 ……やむを得ない。


 口に出しては言わなかったものの、誰の頭にもその言葉が浮かんだ。


 これによってこのふたつの宗教組織は事実上無力化される。

 もちろん最初に彼の俎上に上がったハムモーンはすでに幹部が消えて崩壊寸前となっており、残るヌウドも遠くない未来に組織としては壊滅することは確定している。


「素晴らしい結果だな」


 だが、その言葉とは裏腹に彼の表情は厳しい。


「始めたからにはやり遂げなければならない。もちろん手抜きは許されない。絶対に」


 彼がさらに二人の弟とその家族も手にかけたのはそれから間もなくのことである。


 兄であるアリスト・ブリターニャから知られざる先祖がおこなった凄まじい柁宗教弾圧の様子を聞かされたホリーは短い言葉で応じた。


「いくつか確認してもいいでしょうか?」

「もちろん」


 すぐさま返ってきた兄からの言葉に頷くと、ホリーは再び口を開く。


「王宮内でハムモーン幹部とその家族を殺すことを命じたのはアルフレッド・ブリターニャということはわかりますが、その指揮をとっていたのがシリル・ブリターニャというのは……」


 ありえない。

 途切れたホリーの言葉はそう続くはずである。

 彼女の兄は頷く。


「まあ、そうでしょうね。その部分は伝えられている歴史からは消されていますから。ですが、彼が鎮圧の指揮をとったのは当然といえば当然です。なにしろシリル・ブリターニャはこのとき近衛騎士団の指揮官でしたから」

「近衛兵にとって王の命令は絶対。やむを得ずということなのですか?そして、民に刃を向けざるを得なかったこの時のことが王を討った理由ということなのですか?」

「おそらくそれは違うでしょうね」

「と、言いますと」

「宗教組織に対する苛烈さでいえば、王よりも彼の甥のほうが上だったようですから」

「どういうことですか?」

「『王記』によれば、シリル・ブリターニャは王にこの機会にすべてのハムモーン信者を鎮圧の対象にしてすべてを根絶やしにし、さらにこの国からすべての宗教を駆逐すべきと進言してアルフレッドに窘められているようですから」

「シリル・ブリターニャがアルフレッド・ブリターニャよりも過激?信じられませんね」


「そうでしょうね。彼は聡明で温厚な王として知られていますから」

「ですが、実際は違ったと……」

「単なる若気の至りなのか、王になって人が変わったのかはわかりませんが、少なくてもこの時点では温厚とはとてもいえなかったようですね。この言動を見ると」

「なるほど」


「それと……」


 やや納得しがたいものはあったものの、外ならぬ兄の言葉である。

 強引に自らを納得させると、続く問いを言葉にする。


「そういうことであれば、この時点ではアルフレッド・ブリターニャとシリル・ブリターニャはそれほど関係が悪くなかったということになりませんか?」


「まあ、そうでしょうね。なにしろ、一連の宗教弾圧が決着を見た時点で、シリル・ブリターニャは王から王太子に叙せられたくらいですから」


 ……初耳です。


「シリル・ブリターニャはアルフレッド・ブリターニャによって王太子に立てられていた?ですが、シリル・ブリターニャは一歳下の妹ブリアナの……まさか……」


 アルフレッドの子。

 これなら、その時点で王太子に任じても問題はないのだが、それは別の意味で問題が発生する。

 そして、それはアルフレッド・ブリターニャに関するある噂とも通じる。

 だが、アリストは笑ってそれを否定する。


「さすがにそれはないでしょうが、アルフレッド・ブリターニャの悪行のひとつである妹を妻にしたという話はここから生まれた噂話が元だった可能性は十分にありますね」


「そして、『王記』に記された王の交代もアルフレッド・ブリターニャは自主的に退位し自らが後継者と定めた王太子に王位を譲ったとあります」

「生きたまま退位した?さすがにそれは……」

「そう。世間が知る、正義に燃える甥によって、弟たちを殺し、妹を妾とした悪逆非道の王アルフレッド・ブリターニャは討たれ、ようやく秩序は回復したという話とはまったく違います。ですが……」


「世間に知られていない数々のどす黒い事実を書き残しながら、この部分だけが偽りだらけのきれいな作り話だったとは思えない。ということは、これこそ王の交代に関する真実なのではないでしょうか」

「では、退位後のアルフレッドはどうなったのですか?」


 当然のようにやってきた妹からの問い。

 アリストは薄い笑みで応じる。


「それを答える前に『王記』で語られているアルフレッド・ブリターニャには、皆が知るものとの違い、というか、抜け落ちている重要な要素があるとは思うのですが、ホリーにはそれがわかりますか?」

「抜け落ちているものですか……」


 次々とやってくる、これまで聞かされていたこととはまったく違う驚くべき事実に、それらが一気に詰め込まれた頭の中は混乱し整理できない。

 その中で、抜け落ちている部分はないかと尋ねられても、すぐに思いつくはずがない。

 困り顔のホリーをしばらく楽しそうに眺めていたアリストが口を開く。


「彼のおかげでその後ある才を持った王族が疎まれると言えばわかりますか?」

「あっ」


 ホリーは気づく。


 ……そうだ。

 ……アルフレッド・ブリターニャは魔術師であり、自らが持つその才を使って多くの災いをもたらしたとされている。

 ……ですが、今の話のどこにも魔法を使った形跡がない。

 ……ということは……。


「もしかして、アルフレッド・ブリターニャは魔術師ではなかったのですか?」

「いいえ。彼は魔術師です。『王記』の彼に関する最後の記述はこうなっています。退位後すぐにアルフレッド・ブリターニャは、妻、それから六人の娘とともに転移魔法を使っていずこかに消えた……」


 ……つまり、行方不明。

 ……良好な関係だったということなら甥である次王にはある程度の居所は伝えていた可能性もありますし、それなりの軍資金を持って行ったのでしょうから野垂れ死にということはないでしょうけど。


 ……まあ、あれだけ宗教弾圧をおこなったのですから、死んだことにでもしないかぎり穏やかな余生は送れなかったわけですから、それにともなう多少の汚名も甘受せざるをえなかったというところでしょうか。


「では、魔術師が王位に就けないという話は……」


「あれは偽装。様々な抜け道ができても歴代王はそれを塞ぐ努力をしなかったのはそのためなのでしょう。そして、『王記』では真に王位から遠ざけなければならないのは『背後に強い宗教組織が控えている者』とされています。そして、王権を脅かすくらいに宗教の力が強くなったときには『アルフレッド・ブリターニャを思い出し、王家を守るためにすべてを擲った彼の意思を継ぎ行動すべし』とも書かれています。つまり、我が国の王家にとってアルフレッド・ブリターニャは救世主であり道標となるべき人物でもあるのです。ですが、それを知るのは王と次期王である王太子だけ。そうなります。まあ、私やホリーのような例外は過去にもいたでしょうが。ただし……」


「あれだけのことをおこなわなければならないくらいに、宗教組織を権力に近づけることの危険性を、アルフレッド・ブリターニャはどこから学んだのかは結局わかりませんでした。ただ、彼はこれについて次王であるシリル・ブリターニャにこう言っていたそうです」


「……私はそれを知っている」


「それだけですか?」

「そう。ですが、なぜか説得のある言葉ですね」

「はい。不思議ですね」


「まあ、そういうことで、それ以降の王たちは信仰の自由は保証しながら、宗教組織の力を削ぐ努力は怠らず、また王宮にはいかなる宗教の香りを漂わせないように気を使っていたわけですが、相手の方も同様だったようですね」

「と、言いますと?」


「アルフレッド・ブリターニャによって完膚なきまで破壊された組織を立て直し、究極の目的を達成するための準備を少しずつおこなってきた。そして、いよいよ仕上げのときが近づいてきたようです。どうやら」


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